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年の瀬
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「ああ、金沢だったの。いいところよねー」
私が渡したお土産(金沢駅で購入した最中)に、係長は優しく微笑んだ。私も「えへへ」と笑うけれど──実際、金沢にいたのは一泊二日だけだった。
(十二分に、濃い二日間だったけれど……)
お墓参りと、金色の風花と──それから少しだけの観光。でもそれより、私は謙一さんがあの街でどう育ったのかが気になって。
係長からもう一度お礼を言われたあと、自分のデスクに戻って部署用のお土産の包装をときながら、金沢の町並みを思い返す。
謙一さんが生まれ育った家──はもうなくて、瀟洒なマンションが建っていた。金沢の街並みに似合うような──。
相続したあと、当時海外暮らしの謙一さんには管理できかねて人手に渡ったらしい。
『今時珍しい、純和風の家だったなぁ』
その近くを流れる、穏やかな川の流れを見つめながら謙一さんは言った。きらきらと川面が冬の日差しを反射した。水鳥がゆったりと川の流れに身を任せる。
『見てみたかったです』
そう呟いた私に、謙一さんは『古いだけで、面白いものはなかったぞ』と小さく笑った。
それから謙一さんが通った高校(国立だった)とか、ご家族と遊びに来た公園だとかを見て。
『……本当に面白いのか?』
観光もほとんどせずにいる私を、謙一さんは訝しがったけれど──知りたかった。
このひとが、いままでどう生きてきたのか、を。
「金沢だったんだ? 常務も金沢に帰省されていたらしいけど」
お土産配りの最中に、同期にそんなことを言われてちょっとドキリとしたりしてみたけれど、彼女は別に私と常務を結びつけて考えたりはしないみたいだった。
「いいとこみたいだねー。あたしも行ってみたい」
ニコニコしている彼女に「寒かったけど綺麗なところだったよ」と答えつつ──ほんの少し、秘密があることに罪悪感を抱きながら──そのまま取引先にカレンダーを届けたり、年始の会議の予定を確認したりと、その日は過ぎて。
翌日も大して変わらず、年末はまったりと過ぎていった。
(謙一さんは忙しいみたい……)
年内の仕事最終日、帰宅して、ぼうっとリビングでテレビを見つめつつ思う。
(旅行のために、無理矢理お休みとってくれたのかな……)
東京に帰ってきてから、謙一さんは連日深夜帰宅だった。忙しくさせてしまって、申し訳なくは思うけれど、でも──あの旅行は、生涯忘れることはない旅になったなと思っている。
多分、それは……お互いに。
(でも、ちょっと寂しい)
そんなことを考えて、ひとり、苦笑。
(なんか……どんどんワガママになってない? 私)
夜、寝るときはひとりで……それがとても、寂しくて(起きて待っていたら、寝なさいと怒られたのです)。
でも、朝──目が覚めると謙一さんの腕の中にいる。目を覚ました謙一さんから落ちてくる、こめかみへのキス。
温かさに、安心して幸せで、毎朝泣きたくなるくらいに彼が愛おしい。
ちょっと髭がのびてざらざらの頬に手をやると、謙一さんがゆっくりと目を細める。そうして、唇を重ねて──その瞬間が、たまらなく好き。
(どうしちゃったんだろうね、私)
ぼうっと考える。
これは「好き」なのか「恋」なのか、はたまた──気恥ずかしいけれど「愛」なんてものなのか、私には判別がつかない。
(全部、のような気もする)
だとすれば、私はいま、──「初恋」の真っ只中にいるんじゃないだろうか。
だって謙一さんに向ける感情ひとつひとつが、あまりにも伸二に向けていたものと……濃度が違いすぎる、から。
(……だから、なのかな)
だから伸二も、浮気した?
そんな風に伸二とのことを、また「自分が悪い」と考えそうになって、慌てて取り消した。
(うん、絶対ちがう!)
なにがどう、ってハッキリは言えないけれど──伸二からの感情も、きっと「愛」なんかとはかけ離れて、いたんだろうと……そう思う。
(そう思えるように、なった)
ふ、と息を吐き出した。
テーブルには年賀状。出すか迷ったけれど、結局出すことに決めた。1日には、届かないかもしれないけれど。
一枚一枚に「独身に戻りました」とメッセージを書き込む。いやまぁ、年始から縁起悪いかな~と思だたりするけれど、SNSで言うにもなんだか気が引けて(最近入籍した子が多くて!)。
(……来年は、結婚しました、って書くのかな)
どきりとしつつ年賀状をまとめた。
(嬉しそう、だったな)
好き、って伝えたら。
私を抱き上げて、嬉しそうにくるくる回って。子供みたいに、衒いなくストレートに、私を愛してくれて。
幸せが甘酸っぱくて、胸がぎゅっとして、きゅ、と手を握る。
ちょうどそのとき、玄関のドアが開く音がした。ぱっと立ち上がって、パタパタと廊下を進む──と。
「ただいま」
謙一さんが、なんだかむず痒そうな顔をして、どこかはにかんだ様子でそう言うから──私も照れて、なんだかモジモジと「おかえりなさい」なんて答えてしまう。
それからお互い顔を見合わせて、ほとんど同時に吹き出して。
「なにを照れているんだろうなぁ」
謙一さんは私を抱き寄せて、ぎゅうっと抱きしめながら、楽しげにそんなことを言う。私も楽しくて幸せで、その広い背中に手を回しながら、もう一度「おかえりなさい」と謙一さんの胸に頬をすり寄せた。
コートからは、寒い冬のにおいがした。
私が渡したお土産(金沢駅で購入した最中)に、係長は優しく微笑んだ。私も「えへへ」と笑うけれど──実際、金沢にいたのは一泊二日だけだった。
(十二分に、濃い二日間だったけれど……)
お墓参りと、金色の風花と──それから少しだけの観光。でもそれより、私は謙一さんがあの街でどう育ったのかが気になって。
係長からもう一度お礼を言われたあと、自分のデスクに戻って部署用のお土産の包装をときながら、金沢の町並みを思い返す。
謙一さんが生まれ育った家──はもうなくて、瀟洒なマンションが建っていた。金沢の街並みに似合うような──。
相続したあと、当時海外暮らしの謙一さんには管理できかねて人手に渡ったらしい。
『今時珍しい、純和風の家だったなぁ』
その近くを流れる、穏やかな川の流れを見つめながら謙一さんは言った。きらきらと川面が冬の日差しを反射した。水鳥がゆったりと川の流れに身を任せる。
『見てみたかったです』
そう呟いた私に、謙一さんは『古いだけで、面白いものはなかったぞ』と小さく笑った。
それから謙一さんが通った高校(国立だった)とか、ご家族と遊びに来た公園だとかを見て。
『……本当に面白いのか?』
観光もほとんどせずにいる私を、謙一さんは訝しがったけれど──知りたかった。
このひとが、いままでどう生きてきたのか、を。
「金沢だったんだ? 常務も金沢に帰省されていたらしいけど」
お土産配りの最中に、同期にそんなことを言われてちょっとドキリとしたりしてみたけれど、彼女は別に私と常務を結びつけて考えたりはしないみたいだった。
「いいとこみたいだねー。あたしも行ってみたい」
ニコニコしている彼女に「寒かったけど綺麗なところだったよ」と答えつつ──ほんの少し、秘密があることに罪悪感を抱きながら──そのまま取引先にカレンダーを届けたり、年始の会議の予定を確認したりと、その日は過ぎて。
翌日も大して変わらず、年末はまったりと過ぎていった。
(謙一さんは忙しいみたい……)
年内の仕事最終日、帰宅して、ぼうっとリビングでテレビを見つめつつ思う。
(旅行のために、無理矢理お休みとってくれたのかな……)
東京に帰ってきてから、謙一さんは連日深夜帰宅だった。忙しくさせてしまって、申し訳なくは思うけれど、でも──あの旅行は、生涯忘れることはない旅になったなと思っている。
多分、それは……お互いに。
(でも、ちょっと寂しい)
そんなことを考えて、ひとり、苦笑。
(なんか……どんどんワガママになってない? 私)
夜、寝るときはひとりで……それがとても、寂しくて(起きて待っていたら、寝なさいと怒られたのです)。
でも、朝──目が覚めると謙一さんの腕の中にいる。目を覚ました謙一さんから落ちてくる、こめかみへのキス。
温かさに、安心して幸せで、毎朝泣きたくなるくらいに彼が愛おしい。
ちょっと髭がのびてざらざらの頬に手をやると、謙一さんがゆっくりと目を細める。そうして、唇を重ねて──その瞬間が、たまらなく好き。
(どうしちゃったんだろうね、私)
ぼうっと考える。
これは「好き」なのか「恋」なのか、はたまた──気恥ずかしいけれど「愛」なんてものなのか、私には判別がつかない。
(全部、のような気もする)
だとすれば、私はいま、──「初恋」の真っ只中にいるんじゃないだろうか。
だって謙一さんに向ける感情ひとつひとつが、あまりにも伸二に向けていたものと……濃度が違いすぎる、から。
(……だから、なのかな)
だから伸二も、浮気した?
そんな風に伸二とのことを、また「自分が悪い」と考えそうになって、慌てて取り消した。
(うん、絶対ちがう!)
なにがどう、ってハッキリは言えないけれど──伸二からの感情も、きっと「愛」なんかとはかけ離れて、いたんだろうと……そう思う。
(そう思えるように、なった)
ふ、と息を吐き出した。
テーブルには年賀状。出すか迷ったけれど、結局出すことに決めた。1日には、届かないかもしれないけれど。
一枚一枚に「独身に戻りました」とメッセージを書き込む。いやまぁ、年始から縁起悪いかな~と思だたりするけれど、SNSで言うにもなんだか気が引けて(最近入籍した子が多くて!)。
(……来年は、結婚しました、って書くのかな)
どきりとしつつ年賀状をまとめた。
(嬉しそう、だったな)
好き、って伝えたら。
私を抱き上げて、嬉しそうにくるくる回って。子供みたいに、衒いなくストレートに、私を愛してくれて。
幸せが甘酸っぱくて、胸がぎゅっとして、きゅ、と手を握る。
ちょうどそのとき、玄関のドアが開く音がした。ぱっと立ち上がって、パタパタと廊下を進む──と。
「ただいま」
謙一さんが、なんだかむず痒そうな顔をして、どこかはにかんだ様子でそう言うから──私も照れて、なんだかモジモジと「おかえりなさい」なんて答えてしまう。
それからお互い顔を見合わせて、ほとんど同時に吹き出して。
「なにを照れているんだろうなぁ」
謙一さんは私を抱き寄せて、ぎゅうっと抱きしめながら、楽しげにそんなことを言う。私も楽しくて幸せで、その広い背中に手を回しながら、もう一度「おかえりなさい」と謙一さんの胸に頬をすり寄せた。
コートからは、寒い冬のにおいがした。
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