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乱世下威区編 上
逃走者との対話
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応接室を使うことは、滅多にない。
玄関から入ってすぐ右隣にある部屋なのだが、基本的には使われることがない部屋だ。理由は単純で、俺ン家に来る奴なんていないからである。
俺ン家に足を運ぶ奴なんて身内だけであり、その他大勢はそもそも本家領に足を踏み入れることもなく、仮に踏み入れたとしても領土がクソ広すぎて俺ン家を見つけられないからだ。
見渡す限りに無限に広がる森のどこかにぽつんとある家なのだから、見つけられる奴がいたらその能力を褒めてやるところである。
ちなみに俺は応接室に入るのは初めてである。
本家の当主なのに初めてとかマジかよと思う。でも使わないのだから入る機会がないし、掃除だって母さんか御玲がやるのだから俺が入る機会など皆無なのだ。
そもそも俺ン家は俺が使ったことのない、入ったことのない部屋が大半を占める豪邸なので、そんなもんだと思ってくれた方が理解は速いと思う。
「中々起きませんね」
「久三男お手製の睡眠薬だからな……」
静寂が応接室を包む中、俺と御玲が一人でに呟き合う。
応接室にいるのは俺と御玲、そして弥平の三人のみ。久三男やヴァズ、テスらは存在を知られるわけにいかないので欠席、あくのだいまおうとパオングは切り札ゆえに欠席、澄連トリオとミキティウスもあくのだいまおうたちと同じ理由だが、アイツらの場合はマトモな理由を差し引いても単純に邪魔なので欠席だ。
今回は外様の奴と話す初めての機会、体面を意識しなきゃならないので俺がソファに座り、従者である御玲と弥平はソファの後ろで立ち見である。
本当は座らせたいが、従者が主人と同じ椅子に座ると相手から見て立場がわからなくなるため体裁が整わなくなるらしい。俺には体裁だのなんだのはよく分からないが、弥平が言うのだから普通はそうなのだろう。
「…………む…………」
項垂れていたソイツは、ようやく垂れ下がっていた首を上げる。大きく息を吸い、俺たちへ向き直ると、意識が覚醒してきたのか、半開きの目で辺りを仕切に見渡し始めた。
「ここは……彼岸か」
「いや現実だよ早く目ぇ覚ませ」
「ありえねーだろ、こんな豪華な部屋……クソ、あの野郎約束破りやがったな……」
「だから死んでねぇって!! 生きてるから!! ちゃんと心臓動いてっから!!」
またもや項垂れる。
コイツどんだけ信用ないんだ。殺してねぇつってんのに全然信じてくれやしないのは困るが、コイツの態度は無理からぬことなので、あまり強く出られなかったりする。
地下二階で弥平とともにコイツと対面した後、霊壁を隔てて話してても埒が明かないので、場所を変えようと弥平から提案があった。
俺としても薄暗い地下牢フロアで立ち話ってのも気乗りしないし、いる時間が長くなるだけ気分が暗くなるし、御玲も交えた方がいいだろうし、なにより手を組むならそれ相応の対応するべきだと思って、その提案を二つ返事で許可したまでは良かったんだが。
「たまったもんじゃねーぜ……ただでさえ簀巻きにされてるってのに、あんなクソデカ注射器ぶっ刺すなんてよ……」
首元を摩りながら、恨めしく俺を睨む。
俺が許可を出した瞬間、コイツを拘束していた台から巨大な注射器が飛び出したのだ。
注射器と言えば手のひらサイズを想像するが、拘束台から飛び出したそれは俺が知っている注射器のおよそ三倍以上のデカさを誇っていた。
流石の俺も当主の威厳なんぞどこへやら、クソ間抜けに目ン玉ひん剥いちまったが、拘束台は容赦も躊躇も一切なく、そのクソデカ注射器をコイツの首にぶっ刺したのである。
俺は必死で真顔を保った。心の中でいでえええええええあれ絶対いでええええええと叫びながらも、なけなしの威厳を保つため、注射器に込められた無色透明の液体を首から注がれる様を、ただただぼうっと眺めた。
注ぎ終わると同時、死んだように眠ってしまったコイツは、弥平によっていま俺たちがいる応接室に運ばれることとなったわけだ。
「とりあえず話を進めたい。いけるかキシシ野郎」
グダっている暇はない。擬巖の奴らに宣戦布告された今、久三男が現在進行形で軍を編成している。正直、一分も無駄にしたくないのだ。
「もっとマシな呼び方なかったのかよ……割と気にしてんだぜ、それ」
だが、急く俺とは裏腹にコイツ―――キシシ野郎は不満げな雰囲気を醸し出す。
「別になんでもいいだろ、特徴的な部分がそこしかなかったんだよ」
「今から名乗るから、そっちで呼んでくれよ」
「いらん。興味ねぇ」
「あ……そう。じゃあ、いいか。なんでも」
面倒くさげに天井を眺めるキシシ野郎。
俺は仲間じゃない奴を名前で呼ぶつもりはない。仲間以外は俺にとって対等な相手じゃないからだ。
呼び方だって、特徴さえ分かればいい。どうせ仲間じゃない時点で興味ないから、名前なんて聞いてもすぐに忘れてしまうのである。
どんな呼び方であれ、誰か分かればなんでもいいと思うし。
「話を進める前によ、俺はお前をなんて呼べばいいんだ? 名前、知らねーんだが」
また話が逸れたしさっさと始めるかと思った矢先、一瞬で会話の先手を取られてしまう。出そうとした言葉が口元で詰まり、思わず口を噤む。
「そういやそうだったな……俺は澄男だ。お前から見て左が御玲、右が弥平」
名前を呼んだ順に指を刺す。刺された順に御玲と弥平は一礼していく。
興味もないし、今回の戦いが終わればただの他人同士になるってのに、名前を聞くとは律儀な奴である。
「なるほど、覚えたぜ。よろしくな赤眼野郎」
「……は?」
「別に問題ねーだろ? お前が名前で呼ばねーってんなら俺も名前で呼ぶつもりはねーよ」
背後から僅かに霊圧が撫でる。感覚には自信がある俺だからこそ感じとれたが、弥平がほんの少しばかり臨戦態勢に入っている。
今は体裁がある。本家派当主である俺と、擬巖家から逃げてきたコイツでは社会的地位に雲泥の差があるのだ。
舐められたら終い。昔から母さんが口酸っぱく言ってきた家訓の下、側から見たら本家派当主に対して不敬の極みである。
「おいよしてくれよ。俺ぁアンタらと敵対するつもりなんざねーんだぜ」
その発言に、思わず目を丸くする。
弥平は分家派当主として、俺の拙い想像力じゃ及びもつかないくらいの鍛錬をその身に刻んでいる。俺が弥平の霊圧に気づけたのは感覚が他の奴らより優れているってだけで、そうじゃなきゃクソ間抜けにも背後を取られていることだろう。
「まあいい。好きに呼べや」
弥平から殺気が消える。後ろに控えている二人が今どんな顔をしているのか窺い知れないが、批難する顔をしてないことだけは信じたい。
本来なら立場を明確化するため、仲間でもない奴にクソみてぇな呼び方をされるわけにはいかないんだが、コイツにはそれだけの格があると見込んで、あえて許すことにした。
俺が許可を出した以上、二人も表立って抗議してきたりはしないだろう。終わった後が面倒くさくなってしまったが、それは終わった後の俺に任せればいい。うん、そうしよう。
「それで、俺はどうすりゃー自由になれんだ? できれば気安くこなせることで頼むぜ」
弥平から殺意を向けられたにも関わらず、キシシ野郎の態度は太々しいままだ。
物を頼める立場じゃないし、コイツがコイツでなければ自殺願望を疑われる場面だが、まあキシシ野郎は歯の隙間から脳汁も漏れ出てるってことで深く考えるのはやめとこうと思う。
「まず一つ。俺たちは今から擬巖を潰す。お前はそれに協力しろ。ちなみに拒否権はない」
「やだっつったら?」
「この場で消えてもら」
「よし乗った」
キシシ野郎の判断は速かった。というか速すぎた。
「ただ……武器は返してくれ。話には乗るが、捨て駒になるつもりはねーんでね」
弥平や御玲は、特に弥平からは珍しく、その言葉に否定的な雰囲気を醸し出すが、俺は手で制して了承の意を示す。
自分の武器にこだわる気持ちは分からなくもないし、そもそも武器なしで戦場に出してロクに動かないまま死なれても、俺のメンツが立たない。俺らの都合で戦わせる以上は、当然の要求だろう。
弥平が思っている通り、かなり不安要素はあるものの―――そこは出たとこ勝負をするしかないと思う。
それにしても、だ。
コイツの生きることに対する執念は筆舌に尽くし難い何かを感じる。いや確かに生きることは大事だ、特に意味や価値もなく死に様を散らせるよりか華はあると思う。
でもコイツのそれは、他の奴らとは一線を画している。
生き急いでいる程度の奴なら、大陸八暴閥と殺り合うのに協力しろと言われて被せ気味に了承しないだろう。普通に戦死する可能性だってあるわけだし、それなりに迷ったり戦いの前に決意を露わにしたりと相応の過程があるはずだ。
これをこなせば生きられる、そのために必要十分をこなすことに過程など不要、は中々ぶっ飛んだ思考をしていると思う。
「それにしても擬巖を潰すとか、大それたことをサラッと言うよなー……そこらの奴らなら喧嘩売られた時点で小便垂れ流しながら夜逃げブチかますぜ? さすがそこは流川っていうべきか」
「いや、喧嘩売られたら買うに決まってんだろ。逃げるなんざありえねぇ」
「たとえ勝てない戦力差だったとしても?」
「……なに?」
一瞬、意味が分からなくてつい威圧的に聞き返してしまう。少し、いやかなり気掛かりな言葉を投げられた気がしたからだ。
「勝てない戦力差ってどういうことだ? テメェなんか知ってんの?」
「おいおいおい待ってくれ、ちげーよ。そーゆー意味じゃない」
「だったらどういう意味だ。隠すんなら隠せねぇようにしてやるが?」
俺は右手を挙げた。背後から濃密な殺気が溢れ出る。
戦いのド素人でも、首根っこに刃突き立てられている感覚を覚えさせるくらいに分かりやすい殺意。当然、それに気がつかないようなキシシ野郎じゃない。両手をあげて、必死に首を左右に振り回す。
「いいか? あんまりわけわかんねぇことガタガタ言ってると殺すぞ。お前とは約束こそしたが態度次第じゃ一方的に反故にしてやってもいいんだからな? 本来守る義理も価値もねぇんだしさ」
「んぁー、分かったよ。悪かった。だから背後に立っておられる従者様方に霊圧を収めるよう言ってくださいませんかね、もう余計なこと言わねーんで」
静かに右手を下ろす。同時に背後から滲み出ていた殺意は鳴り止む楽器の如く鳴りを潜める。
応接室内の空気が一気に軽くなるのを感じ取ると、キシシ野郎は溶けるようにソファに項垂れた。
「んじゃ次。テメェの知ってることを洗いざらい吐け。この場で、今すぐにだ」
「ちなみに」
「拒否った場合、俺ン家の力を駆使してお前の身体を隅々まで調べることになる」
「吐きます」
「わかればいい。言え」
「えっと、んじゃあ……」
心なしか、この数分のやり取りで目にクマができ、頬が若干痩けたキシシ野郎。特に無理難題は言ってないはずだが、不思議なこともあるものだ。一応、仲間扱いしてないけど人として扱ってるぜってアピールしたつもりなんだが、もしかして伝わってなかったりするのだろうか。まあだとしてもどうしようもないしどうする気もないのでこの扱いに納得してもらうしかないのだが。
こうして、キシシ野郎の長ったらしい話が始まる。俺はクソ甘コーヒーを片手にキシシ野郎の話に耳を傾ける。流石にこの場面で寝コケるわけにはいかないので、カフェインで眠気を黙らせる。コーヒーを用意してなきゃ、ものの十秒くらいで寝落ちしていただろう。
ようやく、話が一区切りする。コーヒーの影響か、俺にしては珍しく話の内容の大半が記憶に残っている。次はこっちのターンだ。
「へぇ、お前下威区出身なのかぁ」
「知ってくれてるのか。やっぱ流川だな」
「いや、触り程度なら知ってるが詳しくは知らん。弥平、下威区のことを詳しく」
キシシ野郎が更に痩せこけた気がしたが気のせいだろう。とりあえず無視して弥平に視線を投げる。
「下威区とは、武市の最下層。別名``人類退廃地帯``と呼ばれるスラム地域のことですね」
キシシ野郎が視線で抗議してくるのを尻目に、弥平の講義に耳を傾ける。
下威区。武市の成果・実力主義に適応できなかった者たちが、最終的に流れ着く場所ってのは、三舟雅禍の件で把握済みだったのだが、その地理に関しては初見の情報ばかりだった。
下威区はヘルリオン山脈側、つまり極東から順に完全退廃地帯、退廃地帯、半退廃地帯、重スラム、軽スラム、武ノ壁の計五つに分けられる。
一般に下威区民と呼ばれる奴らは重スラムまたは軽スラムに住んでいる奴らのことで、ごく一部の例外を除けば、いずれかのスラム地域で余生を過ごすことになるという。
次に退廃地帯とは、過剰な霊力によって汚染された領域のことで、そこでは大気中に致死量の霊力が分布しており、人間にとって死地となっている。退廃地帯の区分はいわやる汚染度によるもので、半退廃地帯なら短時間程度居続けることが可能らしいが、退廃地帯と完全退廃地帯に踏み入れれば、長く持っても数分程度の命とのことだ。
また退廃地帯は大気中に含まれる霊力分布の濃さから、本来ヘルリオン山脈に生息しているはずの野生の魔生物が生息圏を押し広げてきており、ソイツらも生き残った数少ない下威区民の存亡を脅かしているのだとか。
弥平の説明でなんとなくイメージはついた。要は無能の受け皿的な場所であり、キシシ野郎はそんな掃き溜めの中の掃き溜めの世界で生まれ育ち、生き残る過程で今の強さと太々しさを得られたと。
そう考えると生きることに貪欲なことにも納得できる。どんな所なのかはこの目で見たことがないけれど、野生の魔生物が割り込んでくるくらい自然に帰っている場所となると、生半可な気合や根性じゃ、まず生き残れない。
そんな魑魅魍魎が跋扈する掃き溜めで過ごしながら人としての言語を話し、こうして俺たちの前に立つことができているのだから、コイツは本当に大した奴である。
「弥平、下威区にはコイツみたいな生き残った強ぇ奴が割と普通にいたりするのか?」
今回の話にはあまり関係ないが、ついでだから興味本意で聞いてみる。
キシシ野郎は久三男が構築した防犯機構を前にミンチにならない程度の実力を持っていた。もしそんな奴がいるとしたら、俺らとしてもそれなりに脅威となる。殺そうと思えば殺せない相手でもないが、キシシ野郎の実力はそんなもんだろと切って捨てられるものでもなし、知っていて損はないはずだ。
「いえ、いるとしてもごく少数かと」
少し身構える俺をよそに、キッパリと疑問を両断する。
「下威区の環境は人が生きていくのに適していませんので、ほとんどは成人になる前に死に絶えます。逆に言えば、ごく少数だからこそプロファイリングは容易、とも言えます」
「なるほど。ならよし」
話が逸れてしまったが、弥平が言うなら問題はない。やはりウチの執事と弟に抜かりはないようだ。
「それで次は……下威区は``武ノ壁``? ってのか? それに囲まれてて、一度入ると出られなくなるって言ってたが、それは本当なのか?」
机に置かれたコーラで喉を潤す。
下威区について気になることと言えば、中威区との境界に``武ノ壁``とかいう大層なネーミングの防壁的なものが張られていて、一度入ると出られなくなる仕様になっているらしい。そのため下威区に流れ着いた奴らは、中威区や上威区の連中を妬みながらゴミの掃き溜めの中で骨を埋めることになるそうだ。
「``武ノ壁``は一種の霊壁です。下威区民が反乱を起こさないために擬巖家が発動し、それ以降一度も破られておりません」
弥平の補足説明も織りなされ、脳味噌の九割が筋肉質にすり替わっている自負がある俺に浸透していく。
``武ノ壁``が発動したのは、今から十年以上前。
下威区民の反乱による中威区への影響を予期した擬巖家は、下威区民を封じ込めて管理するため、中威区との繋がりを結界で断絶。来る者拒まず、去る者逃さずの今の状態を作り上げた。
弥平がさっき言っていたように、発動から今まで一度も破壊されたことがなく、武市に存在する霊壁の中では最強クラスの強度を誇っているという。
「私たちが行った強度予測では、澄男様の攻撃をもってしても破壊は不可能という演算結果が出ています」
「……え?」
思わず威厳もクソもない間抜け声を漏らし、弥平へ振り向く。
捕虜の前であんまりよろしくない態度だが、それ以上にものすごく聞き捨てならない台詞が聞こえてしまったので、これに関してはどうしようもないと思う。
「煉旺焔星でもブチ破れないのか……?」
「武ノ壁を外部から無理矢理破壊するには、およそ五百マジアンもの爆縮霊力が必要になります。また各種属性霊力耐性も有しており、火属性霊力の効能は半減してしまいます」
「な、るほど? それは厄介だな……ちなみに五百マジアン? ってのはどの程度の霊力なんだ?」
「ちょうど澄男様二人分です」
「マジか」
これまた威厳のいの字もない素の声が出てしまった。
各種属性耐性に加え、俺二人分の霊力がないと破壊できない防壁。破られたことがないつっても俺ならなんとかできるっしょとか軽く考えていたが、冗談抜きのガッチガチ防壁で雑草が生えてきそうだ。実際は全然面白くもなんともない衝撃のクソ事実なのだが。
「とはいえ我ら流川の力をもってすれば、不可能ではないのですが……」
「まあそりゃとうぜ……んんんんん!?」
まあた弥平に振り向いてしまった上にコーヒーの入ったコップを床にぶち落としてしまう。
御玲が呆れ紛れのため息をつきながら、床を拭き取りにかかるが、俺の脳内は御玲に礼を言う余力もないくらい思考停止しそうになっていた。
「え? あ……え? できんのかよ!?」
「いざというときのために対策はしていましたので」
爽やかな笑顔で応対する弥平に対し、その笑顔に当てられたのか、俺も思わず朗らかな笑みを浮かべてしまう。目の前にキシシ野郎がいるのにそんなこともお構いなしに。
おそらくだがそこらへんの技術的なところは久三男も一枚噛んでいることも考えるとなんというか、ウチの執事と弟、マジ有能すぎないか。ちょっと恐怖を覚えてしまう。
あんまり間抜けやっていると、割と真面目に俺が必要なくなってしまう気がする。今後ちゃんと締めるところは気を引き締めて臨むようにしよう。
「ただ、今回は無理矢理破壊する必要がありません。``武ノ壁``を発動したのは擬巖家ですので、霊壁維持のための魔道具も擬巖領に設置してありますから」
そうですよね、とさっきまでずっと黙っていたキシシ野郎に話題が振られる。それでようやく蚊帳の外だったキシシ野郎に全ての注目が集まった。
「俺が擬巖に侵入を繰り返す理由……そこの糸目執事様の察しの通り、``武ノ壁``を維持している魔道具を破壊するためだ」
さっきまで飄々とふざけた態度は消え失せ、ドスの効いた低い声音で俺を見つめてくる。
前髪の隙間から垣間見える微かな眼光は、暗澹としているが刺すような熱さがあり、目を離すことを許さない。
「よくもまあ一人でやろうと思ったな。いくら強ぇとはいえ、相手は大陸八暴閥の一柱。お前一人でどうこうできるほど雑魚じゃねぇだろうに」
「それでもやるしかねーんだよ。守るべきものも何も失くなったこの俺が絶対成さなきゃなんねー、最後のヤマなんだ」
守るべきものも何も失くなった、か。自分の手からこぼれ落ちた木萩澪華が脳裏をよぎる。
今更考えても意味がないことかもしれないが、もしも御玲や弥平、澄連と出会うことがなかったなら、俺もコイツみたいになっていたと思う。
実際、親父をぶっ殺すまでは親父とクソ寺を殺すこと以外はほとんど考えられず、そのためならどれだけの血が流れようとかまわないとすら思っていた。その割には御玲や弥平を捨て駒にはできなかったし、一度は裏切った久三男とも和解したわけだが、コイツもきっと擬巖家にちょっかいを出すまでの過程で、色々なものを失ったのだろう。
それが家族なのか友達なのか仲間なのか、その全てなのかは分からないが、失ったものは二度と戻ってこない以上、そうなったら失うことになった元凶を叩くか、何かしらしていないと虚しくて虚しくて仕方なくなるのだ。復讐に駆られていた頃の俺が、そうだったように。
「つまり……俺とお前の利害は一致してるわけか」
「擬巖を潰すことに協力するってことなら肩組むことに異存はねーな。むしろ棚から牡丹餅って感じだ」
「餅扱いはなんだか癪だが、まあいい。だが指示には従ってもらうぞ。それでいいな?」
キシシ野郎は飄々とした態度を取り戻し、迷いなく首を縦に振る。
一抹の不安があるが、予防線はいくらでも張れるし、既に張っている。利害も一致しているなら、擬巖を潰すまでは一戦力として数えても問題はないだろう。
「そんで、俺はどうすりゃいーんだ? 協力するのは吝かじゃねーが、段取り分かんねーと動きようねーしさ」
耳をほじりながら当然の疑問をぶん投げてくれる。確かに段取りが分からない以上動きようがないのは事実だ。とはいえ。
「お前は牢屋で待機だ。準備ができ次第呼ぶから」
キシシ野郎の目尻が少し強張る。
気持ちは分からなくもない。分からなくもないが、お前は仲間じゃない。利害が一致しているだけの捕虜にすぎないのだ。これから一緒に戦うことになる仲とはいえ、俺ン家の構造を知られるわけにはいかない。澄連のときみたく仲間もしくは恭順する前提なら話が違ったかもしれないが。
「また俺、眠らされるのか……」
「済まんな。ウチとしても防犯はきちんとしなきゃなんねぇんでね」
「まあ殺されなきゃどうってことねーけどさ。つーかそれなら俺、応接室使わせてもらってるがそれは大丈夫なのか?」
「催眠後、応接室の間取りに関する記憶は消去されますのでご心配なく」
俺とキシシ野郎の会話に弥平がしれっと割って入ると、俺としても初耳な情報に俺たちの間の空気が凍りつく。
うん、記憶がどうのこうのはきっと久三男の領分なのだろうが、今更ながら記憶操作って恐ろしい。俺も知らない間に頭の中を弄られたりしているのだろうか。いや、実の弟を疑うつもりはないし疑いたくもないが、一抹の不安というか疑問が、そこはかとなく湧いてくる。
考えたって仕方ないので、そんなことはないと信じているが。
「またデッカい注射器が出てくるのか……俺としてはもう少しマシな方……法……を……?」
突然、キシシ野郎がゆらゆらと体を揺らし始める。一瞬だけ俺を睨むと、何も言うこともなくソファに横たわり、すうすうと静かな寝息を立て始めた。
「……なんだか凄まじい風評被害を受けた気がする」
「死んだわけではありませんし、目覚めれば理解するでしょう」
「そりゃそうか……って、これどういうこと?」
ぱっと見平静を装っている俺だが、状況など理解できているわけがない。薬ブチ込まれたわけじゃないのに突然眠りこける絵面はなかなかに強烈だ。
何がどうしてこうなったのか、弥平に聞こうと体を捩ったそのとき、応接室をノックする音が鼓膜を揺らす。
「兄さん、入るよ」
おいまだキシシ野郎が、と言おうとするも時既に遅く。久三男は何食わぬ顔で応接室に入ってきてしまった。
「お、おい」
「あ、大丈夫。眠らせたの僕だから」
爽やかな笑顔でクソ怖いことを言いだす我が弟。
応接室に一度も入っていないコイツがどうやって、普通に考えて無理だろと言いたくなる状況だが、相手は久三男だ。たとえ理解ができなくとも、コイツがやったというのなら、なにかしら超常的な方法を使って成し遂げたとするのがむしろ納得のいく話なのである。
「霊子コンピュータを用いたバイオハッキングの実験でね。人の脳を遠隔操作する一環として、眠らせてみたんだ」
なるほど、全く分からん。改めて俺と御玲は久三男に説明を求めた。
愚弟曰く、霊子コンピュータをもって初めてできるようになるバイオハッキング技術は、世界法則を経由して特定の個人または集団の脳を霊子コンピュータと霊的に接続することで、その人たちを遠隔操作することができるようになる画期的な技術らしい。
久三男がキシシ野郎に行ったのは、脳の部位の一つである視床下部とかいう部位をハッキングし睡眠を誘発させたとのことだ。
ちなみにバイオハッキングによる遠隔催眠は、ハッカーの任意の時間で覚醒させたり、逆に眠り続けさせることもできるらしく、現在キシシ野郎は久三男が霊子コンピュータを使って覚醒指令を出さない限り、永久に目覚めることはないそうな。
「ち、ちゃんと起こしてやれよ……?」
「ん? うん。兄さんたちの準備ができたら勿論起こすよ」
久三男はきょとんとした表情で首を傾げる。我が弟ゆえに首を傾げながら分かってるよと言わんばかりの顔は年相応な無邪気さに溢れているが、やっていることがやっていることなので、純粋に可愛げがあると褒められないのが玉に瑕だ。
流石に弟に眠らされてそのまま永眠、なんて結末は俺も望んでいない。眠らされたキシシ野郎は尚更だろう。敵や仲間以外には興味がないゆえに容赦もないことに自覚のある俺でも、可哀想とかいう柄にもない感情が湧いて出てしまう。
「バイオハッキングには遠隔催眠以外にもできることはあるのですよね?」
俺が柄にもなくキシシ野郎に同情していると、弥平さんが末恐ろしい質問を久三男にぶん投げていた。俺は背後に冷たい何かを感じ、急いで振り向く。
「そりゃあねぇ……世界法則に干渉してまでやることが眠らせるだけとか、芸がないにも程があるしさ」
「たとえばどのようなことが?」
「挙げるとキリがないけど……弥平に有益そうな機能といえば、傀儡にすることかなあ」
「ふむ。たとえば敵地の要人をハッキングして外部から撹乱したり、必要な情報を抜き取ったりも?」
「ハッキング範囲に限界はないから、個人さえ特定できればなんでもできるよ」
「なるほど! 密偵任務に更なる進歩が望めそうです! またいつか利用させてください!」
弥平が良ければ、と頭を掻いて頬を赤らめ年相応の照れ顔を見せる久三男。
いやはや、仲睦まじきは良きことと褒めたいところだが、会話の内容が恐ろしすぎて温かい目で見ていられないのが残念すぎる。弥平さんも職業柄仕方ないとしても容赦なさすぎてすんごい怖い。絶対に怒らせないようにしよう。
「こほん。弥平さま、捕虜の護送を……」
流石の御玲も察したのか、頬に汗を垂らしながらわざとらしい咳払いをして軌道修正する。
キシシ野郎が眠った今、これからやることは擬巖家にカチコミかけるための準備である。それまでキシシ野郎に出番はないので、牢屋で眠ってもらうことになる。
御玲の咳払いで自分のやるべきことを思い出したのか、すぐさま執事としての顔に戻り、キシシ野郎を担いで応接室を後にした。
「では私も準備して参ります」
「あ、じゃあ僕も。まだ兵の編制が終わってないんだ」
当の本人がいなくなったことで、誰もが応接室に留まる理由がなくなったわけだが、かくいう俺も応接室には特に用がない。皆が各々やるべきをやり始めた今、俺もやることをやるとしますか。
「んじゃ俺も道場で素振りを」
「澄男さまは私の準備の手伝いです」
「いやそれ俺いらなく」
「どうせやることなくて暇なんでしょう。今素振りしたところで変わらないですし、暇を持て余すくらいなら手を貸してください」
腰に手を当て、眉を顰めてふんすと鼻息を吹かせる。
やることがあると言ったが、実際はそんなものだ。準備という準備は周りのみんなが勝手にやってしまう以上、俺は戦いが始まるまで特にこれといったやることもないのである。
武器の手入れは毎日しているし、トイレは直前に行けば済むし、ご飯は既に食べ終えた。結局、戦いが始まるそのときまで暇なので、やれることといえば消去法で素振りしかなくなるわけだ。
「澄男さまは持ち前の肉体がありますから準備なんて不要でしょうが、私は人並みなんです。回復系薬剤や技能球の選り分けをしてください」
両脇に手を入れられ、軽々と持ち上げられる。
御玲が人並みかは大の男を布団みたく軽く持ち上げられることからして女子としてどうなんだと声高らかに言いたくなるが、それを声に出すのは流石に無粋だろう。
確かにやることもないし、御玲が生き残る確率を少しでも上げられると前向きに考えるなら、準備を手伝いのも億劫じゃないと思えてくる。
「わーったよ、手伝ってやるよ、めんどくせぇ」
手を頭の後ろで組み、応接室を後にする。万が一のため、回復系薬剤は多めに入れておこうと心に決めて、何気に初めて入る御玲の部屋へ足を踏み入れた。
玄関から入ってすぐ右隣にある部屋なのだが、基本的には使われることがない部屋だ。理由は単純で、俺ン家に来る奴なんていないからである。
俺ン家に足を運ぶ奴なんて身内だけであり、その他大勢はそもそも本家領に足を踏み入れることもなく、仮に踏み入れたとしても領土がクソ広すぎて俺ン家を見つけられないからだ。
見渡す限りに無限に広がる森のどこかにぽつんとある家なのだから、見つけられる奴がいたらその能力を褒めてやるところである。
ちなみに俺は応接室に入るのは初めてである。
本家の当主なのに初めてとかマジかよと思う。でも使わないのだから入る機会がないし、掃除だって母さんか御玲がやるのだから俺が入る機会など皆無なのだ。
そもそも俺ン家は俺が使ったことのない、入ったことのない部屋が大半を占める豪邸なので、そんなもんだと思ってくれた方が理解は速いと思う。
「中々起きませんね」
「久三男お手製の睡眠薬だからな……」
静寂が応接室を包む中、俺と御玲が一人でに呟き合う。
応接室にいるのは俺と御玲、そして弥平の三人のみ。久三男やヴァズ、テスらは存在を知られるわけにいかないので欠席、あくのだいまおうとパオングは切り札ゆえに欠席、澄連トリオとミキティウスもあくのだいまおうたちと同じ理由だが、アイツらの場合はマトモな理由を差し引いても単純に邪魔なので欠席だ。
今回は外様の奴と話す初めての機会、体面を意識しなきゃならないので俺がソファに座り、従者である御玲と弥平はソファの後ろで立ち見である。
本当は座らせたいが、従者が主人と同じ椅子に座ると相手から見て立場がわからなくなるため体裁が整わなくなるらしい。俺には体裁だのなんだのはよく分からないが、弥平が言うのだから普通はそうなのだろう。
「…………む…………」
項垂れていたソイツは、ようやく垂れ下がっていた首を上げる。大きく息を吸い、俺たちへ向き直ると、意識が覚醒してきたのか、半開きの目で辺りを仕切に見渡し始めた。
「ここは……彼岸か」
「いや現実だよ早く目ぇ覚ませ」
「ありえねーだろ、こんな豪華な部屋……クソ、あの野郎約束破りやがったな……」
「だから死んでねぇって!! 生きてるから!! ちゃんと心臓動いてっから!!」
またもや項垂れる。
コイツどんだけ信用ないんだ。殺してねぇつってんのに全然信じてくれやしないのは困るが、コイツの態度は無理からぬことなので、あまり強く出られなかったりする。
地下二階で弥平とともにコイツと対面した後、霊壁を隔てて話してても埒が明かないので、場所を変えようと弥平から提案があった。
俺としても薄暗い地下牢フロアで立ち話ってのも気乗りしないし、いる時間が長くなるだけ気分が暗くなるし、御玲も交えた方がいいだろうし、なにより手を組むならそれ相応の対応するべきだと思って、その提案を二つ返事で許可したまでは良かったんだが。
「たまったもんじゃねーぜ……ただでさえ簀巻きにされてるってのに、あんなクソデカ注射器ぶっ刺すなんてよ……」
首元を摩りながら、恨めしく俺を睨む。
俺が許可を出した瞬間、コイツを拘束していた台から巨大な注射器が飛び出したのだ。
注射器と言えば手のひらサイズを想像するが、拘束台から飛び出したそれは俺が知っている注射器のおよそ三倍以上のデカさを誇っていた。
流石の俺も当主の威厳なんぞどこへやら、クソ間抜けに目ン玉ひん剥いちまったが、拘束台は容赦も躊躇も一切なく、そのクソデカ注射器をコイツの首にぶっ刺したのである。
俺は必死で真顔を保った。心の中でいでえええええええあれ絶対いでええええええと叫びながらも、なけなしの威厳を保つため、注射器に込められた無色透明の液体を首から注がれる様を、ただただぼうっと眺めた。
注ぎ終わると同時、死んだように眠ってしまったコイツは、弥平によっていま俺たちがいる応接室に運ばれることとなったわけだ。
「とりあえず話を進めたい。いけるかキシシ野郎」
グダっている暇はない。擬巖の奴らに宣戦布告された今、久三男が現在進行形で軍を編成している。正直、一分も無駄にしたくないのだ。
「もっとマシな呼び方なかったのかよ……割と気にしてんだぜ、それ」
だが、急く俺とは裏腹にコイツ―――キシシ野郎は不満げな雰囲気を醸し出す。
「別になんでもいいだろ、特徴的な部分がそこしかなかったんだよ」
「今から名乗るから、そっちで呼んでくれよ」
「いらん。興味ねぇ」
「あ……そう。じゃあ、いいか。なんでも」
面倒くさげに天井を眺めるキシシ野郎。
俺は仲間じゃない奴を名前で呼ぶつもりはない。仲間以外は俺にとって対等な相手じゃないからだ。
呼び方だって、特徴さえ分かればいい。どうせ仲間じゃない時点で興味ないから、名前なんて聞いてもすぐに忘れてしまうのである。
どんな呼び方であれ、誰か分かればなんでもいいと思うし。
「話を進める前によ、俺はお前をなんて呼べばいいんだ? 名前、知らねーんだが」
また話が逸れたしさっさと始めるかと思った矢先、一瞬で会話の先手を取られてしまう。出そうとした言葉が口元で詰まり、思わず口を噤む。
「そういやそうだったな……俺は澄男だ。お前から見て左が御玲、右が弥平」
名前を呼んだ順に指を刺す。刺された順に御玲と弥平は一礼していく。
興味もないし、今回の戦いが終わればただの他人同士になるってのに、名前を聞くとは律儀な奴である。
「なるほど、覚えたぜ。よろしくな赤眼野郎」
「……は?」
「別に問題ねーだろ? お前が名前で呼ばねーってんなら俺も名前で呼ぶつもりはねーよ」
背後から僅かに霊圧が撫でる。感覚には自信がある俺だからこそ感じとれたが、弥平がほんの少しばかり臨戦態勢に入っている。
今は体裁がある。本家派当主である俺と、擬巖家から逃げてきたコイツでは社会的地位に雲泥の差があるのだ。
舐められたら終い。昔から母さんが口酸っぱく言ってきた家訓の下、側から見たら本家派当主に対して不敬の極みである。
「おいよしてくれよ。俺ぁアンタらと敵対するつもりなんざねーんだぜ」
その発言に、思わず目を丸くする。
弥平は分家派当主として、俺の拙い想像力じゃ及びもつかないくらいの鍛錬をその身に刻んでいる。俺が弥平の霊圧に気づけたのは感覚が他の奴らより優れているってだけで、そうじゃなきゃクソ間抜けにも背後を取られていることだろう。
「まあいい。好きに呼べや」
弥平から殺気が消える。後ろに控えている二人が今どんな顔をしているのか窺い知れないが、批難する顔をしてないことだけは信じたい。
本来なら立場を明確化するため、仲間でもない奴にクソみてぇな呼び方をされるわけにはいかないんだが、コイツにはそれだけの格があると見込んで、あえて許すことにした。
俺が許可を出した以上、二人も表立って抗議してきたりはしないだろう。終わった後が面倒くさくなってしまったが、それは終わった後の俺に任せればいい。うん、そうしよう。
「それで、俺はどうすりゃー自由になれんだ? できれば気安くこなせることで頼むぜ」
弥平から殺意を向けられたにも関わらず、キシシ野郎の態度は太々しいままだ。
物を頼める立場じゃないし、コイツがコイツでなければ自殺願望を疑われる場面だが、まあキシシ野郎は歯の隙間から脳汁も漏れ出てるってことで深く考えるのはやめとこうと思う。
「まず一つ。俺たちは今から擬巖を潰す。お前はそれに協力しろ。ちなみに拒否権はない」
「やだっつったら?」
「この場で消えてもら」
「よし乗った」
キシシ野郎の判断は速かった。というか速すぎた。
「ただ……武器は返してくれ。話には乗るが、捨て駒になるつもりはねーんでね」
弥平や御玲は、特に弥平からは珍しく、その言葉に否定的な雰囲気を醸し出すが、俺は手で制して了承の意を示す。
自分の武器にこだわる気持ちは分からなくもないし、そもそも武器なしで戦場に出してロクに動かないまま死なれても、俺のメンツが立たない。俺らの都合で戦わせる以上は、当然の要求だろう。
弥平が思っている通り、かなり不安要素はあるものの―――そこは出たとこ勝負をするしかないと思う。
それにしても、だ。
コイツの生きることに対する執念は筆舌に尽くし難い何かを感じる。いや確かに生きることは大事だ、特に意味や価値もなく死に様を散らせるよりか華はあると思う。
でもコイツのそれは、他の奴らとは一線を画している。
生き急いでいる程度の奴なら、大陸八暴閥と殺り合うのに協力しろと言われて被せ気味に了承しないだろう。普通に戦死する可能性だってあるわけだし、それなりに迷ったり戦いの前に決意を露わにしたりと相応の過程があるはずだ。
これをこなせば生きられる、そのために必要十分をこなすことに過程など不要、は中々ぶっ飛んだ思考をしていると思う。
「それにしても擬巖を潰すとか、大それたことをサラッと言うよなー……そこらの奴らなら喧嘩売られた時点で小便垂れ流しながら夜逃げブチかますぜ? さすがそこは流川っていうべきか」
「いや、喧嘩売られたら買うに決まってんだろ。逃げるなんざありえねぇ」
「たとえ勝てない戦力差だったとしても?」
「……なに?」
一瞬、意味が分からなくてつい威圧的に聞き返してしまう。少し、いやかなり気掛かりな言葉を投げられた気がしたからだ。
「勝てない戦力差ってどういうことだ? テメェなんか知ってんの?」
「おいおいおい待ってくれ、ちげーよ。そーゆー意味じゃない」
「だったらどういう意味だ。隠すんなら隠せねぇようにしてやるが?」
俺は右手を挙げた。背後から濃密な殺気が溢れ出る。
戦いのド素人でも、首根っこに刃突き立てられている感覚を覚えさせるくらいに分かりやすい殺意。当然、それに気がつかないようなキシシ野郎じゃない。両手をあげて、必死に首を左右に振り回す。
「いいか? あんまりわけわかんねぇことガタガタ言ってると殺すぞ。お前とは約束こそしたが態度次第じゃ一方的に反故にしてやってもいいんだからな? 本来守る義理も価値もねぇんだしさ」
「んぁー、分かったよ。悪かった。だから背後に立っておられる従者様方に霊圧を収めるよう言ってくださいませんかね、もう余計なこと言わねーんで」
静かに右手を下ろす。同時に背後から滲み出ていた殺意は鳴り止む楽器の如く鳴りを潜める。
応接室内の空気が一気に軽くなるのを感じ取ると、キシシ野郎は溶けるようにソファに項垂れた。
「んじゃ次。テメェの知ってることを洗いざらい吐け。この場で、今すぐにだ」
「ちなみに」
「拒否った場合、俺ン家の力を駆使してお前の身体を隅々まで調べることになる」
「吐きます」
「わかればいい。言え」
「えっと、んじゃあ……」
心なしか、この数分のやり取りで目にクマができ、頬が若干痩けたキシシ野郎。特に無理難題は言ってないはずだが、不思議なこともあるものだ。一応、仲間扱いしてないけど人として扱ってるぜってアピールしたつもりなんだが、もしかして伝わってなかったりするのだろうか。まあだとしてもどうしようもないしどうする気もないのでこの扱いに納得してもらうしかないのだが。
こうして、キシシ野郎の長ったらしい話が始まる。俺はクソ甘コーヒーを片手にキシシ野郎の話に耳を傾ける。流石にこの場面で寝コケるわけにはいかないので、カフェインで眠気を黙らせる。コーヒーを用意してなきゃ、ものの十秒くらいで寝落ちしていただろう。
ようやく、話が一区切りする。コーヒーの影響か、俺にしては珍しく話の内容の大半が記憶に残っている。次はこっちのターンだ。
「へぇ、お前下威区出身なのかぁ」
「知ってくれてるのか。やっぱ流川だな」
「いや、触り程度なら知ってるが詳しくは知らん。弥平、下威区のことを詳しく」
キシシ野郎が更に痩せこけた気がしたが気のせいだろう。とりあえず無視して弥平に視線を投げる。
「下威区とは、武市の最下層。別名``人類退廃地帯``と呼ばれるスラム地域のことですね」
キシシ野郎が視線で抗議してくるのを尻目に、弥平の講義に耳を傾ける。
下威区。武市の成果・実力主義に適応できなかった者たちが、最終的に流れ着く場所ってのは、三舟雅禍の件で把握済みだったのだが、その地理に関しては初見の情報ばかりだった。
下威区はヘルリオン山脈側、つまり極東から順に完全退廃地帯、退廃地帯、半退廃地帯、重スラム、軽スラム、武ノ壁の計五つに分けられる。
一般に下威区民と呼ばれる奴らは重スラムまたは軽スラムに住んでいる奴らのことで、ごく一部の例外を除けば、いずれかのスラム地域で余生を過ごすことになるという。
次に退廃地帯とは、過剰な霊力によって汚染された領域のことで、そこでは大気中に致死量の霊力が分布しており、人間にとって死地となっている。退廃地帯の区分はいわやる汚染度によるもので、半退廃地帯なら短時間程度居続けることが可能らしいが、退廃地帯と完全退廃地帯に踏み入れれば、長く持っても数分程度の命とのことだ。
また退廃地帯は大気中に含まれる霊力分布の濃さから、本来ヘルリオン山脈に生息しているはずの野生の魔生物が生息圏を押し広げてきており、ソイツらも生き残った数少ない下威区民の存亡を脅かしているのだとか。
弥平の説明でなんとなくイメージはついた。要は無能の受け皿的な場所であり、キシシ野郎はそんな掃き溜めの中の掃き溜めの世界で生まれ育ち、生き残る過程で今の強さと太々しさを得られたと。
そう考えると生きることに貪欲なことにも納得できる。どんな所なのかはこの目で見たことがないけれど、野生の魔生物が割り込んでくるくらい自然に帰っている場所となると、生半可な気合や根性じゃ、まず生き残れない。
そんな魑魅魍魎が跋扈する掃き溜めで過ごしながら人としての言語を話し、こうして俺たちの前に立つことができているのだから、コイツは本当に大した奴である。
「弥平、下威区にはコイツみたいな生き残った強ぇ奴が割と普通にいたりするのか?」
今回の話にはあまり関係ないが、ついでだから興味本意で聞いてみる。
キシシ野郎は久三男が構築した防犯機構を前にミンチにならない程度の実力を持っていた。もしそんな奴がいるとしたら、俺らとしてもそれなりに脅威となる。殺そうと思えば殺せない相手でもないが、キシシ野郎の実力はそんなもんだろと切って捨てられるものでもなし、知っていて損はないはずだ。
「いえ、いるとしてもごく少数かと」
少し身構える俺をよそに、キッパリと疑問を両断する。
「下威区の環境は人が生きていくのに適していませんので、ほとんどは成人になる前に死に絶えます。逆に言えば、ごく少数だからこそプロファイリングは容易、とも言えます」
「なるほど。ならよし」
話が逸れてしまったが、弥平が言うなら問題はない。やはりウチの執事と弟に抜かりはないようだ。
「それで次は……下威区は``武ノ壁``? ってのか? それに囲まれてて、一度入ると出られなくなるって言ってたが、それは本当なのか?」
机に置かれたコーラで喉を潤す。
下威区について気になることと言えば、中威区との境界に``武ノ壁``とかいう大層なネーミングの防壁的なものが張られていて、一度入ると出られなくなる仕様になっているらしい。そのため下威区に流れ着いた奴らは、中威区や上威区の連中を妬みながらゴミの掃き溜めの中で骨を埋めることになるそうだ。
「``武ノ壁``は一種の霊壁です。下威区民が反乱を起こさないために擬巖家が発動し、それ以降一度も破られておりません」
弥平の補足説明も織りなされ、脳味噌の九割が筋肉質にすり替わっている自負がある俺に浸透していく。
``武ノ壁``が発動したのは、今から十年以上前。
下威区民の反乱による中威区への影響を予期した擬巖家は、下威区民を封じ込めて管理するため、中威区との繋がりを結界で断絶。来る者拒まず、去る者逃さずの今の状態を作り上げた。
弥平がさっき言っていたように、発動から今まで一度も破壊されたことがなく、武市に存在する霊壁の中では最強クラスの強度を誇っているという。
「私たちが行った強度予測では、澄男様の攻撃をもってしても破壊は不可能という演算結果が出ています」
「……え?」
思わず威厳もクソもない間抜け声を漏らし、弥平へ振り向く。
捕虜の前であんまりよろしくない態度だが、それ以上にものすごく聞き捨てならない台詞が聞こえてしまったので、これに関してはどうしようもないと思う。
「煉旺焔星でもブチ破れないのか……?」
「武ノ壁を外部から無理矢理破壊するには、およそ五百マジアンもの爆縮霊力が必要になります。また各種属性霊力耐性も有しており、火属性霊力の効能は半減してしまいます」
「な、るほど? それは厄介だな……ちなみに五百マジアン? ってのはどの程度の霊力なんだ?」
「ちょうど澄男様二人分です」
「マジか」
これまた威厳のいの字もない素の声が出てしまった。
各種属性耐性に加え、俺二人分の霊力がないと破壊できない防壁。破られたことがないつっても俺ならなんとかできるっしょとか軽く考えていたが、冗談抜きのガッチガチ防壁で雑草が生えてきそうだ。実際は全然面白くもなんともない衝撃のクソ事実なのだが。
「とはいえ我ら流川の力をもってすれば、不可能ではないのですが……」
「まあそりゃとうぜ……んんんんん!?」
まあた弥平に振り向いてしまった上にコーヒーの入ったコップを床にぶち落としてしまう。
御玲が呆れ紛れのため息をつきながら、床を拭き取りにかかるが、俺の脳内は御玲に礼を言う余力もないくらい思考停止しそうになっていた。
「え? あ……え? できんのかよ!?」
「いざというときのために対策はしていましたので」
爽やかな笑顔で応対する弥平に対し、その笑顔に当てられたのか、俺も思わず朗らかな笑みを浮かべてしまう。目の前にキシシ野郎がいるのにそんなこともお構いなしに。
おそらくだがそこらへんの技術的なところは久三男も一枚噛んでいることも考えるとなんというか、ウチの執事と弟、マジ有能すぎないか。ちょっと恐怖を覚えてしまう。
あんまり間抜けやっていると、割と真面目に俺が必要なくなってしまう気がする。今後ちゃんと締めるところは気を引き締めて臨むようにしよう。
「ただ、今回は無理矢理破壊する必要がありません。``武ノ壁``を発動したのは擬巖家ですので、霊壁維持のための魔道具も擬巖領に設置してありますから」
そうですよね、とさっきまでずっと黙っていたキシシ野郎に話題が振られる。それでようやく蚊帳の外だったキシシ野郎に全ての注目が集まった。
「俺が擬巖に侵入を繰り返す理由……そこの糸目執事様の察しの通り、``武ノ壁``を維持している魔道具を破壊するためだ」
さっきまで飄々とふざけた態度は消え失せ、ドスの効いた低い声音で俺を見つめてくる。
前髪の隙間から垣間見える微かな眼光は、暗澹としているが刺すような熱さがあり、目を離すことを許さない。
「よくもまあ一人でやろうと思ったな。いくら強ぇとはいえ、相手は大陸八暴閥の一柱。お前一人でどうこうできるほど雑魚じゃねぇだろうに」
「それでもやるしかねーんだよ。守るべきものも何も失くなったこの俺が絶対成さなきゃなんねー、最後のヤマなんだ」
守るべきものも何も失くなった、か。自分の手からこぼれ落ちた木萩澪華が脳裏をよぎる。
今更考えても意味がないことかもしれないが、もしも御玲や弥平、澄連と出会うことがなかったなら、俺もコイツみたいになっていたと思う。
実際、親父をぶっ殺すまでは親父とクソ寺を殺すこと以外はほとんど考えられず、そのためならどれだけの血が流れようとかまわないとすら思っていた。その割には御玲や弥平を捨て駒にはできなかったし、一度は裏切った久三男とも和解したわけだが、コイツもきっと擬巖家にちょっかいを出すまでの過程で、色々なものを失ったのだろう。
それが家族なのか友達なのか仲間なのか、その全てなのかは分からないが、失ったものは二度と戻ってこない以上、そうなったら失うことになった元凶を叩くか、何かしらしていないと虚しくて虚しくて仕方なくなるのだ。復讐に駆られていた頃の俺が、そうだったように。
「つまり……俺とお前の利害は一致してるわけか」
「擬巖を潰すことに協力するってことなら肩組むことに異存はねーな。むしろ棚から牡丹餅って感じだ」
「餅扱いはなんだか癪だが、まあいい。だが指示には従ってもらうぞ。それでいいな?」
キシシ野郎は飄々とした態度を取り戻し、迷いなく首を縦に振る。
一抹の不安があるが、予防線はいくらでも張れるし、既に張っている。利害も一致しているなら、擬巖を潰すまでは一戦力として数えても問題はないだろう。
「そんで、俺はどうすりゃいーんだ? 協力するのは吝かじゃねーが、段取り分かんねーと動きようねーしさ」
耳をほじりながら当然の疑問をぶん投げてくれる。確かに段取りが分からない以上動きようがないのは事実だ。とはいえ。
「お前は牢屋で待機だ。準備ができ次第呼ぶから」
キシシ野郎の目尻が少し強張る。
気持ちは分からなくもない。分からなくもないが、お前は仲間じゃない。利害が一致しているだけの捕虜にすぎないのだ。これから一緒に戦うことになる仲とはいえ、俺ン家の構造を知られるわけにはいかない。澄連のときみたく仲間もしくは恭順する前提なら話が違ったかもしれないが。
「また俺、眠らされるのか……」
「済まんな。ウチとしても防犯はきちんとしなきゃなんねぇんでね」
「まあ殺されなきゃどうってことねーけどさ。つーかそれなら俺、応接室使わせてもらってるがそれは大丈夫なのか?」
「催眠後、応接室の間取りに関する記憶は消去されますのでご心配なく」
俺とキシシ野郎の会話に弥平がしれっと割って入ると、俺としても初耳な情報に俺たちの間の空気が凍りつく。
うん、記憶がどうのこうのはきっと久三男の領分なのだろうが、今更ながら記憶操作って恐ろしい。俺も知らない間に頭の中を弄られたりしているのだろうか。いや、実の弟を疑うつもりはないし疑いたくもないが、一抹の不安というか疑問が、そこはかとなく湧いてくる。
考えたって仕方ないので、そんなことはないと信じているが。
「またデッカい注射器が出てくるのか……俺としてはもう少しマシな方……法……を……?」
突然、キシシ野郎がゆらゆらと体を揺らし始める。一瞬だけ俺を睨むと、何も言うこともなくソファに横たわり、すうすうと静かな寝息を立て始めた。
「……なんだか凄まじい風評被害を受けた気がする」
「死んだわけではありませんし、目覚めれば理解するでしょう」
「そりゃそうか……って、これどういうこと?」
ぱっと見平静を装っている俺だが、状況など理解できているわけがない。薬ブチ込まれたわけじゃないのに突然眠りこける絵面はなかなかに強烈だ。
何がどうしてこうなったのか、弥平に聞こうと体を捩ったそのとき、応接室をノックする音が鼓膜を揺らす。
「兄さん、入るよ」
おいまだキシシ野郎が、と言おうとするも時既に遅く。久三男は何食わぬ顔で応接室に入ってきてしまった。
「お、おい」
「あ、大丈夫。眠らせたの僕だから」
爽やかな笑顔でクソ怖いことを言いだす我が弟。
応接室に一度も入っていないコイツがどうやって、普通に考えて無理だろと言いたくなる状況だが、相手は久三男だ。たとえ理解ができなくとも、コイツがやったというのなら、なにかしら超常的な方法を使って成し遂げたとするのがむしろ納得のいく話なのである。
「霊子コンピュータを用いたバイオハッキングの実験でね。人の脳を遠隔操作する一環として、眠らせてみたんだ」
なるほど、全く分からん。改めて俺と御玲は久三男に説明を求めた。
愚弟曰く、霊子コンピュータをもって初めてできるようになるバイオハッキング技術は、世界法則を経由して特定の個人または集団の脳を霊子コンピュータと霊的に接続することで、その人たちを遠隔操作することができるようになる画期的な技術らしい。
久三男がキシシ野郎に行ったのは、脳の部位の一つである視床下部とかいう部位をハッキングし睡眠を誘発させたとのことだ。
ちなみにバイオハッキングによる遠隔催眠は、ハッカーの任意の時間で覚醒させたり、逆に眠り続けさせることもできるらしく、現在キシシ野郎は久三男が霊子コンピュータを使って覚醒指令を出さない限り、永久に目覚めることはないそうな。
「ち、ちゃんと起こしてやれよ……?」
「ん? うん。兄さんたちの準備ができたら勿論起こすよ」
久三男はきょとんとした表情で首を傾げる。我が弟ゆえに首を傾げながら分かってるよと言わんばかりの顔は年相応な無邪気さに溢れているが、やっていることがやっていることなので、純粋に可愛げがあると褒められないのが玉に瑕だ。
流石に弟に眠らされてそのまま永眠、なんて結末は俺も望んでいない。眠らされたキシシ野郎は尚更だろう。敵や仲間以外には興味がないゆえに容赦もないことに自覚のある俺でも、可哀想とかいう柄にもない感情が湧いて出てしまう。
「バイオハッキングには遠隔催眠以外にもできることはあるのですよね?」
俺が柄にもなくキシシ野郎に同情していると、弥平さんが末恐ろしい質問を久三男にぶん投げていた。俺は背後に冷たい何かを感じ、急いで振り向く。
「そりゃあねぇ……世界法則に干渉してまでやることが眠らせるだけとか、芸がないにも程があるしさ」
「たとえばどのようなことが?」
「挙げるとキリがないけど……弥平に有益そうな機能といえば、傀儡にすることかなあ」
「ふむ。たとえば敵地の要人をハッキングして外部から撹乱したり、必要な情報を抜き取ったりも?」
「ハッキング範囲に限界はないから、個人さえ特定できればなんでもできるよ」
「なるほど! 密偵任務に更なる進歩が望めそうです! またいつか利用させてください!」
弥平が良ければ、と頭を掻いて頬を赤らめ年相応の照れ顔を見せる久三男。
いやはや、仲睦まじきは良きことと褒めたいところだが、会話の内容が恐ろしすぎて温かい目で見ていられないのが残念すぎる。弥平さんも職業柄仕方ないとしても容赦なさすぎてすんごい怖い。絶対に怒らせないようにしよう。
「こほん。弥平さま、捕虜の護送を……」
流石の御玲も察したのか、頬に汗を垂らしながらわざとらしい咳払いをして軌道修正する。
キシシ野郎が眠った今、これからやることは擬巖家にカチコミかけるための準備である。それまでキシシ野郎に出番はないので、牢屋で眠ってもらうことになる。
御玲の咳払いで自分のやるべきことを思い出したのか、すぐさま執事としての顔に戻り、キシシ野郎を担いで応接室を後にした。
「では私も準備して参ります」
「あ、じゃあ僕も。まだ兵の編制が終わってないんだ」
当の本人がいなくなったことで、誰もが応接室に留まる理由がなくなったわけだが、かくいう俺も応接室には特に用がない。皆が各々やるべきをやり始めた今、俺もやることをやるとしますか。
「んじゃ俺も道場で素振りを」
「澄男さまは私の準備の手伝いです」
「いやそれ俺いらなく」
「どうせやることなくて暇なんでしょう。今素振りしたところで変わらないですし、暇を持て余すくらいなら手を貸してください」
腰に手を当て、眉を顰めてふんすと鼻息を吹かせる。
やることがあると言ったが、実際はそんなものだ。準備という準備は周りのみんなが勝手にやってしまう以上、俺は戦いが始まるまで特にこれといったやることもないのである。
武器の手入れは毎日しているし、トイレは直前に行けば済むし、ご飯は既に食べ終えた。結局、戦いが始まるそのときまで暇なので、やれることといえば消去法で素振りしかなくなるわけだ。
「澄男さまは持ち前の肉体がありますから準備なんて不要でしょうが、私は人並みなんです。回復系薬剤や技能球の選り分けをしてください」
両脇に手を入れられ、軽々と持ち上げられる。
御玲が人並みかは大の男を布団みたく軽く持ち上げられることからして女子としてどうなんだと声高らかに言いたくなるが、それを声に出すのは流石に無粋だろう。
確かにやることもないし、御玲が生き残る確率を少しでも上げられると前向きに考えるなら、準備を手伝いのも億劫じゃないと思えてくる。
「わーったよ、手伝ってやるよ、めんどくせぇ」
手を頭の後ろで組み、応接室を後にする。万が一のため、回復系薬剤は多めに入れておこうと心に決めて、何気に初めて入る御玲の部屋へ足を踏み入れた。
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俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
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