自らを越えて 第二巻

多谷昇太

文字の大きさ
上 下
3 / 13
3人のアポ(1)の続き

したり顔の黒い霧

しおりを挟む
だが「お前は黙ってろ!」と云いざま空いている方の右手で俺の頬を叩(はた)こうとする。その刹那「止めっ!」大伴さんが高校時代のバレー部で鍛錬したものだろうか絶妙のタイミングと気迫でもってカナを制した。打たれるだろうことを覚悟した俺がむしろそちらに肝を冷やすほどの、それは喝にも似た、凄いものだった。それでカナが思いとどまり剰え眼前のこの男さえもがビビってしまったようだ。ゴクリと唾を飲み込みもはや長居は無用とばかり早々にこの場を立ち去ろうとする。「じゃ、俺はこれで…」と、お見逸れした大伴さんに許しを請うがごとくにコクリとひとつうなずいてから怖ず怖ずと離れて行く。そんな男など大伴さんはもはや無視してカナを見据えるばかりだ。まったく、性格判断ゲームを披露してまで俺たちの親和を図ってくれた大伴さんなのに、そしてそのお陰で俺、カナ、ミカが些かでも本音で語り合えるようになったばかりだったのに…俺は情けなくてうつむくばかりだ。と、しかしこの時男の視線を感じたような気がしてそちらを見ると男が〝この俺に向かって〟陰湿な一瞥を向けていたのだった。その目は『ざまー見ろ。見っともない様(ザマ)放(こ)きやがって。へへへ、してやったりだ』と云っているようだった。無性に腹が立ったがしかしいまさらもう遅い。大伴さんの喝を我が身で受けたくなかったし、積み木崩しの災禍を、悲哀を、もうこれ以上大伴さんに味わわせたくはなかったのだ。俺は心中で『黒い霧容易(たやす)からず』を痛感するばかりである。

  【村田君「なんでこうなるの…?」mofutan.netさんの作品from pinterest】
しおりを挟む

処理中です...