人生和歌集 -風ー(1)

多谷昇太

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海を渡る風

おもろい夫婦

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ターナーはいと高き人神ごつ人我らボヘミアンこぞりて詣ず 

「あんな、ここ(ズーリック)には職業紹介所があんねん。外国人専門の。皿洗いや工場の仕事を斡旋してくれるんや」と明関が明かす。細君の礼子さん(仮名)も「そう。ターナーって云うんですよ、そこの事務所の人。私たち毎日のようにそこに通ってるの」と教えてくれます。私にとっては夢のような、思わず笑みがこぼれるような話でした。思えば渡欧以来幾星霜(…オーバーか。実際には数ヶ月)探しに探した、この地で生きていくための仕事がやっと得られそうです。身を乗り出して聞こうとするのにしかし明関が「けどな、学生でなけりゃあかんのや。あんた、松山さんと同じ学生か?」と喜ばせておきながら蹴落とすようなことを云う。「いや…」と今度は私が傷心気に云うのにそれを予期してたかのように明関と、松山までがニヤニヤ笑いをして見せます。その分けを松山が「心配せんでええよ。学生になればええんねん」「…?」「偽の学生や。国際学生事務所へ行って学生証を発行してもらえばええんや」と云うのでした。で、ここから先は些かイルリーガルな経緯となるので省きますがその〝偽の学生証〟を得る方法までを明関が教えてくれたのです。それは奇想天外なもので私一人だったら思いも寄らず、さすが生活力のある難波の男と尽々感心させられたものでした。

かにかくに我は学生(がくしょう)となりにけり外(と)つ国ゆえの奇々怪々

奪ふごと駆落ちごとく来しと云ふ芦屋のお嬢盗り物語

明関夫人の礼子さんは関西の高級住宅街に住まう深窓のお嬢さんだったそうです。それをまだ身分もない一介の写真家志望の青年が「嫁に欲しい」と云ったものですから礼子さんのご両親は絶対に首を縦にふらなかったそうです。しかし男の私から見ても松山の云う「おもろいやっちゃあ」と評すべき快男児、人間的魅力に溢れる男ですから、それに礼子さんが惚れたのでしょう(それと才能にも…これはタイトルを変えて後述します)。かくしてまるで駆落ちするがごとくに二人は日本を出奔したとのことでした。礼子さんの実家は裕福に違いないのですが間違っても「金送れ」の類はしたくないとの二人でした。誰かとは大違いです…(>_<)
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