サマネイ

第四章 得度式と鏡僧侶

食事は午前中だけ！…だよ

しかしこうなるとありがたいのは俺で、食住はただ、タバコは吸えるとなればあとはもうなにも不足はなかった。ハッキリ云って生涯の友は‘タバコ’という男である。ヨーロッパの厳寒の中、人種差別の葛藤の中、また明日の食住を常に思わねばならない金欠の患いの中で、つねにそばにいてなぐさめてくれたのがタバコなのであり、とにかくまず一服に逃げ込む癖ができて久しかった。それだから左右もわからぬタイで僧侶生活を始めるにしてもなによりもまず心配だったのはタバコだったのである。禁煙は決してできそうにない。どうやったら隠れてタバコが吸えるかが最大の煩いだったのだが、あっけなく解決してしまい、思わず万歳三唱の気持ちになったのを読者はわかっていただけるだろうか。自然に顔をほころばせながらうまそうに煙をくゆらす俺に「まるでマタタビ中の猫だね」と山本師が感想を云う。文字通り（煙を）吹き出してしまった俺に合わせて自分も笑いながら「いや、あんたね。タバコはぜんぜん構わないけど、先輩だから一応云っておくけど、女性に触れるのはマジで厳禁だからね。それから食事はこうして朝と昼だけで、午後はダメだよ。取っていいのは飲み物だけ。そのへんは小乗仏教の厳しさだから心得ておくように」としかし諭してみせる。すぐに真顔にかえって殊勝そうにうなづく俺に「しかしあんた、それ我慢できる？」と今度はまたくだけた調子で聞いてくる。「はい、決まりならそうします」と俺がかえすのに「無理だと思うよ」と云いながら彼は自分の寝台の下に掛けた高さ４０センチばかりのカーテンをするすると開けて見せる。するとそこには何十個もの缶詰の山があってこれみな夜食だと云う。