クワンティエンの夢

多谷昇太

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吉野の桜

観光案内板にて

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「慶子の云う通りよ。私たち白河女子大歌道部は和歌の研修に来たのよ。人混みじゃあ歌境も湧かないでしょ?私たちの聖地、西行庵まで行って、そこで歌合わせするんだからね。みんな歌を考えといてよ」。そう云ってはみたものの内心では梅子ら一党の云うとおりと思わぬでもない。観光には確かにあいにくの天気だったが、しかしどうしても今日と促されるような何かを心中に感じてもいたのだった。自分たち以外の誰かが待っているような、説明不能の何かを…。
 観光案内板を9人で占拠するような形になっていたのだが、その輪の外に最前より来て案内板を見るふりをしながらその実娘たちの会話に相好をくずしている人物がいた。それを見て亜希子が「ちょっと織枝と絹子、うしろにいる人を通してあげて。私たちが邪魔をしているのよ。どうぞ、こちらへ」と云ってその人物に声をかける。「へえ、すんまへんね、ほなちょっとだけ…」と云いながら前に出て来て「えーっと、西行庵はどこやったかな」と云いながら案内板に見入るのだが、しかしそれよりは横にいる亜希子の存在が気になる様子だった。年のころ70前後の、頭に白髪が目立つ、人品あやしからぬ紳士然とした人物である。ややあって「あの、西行庵まで行かれるんですか?」と亜希子に声をかけられると待ってましたとばかり向きなおって「へえ。ちょっとお参りに。あいにくの天気ですけど、なんかこう、急にお参りしたくなりましてな。虫の知らせっちゅうか、ありましたんですけど、いま判りました。こないな別嬪のお嬢様方がようけ来られてるんやったら、虫の知らせとなったわけや」と答えれば「いやだ」「おじょうず」などと面々が黄色い声をあげる。首尾よく受けたせいか顔を赤らめながら老人が「いや、ほんまですよ。ところでいま何となく伺とったら耳に入ったんですけど、お嬢様方もやはり西行庵に行かれるんですか?」と亜希子に聞くのだがそのたずねる表情がいかにもまぶしげだ。

             【吉野山観光マップ】
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