異形の血を引く聖女は王国を追放される

雪月花

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27.

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「フォーフォッフォー。こんなに美しいお嬢様にお会いできるとはぁ。長生きはするものですなぁ」

 王立図書館の館長、フロスティン様が訪れたので、謁見室でギルと一緒にお会いした途端、手をがっしり掴まれ興奮したように話しかけられた。

 長くて立派な白い口ひげ。間延びした口調。笑うたびに、ふっくらした体が揺れて、とても愛嬌がある。

 ノ、ノームだわ! 絵本でみた土の精霊にそっくり! 

 ノームの獣人だ! と確信して、ギルに聞いたら、あっさり、人間だ、と返された。

 人間なのね……勝手に残念がっていると、フロスティン様は面白そうに目を輝かせながら、白いおひげを撫で上げる。

「陛下も息災でようございましたなぁ。この老いぼれは体のあちこちが痛くてかないませんなぁ。フォフォフォ」

 そう言いながら、芝居がかった動作で腰をさすり、上目遣いでチラチラと催促するように見つめる。

「フロスティン、この謁見は私的な場と考えてくれて構わない。俺に気にせず腰を下ろせ。老人に無茶をさせるつもりはない」

 ギルは苦笑しながら着座を促すと、フロスティン様のつぶらな目がパチンと茶目っ気たっぷりにウインクを返す。

 和むなぁーー。フロスティン様のお人柄なのかしら?
 空気が和んで、とっても居心地がいいわ。

「陛下のお気遣いに感謝致しますぞ。では、お言葉に甘えて」

 よっこらしょと言いながら、フロスティン様は長椅子に腰掛け、それに続いて私とギルが対面にある長椅子に座る。私達の後ろにはコノアとレナール様が控えている。

 この謁見室にいるのは五人だけ。レナール様が人払いをしたそうだ。

「フォフォ、陛下からご依頼の件ですが、あらかた調べがつきましてな。ご報告をと思ったわけですが、まずフォンテーヌ王国の源泉の汚染は、蛇の毒によるものでしょうな」
 
「へ、蛇の毒ですか? な、なぜ、そんなことが」

 汚染の原因が分かったことは嬉しいけど……蛇の毒?
 ギルも蛇が原因といっていたけど、そもそも蛇がなぜそんなことを?

 理由が分からず困惑しながら聞き返すと、フロスティン様は物静かにゆっくりと問いかけてくる。

「クローディア様はフォンテーヌ王国の成り立ちをご存じですかな? あの国は蛇の一族の根城を襲撃し、土地を奪ったのです。そして蛇が土地を奪還するために、源泉を毒で汚染したと考えられますな」

「ま、まってください。蛇の一族ってなんなのですか? それは獣人ということでしょうか?」

 獣人とは獣と人が交わった種族と聞いている。レナール様のように狐の獣人もいれば、獣の狐がいるのは理解できる。でも、蛇は獣というのだろうか?

 そう伝えると、フロスティン様は、おやっと言いながら説明してくれた。この世には、人と獣人と獣が存在している。獣人にならなかった生き物を総称して獣というらしい。だから蛇の獣人も存在する。そして蛇の獣人は体内に毒を持っていると。

「では、蛇の獣人の国を奪ったということでしょうか?……そんなこと聞いたことが……」

 マクシミリアン殿下の婚約者になった際に、王太子妃としての教育はうけてきた。でも、蛇の一族から土地を奪ったなんて聞いたことがない。

 私が混乱していると、ギルは得心がいった顔でうなずく。

「フロスティン、ディアの浄化の力は幻獣種のものだと思うのだが」

 ギルの言葉にコクリとうなずくフロスティン様。

「そうですな。儂もそう思いますなぁ。クローディア様、あなた様の一族は一角獣の幻獣種でしょうなぁ。一角獣は水と蛇の毒を浄化する力を持っていると言われておりますから」

「……一角獣?」

 蛇の毒を浄化? それが私の幻獣種としての特殊な力?

「やはり、そうか。だが、角が違うようだが……」

 ギルはフロスティン様の言葉に納得しつつも、考えこむように首を傾げる。

「ふーーむ、一角獣の角は黄金の角と呼ばれております。長さも、もう少し長いと記録に残っているのじゃが……クローディア様とは形状が違っておりますな。これは推測ですが、何代にもわたって浄化の力を酷使したことで、退化してしまったのでないかと思っております」

 そう言うとフロスティン様はチラリと私に気遣わしげな目を向け、少し口ごもる。

「……それとですが、一角獣の一族を滅亡においやったのは、フォンテーヌ王国かと。その際、ディア様の始祖を強奪し、源泉を浄化させたかと思いますな」

 ……め、滅亡においやった? それに黄金の角? 
 
 胸にザワザワと不安が押し寄せてくる。私がみた夢、黄金の角を生やした獣人達が燃やされていく夢。

 もしかして、あの夢は……

「お、お待ちください! 初代聖女は旅人でフォンテーヌ王国に流れ着いたと伝えられています。強奪なんて聞いたことが……」

 コノアが信じられないと悲痛な声で訴える。初代聖女がフォンテーヌ王国を安住の地にするかわりに、源泉を浄化する為に祈りを捧げた、そう教えられてきたと。

 私も、そう信じていた。そう二人に伝えると、

「ディア、伝承とは不確かで危ういものなんだ。当時の権力者の介入や思想によって事実を大きくねじ曲げられることがある。伝承をそのまま鵜呑みにすること危険だ。伝承を多角的に分析し、俯瞰的に見ることで事実が見えてくる」

 ギルとフロスティン様は痛ましい表情で私を見つめる。

「クローディア様、残念じゃが一角獣の滅亡の時期とフォンテーヌ王国の源泉が浄化された時期が一致しております。知識を預かる身として、この推察には自信を持っております」

「では、私は……聖女は自分の一族を滅ぼした国を守っていたの?」

 そんな……そんなことって……。
 私がしてきたことは……私達、聖女がしてきたことは……。
 今まで信じてきたことが崩れ落ちていく。
 崩れる……。このままだと私が崩れ落ちてしまう……。

 自分の体がバラバラになるような不安感に襲われていると、崩れ落ちる私を繋ぎ止めるように、ギルが私の体を強く抱き締めた。
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