【完結】斎国華譚 ~亡朝の皇女は帝都の闇に舞う~

多摩ゆら

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十二の月

3、【飛路】疑惑

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 任務終了を翌日に控えたその夜、雪華は外朝の中を一人静かに歩いていた。
 明日には官舎を引き払い、陽帝宮を去る。その前に一度だけ、かつての家であったこの城をじっくり見ておきたいと思ったのだ。

 雪華が実際に暮らしていたのは内宮だが、さすがにそちらへ入ることはできない。それでも外朝の回廊を歩けば独特な柱の形や彫刻の数々など、懐かしさを感じる光景にいくつも出会う。

(さすがに、もう二度と来ることはないだろうな……。……?)

 少しばかり感傷的になりながらとある角を曲がると、視界の端に動く影を捉えて何気なく横を見た。……遠くの東屋あずまやの近くを、黒っぽい影が横切っていく。

 こんな時間にまで働いている者がいるのだろうか。大した興味もなく視線を戻したが、何かが引っ掛かり雪華はもう一度東屋の方角を振り返った。
 黒い影が過ぎ去ったあとに、誰かが茂みから歩いてくる。暗闇に紛れるようにたたずむのは、男……だろうか。その背中に既視感を覚え、目を凝らす。

(飛路……?)

 束ねられた髪、少年と青年の中間のような背中。それはよく見知ったものだ。雪華に背を向けて、飛路が暗闇に沈む城壁を見つめている。

(あいつ、何してるんだ? なんでこんな所に……)

 飛路はすでに官服を脱いでいた。勤務時間内ではないためとがめられたりはしないだろうが、それにしてもまったくの私服は外朝ではかなり目立つ。
 なぜそんな格好でうろついているのか――当然の疑問を胸に、雪華はその背に声をかけようとした。だが、できなかった。

 飛路はじっと城壁――いや、内朝の方角を眺めていた。その眼差しの暗さに思わず口をつぐむ。
 心の中に、小さな疑念が生まれる。不信というよりは困惑だ。なぜ飛路は、あんな顔で城を見るのか。

 父親が、胡朝に心身ともに痛めつけられたとは聞いた。だから胡朝を憎んでいたとも聞いた。……そう、憎しみの表情だったならまだ納得できる。

(あれでは、まるで――)

 悔いるように、悩むように、軽く歪められた表情。それがあまりにも印象的で目が離せない。

「っ……」

 そのとき、前方の茂みが再度揺れて葉擦れの音が響いた。雪華は慌てて物陰に身を隠す。
 どうしてそんなことをしてしまったのかは分からない。だがなぜか、今の飛路から目を離してはいけないような気がした。

 現れたのは、若い二人の官吏だった。見たところ下級官吏のようだ。官服に身を包んだ二人は袖を合わせ、飛路に礼を取る。飛路もまた二人に同じような礼を返した。

(ああ……待ち合わせか。それであんなに城の方を見て――)

 職場で一緒だったか、歳が近い官なのだろうか。互いを見知ったような表情に雪華もようやく合点がいく。自分がしている覗き見のような行為が、急に恥ずかしくなった。

(妙な深読みをして――。……帰ろう)

 仲間を尾行する趣味はない。音を立てないようにゆっくりときびすを返し、雪華は官舎に向かって歩きはじめた。

(でも……なんだ。何か違和感が……)

 今の三人の邂逅に、何か引っかかるものがある。何がおかしいのか、順を追って回想しはっとひらめいた。

「…!」

 ――礼だ。あとから来た官吏二人が、飛路に対して目上の者に向ける礼を取っていた。そして飛路も、目下の者に向ける礼を。
 今回、飛路の宮中での役どころは無位の小姓だ。つまりどの官吏も飛路に礼を取る必要はないのだ。たとえそれが、同僚の小姓であっても。

「どういうことだ……」

 若者たちが、ふざけてそんな真似を行ったのだろうか。だがそれにしては三人とも表情が硬かった。

 飛路は、胡朝の官吏になる気はまったくなかったと言っていた。だがもしかしたら、今回の任務を受ける前から胡朝の官吏に知り合いぐらいはいたのかもしれない。でなければ、あの礼のやり取りは不自然だ。
 しかし単に知り合いに会ったにしては、三人とも妙によそよそしかったような気がする。だが、もしも久しぶりに会ったのだとしたら案外そういうものかもしれない。

(どういう知り合いだ……?)

 疑念が頭の中を巡り、しばし考え込む。もう一度、三人を見に行こうか――そう思いかけ、小さく頭を振った。

「やめよう……。私が踏み込むことじゃない」

 余計な詮索せんさくは、仲間を疑うことに他ならない。別に飛路が何をしたというわけでもないのだし、私的な付き合いにまで踏み込む権利など雪華にはない。
 頭を振って芽生えた小さな疑念をかき消すと、雪華は官舎に向かって再び歩きはじめた。


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