140 / 166
ジェダイト編
1、深み
しおりを挟む「実はな、異国の人と少し親しくなって」
「異国? ……へえ、どこの人?」
「シルキア人だ。陽連に外交で滞在していてな……たまたま知り合った」
ぱっと頭に浮かんだのは、眉目秀麗な異国の男性だった。数え切れるぐらいしかまだ時を共にしていないが、最近のどんな出来事よりもその印象は鮮烈だった。
雪華の言葉が予想外だったのだろう。目を見開いた藍良が興味深げに身を乗り出す。
「ふぅん。それはまた、珍しいわね。シルキア人か……どんな人?」
「そうだな……なんとも言いがたい人だが、とりあえずものすごく美形だ。肌は褐色で、髪は銀で……でも瞳は綺麗な碧色をしている」
「なんか、想像つかないわね……」
「うん、まぁそうだろうとは思う。斎国語が堪能でな、色々と話をしたよ。あちらの国のことを聞いていたら、ちょっと行ってみたくなった」
「そう。……ふーん、へえ~」
「……?」
説明しているうちに、ジェダイトとの印象深いやり取りを思い出して声が少し昂ぶった。そんな雪華を、藍良がなんとも言えない笑みで見つめる。
「あんたがそんな風に男のことを熱く語るの、初めて聞いたわ。……そう、そんなに美形なの」
「え。ああ……」
熱く語ったつもりはないが、美形なのは否定しない。雪華がうなずくと、藍良は形の良い唇をにやにやと歪ませる。
「そして話も合うと。……あんた、惚れたわね?」
「……は? いや、そんなことは全然――」
「自覚なしか。相変わらずね。……でもその人、仕事で来てるってことはいつかは帰国するんでしょ。寂しくないの?」
「え……。そんなのは最初から分かってることだろ。別に、そういう気持ちで会ってるわけじゃない。ただ友人として、話を聞かせてもらってるだけだ」
「でも、シルキアって異国人の女は入国できないんじゃなかったっけ。つまり相手が帰っちゃったら、二度と会えないってことでしょ」
「……そうだな」
「それでも、少しも離れがたいとは思わない?」
「…………」
藍良の言葉に雪華は返答に詰まった。ジェダイトが帰国したら、もう二度と会うことはない――それを、今になって初めて気付かされたような気がする。
好意はきっとあるが、恋情があるわけではない。このまま二度と会わないとしても、雪華の人生が大きく変わるわけでもない。それでも……いくばくかの寂しさは、存在する。
雪華は小さく苦笑すると、素直な心情を告げた。
「そうだな……。会わなくても何が変わるわけではないけど、少し寂しいかな。せっかく話ができるようになったのに」
「そう。……そうね。仕方ないことだけど、ちょっと寂しいかもね。――そこで、あんたに提案よ」
今の今までしんみりした表情を浮かべていた藍良が、細い指をびしりと立てた。紅を引いた唇を、妖艶にしならせる。
「思い出に、一度ぐらい寝てみるのもいいかもしれないわよ」
「は――、はぁ…!?」
この女――さらりととんでもないことを言ってくれる。思わず声がひっくり返り、雪華は額を押さえる。
「あのな、藍良……だから彼とはそういうのじゃ――」
「そんなの、あんたの言うこと聞いてたら分かるわよ。でもそうじゃないから、しちゃいけないってこともないでしょ。あんただってそういうの、こだわりなさそうだし。恋愛感情がなくたって寝たことはあるでしょ?」
「まぁ……うん」
過去にはそういうことも、何度かはあった。大体はそのあとに面倒なことになったため、今はしようとは思わないが。
身持ちが大して良くないのは自覚している。そんな雪華をからかうこともなく、藍良は淡々と続ける。
「別れる前に寝てみて、いい記憶を残すっていうのもありだと思うけどね、あたしは。その人のこと、もっと知ることができるし。まあ寝てみたら最悪!ってことも、沢山あるけどね。いろんな意味で本性が見えちゃうから」
さすが、場数を踏んでいる女は言うことが違う。雪華は藍良に「最悪!」と言わしめた男たちを想像して苦笑いを浮かべた。
藍良の言うことは、一理ある。肌を合わせてみて初めて分かることも、中にはあるだろう。性欲だけでなく、その人の人となりも。
そして雪華は、そんな行為をすることに大したこだわりを持ってはいなかった。
妊娠とか病気とかいった危険を回避できるなら、体を重ねることはさして難しいことではない。しかし――
「……いや。やめとくよ」
「あらそう。誘っても、なびかなさそう?」
「さあ……文化も違うし、それはどうか分からない。問題は、私の方だ」
「?」
首を振った雪華に藍良がきょとんとした眼差しを向ける。かの人の、凛とした黒衣の立ち姿とそれに相反する柔和な笑顔を思い浮かべ、雪華は瞳を伏せた。
「一度のつもりで寝たら、深みにはまりそうだ。それに彼とは……そういう風に向き合いたくはない。少しもったいないとは思うが」
誘われたわけでもないのにもったいないとは傲慢な言い草だが、雪華は苦笑でその話題を締めた。そして日の傾きで時間の経過に気付き、立ち上がる。
「悪い、長居していたな。そろそろ支度だろ?」
「あ……ええ。そうね」
ちょうど階下から誰かが上ってくる音が聞こえ、雪華は慌ただしく薫風楼を辞した。夕暮れに活気づいてきた花街を眺め、家路につく。
藍良はその後ろ姿を見送ると、今までに見たこともないような顔で異性を語った親友に向けてつぶやいた。
「『深みにはまりそう』って――もう十分、本気になってるじゃない……」
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる