【完結】斎国華譚 ~亡朝の皇女は帝都の闇に舞う~

多摩ゆら

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航悠編

30、赤面の朝

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「……んん」

 窓から漏れる明かりにまぶたを刺激され、雪華はぼんやりと覚醒した。

 頬に何か、温かいものが触れている。心地よいぬくもりにもう一度眠りに落ちようとして、いいやそれは駄目だと理性で抗う。すると頬だけでなく全身が何かのぬくもりに触れていることに気付き、ぱちっと目を開いた。

「…!」

 触れていたのは、航悠の肌。頭を胸板に預け、手と足がしがみ付くようにその体に巻き付いていた。
 漏れそうになった声をこらえ、幼子のようなその姿勢のまま雪華はそっと頭上を窺う。

「…………」

 気配が揺れたことにも気付かず、航悠は静かに寝息を立てていた。短い無精ひげが浮かぶその顎を間近に眺めながら、雪華は内心で深く息を吐き出す。

(深い眠り……。いま何時だ? だいぶ遅いんじゃ――)

 陽の強さや表のざわめきから、少なくとも早朝ではないことが分かる。
 ずいぶん長く、航悠の部屋にとどまってしまった。雪華はそろそろと手足を動かすと寝台からするりと抜け出す。

 真冬だというのに全裸で寝て寒さを感じなかったのは、肩までかけられた毛布とずっと触れていた体温のためか。
 ひやりとした外気に身を震わせると、床に脱ぎ散らかした衣服をもぞもぞとまとう。そして足を踏み出すと、激しい違和感に顔を歪めた。

(まだ、入ってる感じが……。そして全身だるい……)

 開きっぱなしにされた内腿に力が入らず、体の中心部がじんじんといまだ火照ほてっている気がする。
 腰を中心に残る気だるさに、眠る相棒をじとりと見ると昨夜の光景が――熱が、声が、吐息と快楽がよみがえりそうになり、雪華は慌てて視線を逸らした。

「覚えてろよ……」

 安らかに眠る男に小さく悪態をついてから、音を立てないよう部屋をそっと出た。
 目覚めた航悠にどんな顔を向ければいいか、熱の残る頭ではまだ分からなかった。





「ふぁ、あ……」

 それから雪華は自室でざっと身支度を整えてから再び部屋を出た。
 久々に激しい運動をしたからか、腹が減っていた。今が何時か分からないが、とりあえず何か食べたい。そう思って一階の酒楼に降りると、そこに集っていた仲間たちが雪華の姿を見るなり動きを止めた。

「……?」

 急にシンとなった室内に雪華は首を傾げた。ちょうど手前の卓にいた青竹と視線が合うと、ぱっと目を逸らされる。……うっすら顔が赤い。
 そのほかの年下の部下たちも皆一様に赤い顔で顔をそむけ、松雲を含め、ある程度年齢のいった年上の仲間たちはなんとも言えない顔でやはり視線を逸らした。

「……? 松雲。なにかあった――」

「あーっ!! 姐御、起きてたんすか!」

「梅林……。おはよう。朝から任務だったか?」

 松雲に問おうとすると、ちょうど扉が開いて外から帰ってきた梅林の大声にさえぎられた。梅林は扉を閉めるやいなや、涙目で雪華を指さす。

「ひでーっすよ! ひでーっすよ、姐御!!」

「は?」

「おいやめろ、梅猿」

 いきなりの糾弾に雪華が目を見開くと、青竹が横から制止した。だが意にも介さないように梅林は涙声で続ける。

「うるせェ! そりゃオレだって覚悟してたっすよ? かしらが帰ってきた日に、いずれそうなるんだろうなーって。でもでも、蒼月楼ここでヤることないじゃないっすか!!」

「っ!?」

「姐御の声聞こえてきたらたまんなくなっちゃって、オレ妓楼行っちまいましたよ……! 今月、金欠なのに!!」

 うわーん、と幻聴が聞こえてきそうな激しさで梅林が言い募るが、雪華の耳にはすでに届いていなかった。最初の台詞だけが耳に焼き付き、ばっと仲間たちを振り返る。

「……っ」

 先ほどと同じように、皆から慌てて視線を逸らされた。そして年上の者どもは皆うっすらと……笑っている?

「あ――」

 首から順に顔が熱くなっていく。助けを求めるように松雲に視線を向けると、心優しい旧知の男はなんとも言えぬ苦笑で静かに告げた。

「……そういうことだ。お前と航悠に当てていた任務は、今日は休みにしといたから。あー……。相手があいつじゃ難しいのは分かるが、できれば少し控えめにな。……ほら、若い奴らも多いからな」

「…!!」

 身内同然の男からのありがたくない忠告に、雪華は声を詰まらせると階段を駆け上がった。
 そして、いまだ安らかな眠りの中にいる相棒の部屋に飛び込むと、その枕元に鉄槌を下したのだった。


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