【完結】斎国華譚 ~亡朝の皇女は帝都の闇に舞う~

多摩ゆら

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航悠編

31、笑顔の詮索

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 それから慌ただしく時間は流れ、あっという間に、西峨さいが方面へと進軍を始める前日になった。

 ここ数日、軍と協議を重ね、暁の鷹の行動についてもおおむねの指針が出された。
 まずは軍に同行して西峨に入り、それから作戦を開始する。

 大きな武器や大砲があるわけではないから、準備は呆気ないものだった。空いた時間で、雪華は久しぶりに薫風楼へ行ってみることにした。



「えーと、そういうわけで……」

「…………」

「お前には心配かけたけど、まあ、どうにか無事で。で、こういうことになって……」

「…………」

「……なんとか言え。というか、ニヤニヤするな!」

「あらごめんなさい。お姉さん、嬉しくって」

「誰がお姉さんだ!」

 今までの経緯とともに、雪華は藍良にすべてを打ち明けた。美しい顔に気持ち悪いほどの笑みを浮かべた親友は、話が終わると両手を組んで破顔する。

「やーっと、収まるところに収まったわね。ああもう長かった! これで安心して成仏できるわ」

「成仏って……。その……良かったのか? お前、航悠のこと気に入ってたんじゃないのか?」

 不穏な台詞を告げた親友におずおずと問いかけると、藍良はきょとんと大きな目を瞬いた。

「あたしが? なんでよ。ていうか、さっそく一人前に嫉妬? 恋すると女は変わるわね」

「いや全然。お前が『航さん』とか呼ぶのって、珍しいだろ。何かと気にかけてたし、気があるのかと――」

「…………。あんた、馬鹿?」

 藍良は目を据わらせると心底呆れたように呟いた。長い溜息をつき、手をひらひらと振る。

「駄目だわ、ほんと鈍い。航さんやっぱり女の趣味悪い……」

「え。……なんかよく分からないが、すまん」

「お馬鹿! 謝ってほしいわけじゃないわよ! ……はぁ」

 もう一度溜息をつき、藍良が顔を上げる。まだいまいちピンと来ていない雪華を諭すように、彼女は口を開いた。

「あたしはね、あんたがあんまりにも男っ気がないからひと肌脱いであげたのよ。別に航さんじゃなくても良かったんだけど。『航さん』なんて呼んだら少しは意識して妬くかと思いきや、全然効果ないし……。次は例の飛路くんや男前の旦那を推そうかと思ったぐらいよ」

「そんなこと考えてたのか」

 ひそかな親友の画策に雪華は目を見開く。藍良は穏やかに苦笑するとしみじみと告げた。

「あたしは、大事な人には幸せになってほしいのよ。……でも良かった。そうやって自然に笑える人と、くっついて」

「……そうだな。お前の言う通りだった。本当に、不変のものなんてないな。大切なものは手にしておく努力が必要だって分かったよ」

「そうでしょそうでしょ。うん、我ながらいいことを言ったわ」

「はは。……お前は本当に、最高の悪友だよ」

「そうそう。最高のね。……それじゃ、最高の悪友に教えてもらいましょうか。どうだった? 航さんと」

「え?」

 急にニタッと笑みの種類を変えた親友に、雪華はきょとんと首を傾げた。『あ・れ』と唇だけで告げられ、ようやくその意味を解すると頬に朱が上る。

「なっ……! どうって、別に――」

「『別に』~? 大したことなかった?」

「そんなこっ――! ……っ、そんなことは、なかったけど……」

「ん~? じゃあどういう感じだったの?」

「っ……! 言えるか!!」

 どうあっても言わせたいようだが、言えるような出来事ではなかった。思い出すだけでも恥ずかしくて、まして藍良には航悠の人となりもよく知られているだけに口に出すのははばかられる。

 顔が熱くて仕方ない。パタパタと仰ぐと、悪友は袖で口を押さえて爆笑していた。
 雪華は咳払いをして気を取り直すと立ち上がる。

「それじゃ、そろそろ行くな」

「あっ、ちょっと待って。青竹君に伝えてくれる? 『約束、忘れないでね』って」

「……? ああ」

 ふいに真剣な声で呼び止められて深く考えずにうなずくと、藍良は雪華の正面に立った。先ほどまでのくだけた笑みを真顔に変え、親友は口を開く。

「明日から仕事でしょ。……分かってるとは思うけど、無茶しないでよ。報酬が入ったって命がなくちゃ意味ないんだから」

「分かってる。また帰ってきたら顔を出すよ」

「絶対よ? あんた薄情だから今ひとつ信用できないけど、あたし、あんたの骨なんて見たくないからね」

「私も骨にはなりたくないよ……」

 軽口で応酬しながらも、なんだかんだで心配してくれる気持ちが嬉しい。雪華は手を振って、薫風楼を後にした。
 そして宿に帰りつくと、酒楼で糸目が出迎えた。


「ああ副長、お帰んなさい。もしかして、藍良さんのとこっすか」

「ああ。……あ、そうだ。藍良から伝言を頼まれたぞ。『約束、忘れないでね』だとさ」

「……っ」

 彼女からの言葉をそのまま伝えると、青竹は息を詰め、ほんのりと赤くなった。
 二人のやり取りを知らぬ雪華はその表情に首を傾げながらも、念押しをしておく。

「お前、藍良と約束してたのか? 結構真剣っぽかったから、ちゃんと行ってやった方がいいぞ」

「……っす」


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