多重人格社(株)

Z姫

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創業二日目/業務連絡

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 布団を畳んだ。
 万年床とは名ばかりではなく、布団を片付けたのは正真正銘の数年ぶりであった。

「うっ」
 敷布団を畳から持ち上げると同時に湿った感触。
 そして下から顔を覗かせるのはドス黒く変色した緑色(元)の畳であった。
 正体は言うまでもない。真っ青なカビ達である。

 持ち上げた布団を再び床へと戻そうとした所で、右肩にガッシリと手のひらが置かれる。
「うっ」

 振り返ると、無言で左右に首を振る青年がいた。
「ダメです」
 そう言いたげな瞳がこちらを見つめていた。


 彼の名前は『真締 眼鏡まじめ めがね
 冗談みたいな名前だが、俺から言わせれば、奴の存在自体が冗談みたいであった。

 一見勤勉そうな学生に見えるだろうが、実際は違う。


<遡る事5時間>

 俺と奴は食卓こと、事実上の物置きへと化したテーブルを挟んで向かい合っていた。

「ですから、私はアナタから生まれたのです」
「……??」

 両手を大きく広げ、仰々しく演説する真締。
 俺はそれを呆然と眺めていた。
 多分一時間ほどずっと同じ構図だったのだと思う。

「いや、すまんお前が一体何を言っているのか。全く理解が出来ないんだが」
「ここまで説明したのに、まだわかりませんか」

 熱中症の介抱から、やれ一時間ほどが経ったわけだが、その間俺が何をしていたかと言うと。
 学ランを身にまとった青年、真締眼鏡から熱心に学校に来るようにと口説かれていたのだ。
 それに別にヤツの話が、理解できないわけでもない。

 奴はこう言った。
「優さん。学校に行きましょう!」
「はぁ……まぁ考えとくよ」
「そうですか! 理解してもらえてうれしいです……」

「……」
 いや、待ってくれ。ここまでは普通なんだ。
 つまりここからがおかしい。

「では、今日から宜しくお願いしますね」
「あ、はぁ」
 えっと何をよろしくするのだろうか?
 いやまぁ社交辞令と言うか形式的な挨拶であろう。そう思った俺はしばらく、彼が席を立つのを待った。

 一通り説明を受けたし、ここで話は終わっている。
 どう考えてもそこが彼の帰り時だったのだから。

 しかし奴は一向に席を立たない。
 そこで俺は思わず漏らす。漏らしてしまったのだ。
「え、帰らないの?」と。
 今思い返すと、大分失礼で非常識なセリフであったが、奴の返答も相当なものであった。

「え、今日から私もここに住みますよ」
「……は?」

 正直聞き間違えかと思ったし、何を言っているのか。
 訳が分からなかった。
 まだ熱中症の症状が続いてるのかとすら思ったね。
 だがどう見ても冗談を言うような顔ではないし、実際彼の表情は、名前の指す通り真面目そのものであった。


 そこから先ほどの説明に繋がるのだ。
「もう一度最初から説明しますね」
「い、いや結構だ」
 彼の言っていること自体が理解できないわけではない。
 だが、それは冗談にしても、あまりに荒唐無稽すぎた。

 奴の話を簡単に纏めるとこうだ。
「俺の感情や欲望、つまり人格みたいなものが、擬人化してウチにやって来る。彼らの目的は若宮優(オレ)の不登校を治して、真人間へと成長させること」
「そうです」
 真締は首を縦に振る。

「で、俺から生まれた人格。その最初の一人がお前、真面目の人格『真締 眼鏡』。つまりお前だって?」
「そうですパパ」
「パパって言うな」

 端的に要約すると以上である。
 とにかく頭を抱える他ない。

 ライトノベルじゃあるまいし、こんな狂言を一体だれが信じると言うのだ。
 からかうのもいい加減にしてほしい。

 登校の件は考えておくから、とにかく一旦出て言ってくれ、と彼を立たせて玄関まで押していく。
 しかし大した抵抗もなく、彼は素直に玄関のドアに手を掛けた。
「あ、あと1つ。お母さまから言付けです。『あの時の約束をお母さんは果たしました』だそうです」
「ああ、はいはい。わかったよ」

 真締の話などもう耳に入れず、背中を押す俺である。
 ただでさえ今日はもう疲れているのに、人と話すと言う苦行を押し付けられ、更には相手が変人であると言う三重苦。
 押しかけて来た変人の対応なんてものは、引き籠りに課すにはあまりに重い業である。

 自宅に自分一人の状況が久しぶりに取り戻され、思わず一安心。
 ため息をつく俺だが、しかしそこで何故か真締のセリフが頭に引っかかる。
『お母さまから言付けです』

 何故彼は何度も母と言うワードを出してきたのだろう。
 約束などと言っていたが、一体どんな約束があったというのだ。

 ウチには母がいない。
 正確には俺が幼稚園児の頃に亡くなっているのだ。
 明日の天気から数か月後の芸能人の結婚まで予測できる、まるで魔法使いみたいな人だったが、自分の死期だけは予想できなかったのか。
 結局事故で亡くなってしまった。

「あ、」
 そこで思い出した。
 生前の母親と俺は1つ約束をしていた。
 それは約束と言うよりか、母からの宣言に近かったが、今ようやく思い出した。
 ぞくぞくと鳥肌が立つ。
 それは恐怖ではなく歓喜に近いそれであった。

 玄関のドアを跳ね開ける。
 するとそこには真締眼鏡が立っていた。
「俺と母さんの約束の内容を知ってるか?」

 俺の問いかけに対して真締はコクリと頷くと、眼鏡をクイっと押し上げる。
「ええ。『優が本当に困った時、ママが一度だけ助けてあげる』でしたよね」

「なるほど」
 俺は呟いた。

 この話は俺と母さん以外誰も知らない。
 彼らはホンモノの多重人格なのだ。
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