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おっさん、悪役令嬢の兄と対峙する。
しおりを挟むちなみに、未だに国王から婚約破棄に関しての書信は来ていない。
代わりと言ってはなんだが、タウンハウスに来襲したのはローゼの兄、ペーテル・ラ・エスクラだった。
「ローゼ! 愛しの妹よ! あのバカ王子に公衆の面前でコケにされたというのは本当か!?」
領地から馬を飛ばして来たらしい。タウンハウスに飛び込んでくるなり建物中に響き渡る迫力のある声で叫んだ彼は、間違いなくシスコンだろう。
朝食の最中だったローゼは、慣れた様子で一切動じることもなく出迎えに向かった。
晴信も付き従う。――最近は下男ではなく、ローゼのそば仕えとして働いていた。どこに行くにもついていかないと拗ねるのだ。
「お兄様、朝から騒々しいですわ」
「ローゼ!」
久しぶりに顔を合わせたローゼを抱き締めようとして、直前でピタッと止まったペーテルは不思議そうに彼女を見回した。
「えっ、あれっ、思ったより元気そうだな……?」
「わたくしが落ち込んでいたほうがよかったんですの?」
「そんなことはない! 変な噂を聞いて飛んで来たんだが元気で何よりだ! 今日も私の妹は美しいな! ちょっと大人っぽくなったんじゃないか?」
ペーテルはローゼの髪をひと房すくって口づける。
屋敷中に響き渡る大声から体育会系の筋肉男を想像していたが、線は細く色白で、顔立ちはローゼによく似た目つきの悪い色男だ。悪役令息という名称がぴったりくる。
妹との再会の挨拶をひととおり済ませた彼は、次に晴信に目を向けた。
「――見ない顔だな」
低い声は威圧的だ。妹に向けていた甘いまなざしや声音からは想像できない冷たさに慄く。
晴信を庇うように、ふたりの間にローゼが身体を挟み入れた。
「わたくしの従者ですわ」
「侍女がいるだろう」
「こう見えて何かと役に立つんですの」
「見たところ平民か? こんなパッとしない男を連れていてはエスクラ公爵家の威信にかかわるぞ。それに礼儀がなっていないな。主人の前では跪き首を垂れろ」
「はるのぶの主人はわたくしですわ! いくらお兄様でもはるのぶをいじめたら許しませんわよ!」
「嬢ちゃんちょっと落ち着いて」
「嬢ちゃん!? なんと無礼な!」
「もう。名前で呼んでって言ってるのに」
「名前で!? なぜそんなに親しげなんだ!? 兄の私よりポッと出のその男のほうが大事だと……? 私のローゼが……まさかこれが噂に聞く反抗期か……?」
ローゼに怒られ、ペーテルは深刻なショックを受けたようだ。
砂になりかけている兄の背をローゼが押して応接室に押し込む。メイドが水を差し出すと、よほど喉が渇いていたのか一気に飲み干した。
「それで、お兄様はどうして突然王都にいらっしゃったの?」
「だから王子との一件が領地にいる私のもとまで届くほど噂になっていてだな。勝手に婚約破棄などと……しかも理由が平民の女と結婚するためだとか? 私のローゼを傷つけた不届きなクソ野郎に直接――いや、陛下にひとこと言わねば気が済まん!」
領地にいたペーテルが知っているということは、当然ローゼの両親にも伝わっているだろう。王都に向かうのを止めなかったなら、両親も彼の主張に同意しているに違いない。
晴信は「そうだそうだ言ってやれ」とけしかけたい気持ちをどうにか抑えた。
「もういいんですの。陛下が婚約破棄するようおっしゃられたら受け入れますわ」
「待っているのではなくこっちから婚約破棄を突きつけてやればいい! 婚約者がいる身でありながら浮気をしたクソ野郎だ。慰謝料くらいもぎ取らなくては、あの男は一生自分の過ちに気づかずローゼを悪く言い続けるだろう」
「かまいませんわ。……煩雑な手続きをするのも、殿下と顔を合わせることもしたくないんですの。それにエスクラ公爵家の娘として生まれた手前お兄様やお母様、お父様には申し訳ないけれど、卒業後は王都から遠い長閑な田舎町の別荘でひっそり暮らしたいと思っております。はるのぶを連れて」
「はるのぶを連れて!?」
「えっ僕それ聞いてないよ!?」
晴信の腕に指を絡めて寄り添うローゼを目にして、ペーテルは卒倒しそうだった。
「そういう仲なのか!? 貴様ッ! 弱味でも握って脅しているのか!? それとも黒魔法で洗脳でもしているのか!? 殺してやるっ!」
「おぉわーっ! 待って待って剣抜かないでよ銃刀法違反だよそれ!」
剣を持ったペーテルと死を覚悟の鬼ごっこをしていると、血相を変えた執事が部屋に飛び込んできた。
「失礼いたします、国王陛下からの使いがお越しになりました」
「――っ!」
ローゼが息を呑んだのを一瞥し、ペーテルが剣を鞘に納める。
「私が行こう」
屋敷の前で使者の応対をしているペーテルの姿を、ローゼは晴信と共に少し離れた場所から見つめる。
使者が持つトレーには、国王からと思われる手紙が載っている。恭しく差し出されたそれをペーテルが受け取ると、使者は王家の紋章が刻まれた馬車で帰っていった。
ペーテルは手紙を開封し、内容に目を通している。
ローゼはそわそわした様子だ。王子とは関わりたくないと言う口ぶりだったが、やはり気になるらしい。晴信が肘で小突くと、彼女はおそるおそるペーテルに近づいていく。
横から手紙に目を落とそうとしたところで――ふたたび馬車がやって来た。
今度はみすぼらしいボロ馬車だ。
そこから転がり出て来たのは、まさかの第一王子だった。
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