トリップしたおっさん、18禁乙女ゲームの悪役令嬢を手篭めにする

柴田

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悪役令嬢、元婚約者に逆襲する。

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 彼の姿を見て、ローゼとペーテルは我が目を疑う。晴信も二度見した。
 王子がとても貧相な恰好だったからだ。キラキラ王子様は一体どこへいってしまったのか、安物の生地のチュニックにベルト、ウールのズボン、ブーツを履いた姿はまるで平民だ。
 高貴な顔と美しい髪だけが変に浮いている。

 王子は一目散にローゼのもとまで走り寄って彼女の前に跪いた。

 あんなふうに傷つけておいて、今さら何のつもりだろうか。晴信がローゼを庇うように前に出ようとすると、「平気よ」と下がらされる。
 仕方なく二、三歩後退した晴信は、王子の動向を注視しながら気を揉むことしかできない。

 王子は両目から大粒の涙をはらはらと流し、ローゼを見上げた。

「ローゼ! 俺が悪かった! 本当に愛しているのは君だけなんだ! 信じてくれ!」

 哀れっぽく泣き縋る王子に、ローゼは訳も分からず困惑する。

 その様子を見ていたペーテルの手が怒りでぶるぶると震え、手紙にぐしゃりと皺が寄るのが見えた。晴信はうしろからそっと近づいて、手紙の内容を読む。

 ――ははあ。なるほど。

「ですが殿下はほかの女性を王太子妃にするとはっきりおっしゃいましたわ」
「あの女は遊びでしかなかった! 平民の女が王太子妃に相応しいはずがない。あれは、あれは……っ君の気持ちを試したんだ! 本当に俺を好きでいてくれているのか不安になって、それであんな愚かなことをしてしまった。馬鹿な俺を許してほしい。この気持ち……君ならわかってくれるだろう?」

 王子はローゼのドレスの裾を両手で握り締め、口づけるように顔を寄せる。
 あの高慢な王子からは考えられないような姿だ。

 うしろ姿しか見えないため、晴信にはローゼが今何を思っているのかわからない。彼女の肩が小さく震えていた。王子に心が揺れているのだろうか。

「だから君から父上に言ってくれないか。婚約を破棄しないと。俺との婚約を続けたいと言ってくれ。どうかお願いだ……ローゼ……」

 声を嗄らして懇願した王子は、ドレスの裾に顔を埋める。
 王子を引っぺがしたほうがいいのは理解していても、ローゼがどう対応するのか気になったため、晴信は成り行きを見守った。

 しかしペーテルの低く抑えた声が、王子の渾身の茶番をふいにする。

「ローゼ。殴っていいぞ。その男――ただの平民だ」

 ピク、と肩を揺らしたローゼが振り向く。

「――あらそうですか。では、遠慮なく」

 その笑顔は清々しいほど明るかった。
 次の瞬間、ガッ、と鋭い音が響き、王子が地面に転がった。

「いい蹴りだ」

 ペーテルが満面の笑みを浮かべ頷いている。
 晴信はちょっと引きつつ、一方で胸が空くのを感じた。一時は悪魔召喚を試みるまで病んでいたのを思うと、今までよく我慢していたほうだろう。蹴られても仕方ないおこないをした王子が悪い。

 蹴られた頬を押さえ、王子は愕然として固まっている。状況を理解できないようだ。

「お兄様、陛下からの手紙を読んでくださいな」
「いいとも。――開国功臣のエスクラ公爵家の令嬢に無礼を働いた愚かな息子を廃嫡し、平民の女と結婚したいと抜かしたため気を利かせて平民にしてやったそうだ。ローゼへの仕打ち以外にもいろいろと火遊びをした結果、見放されたということだな」
「あら、あら、まあ。陛下から下された処罰が不服でなんとか取り下げてもらうために、わたくしに口添えしてほしくてみっともなく泣いて縋ったのですね? プライド、ありませんの?」

 王子の瞳が揺れる。強く食い縛った歯からぎりぎりと音が聞こえてきそうだ。だがそれでも怒りを露わにすることはなく、もう一度ローゼのドレスに縋りつく。

「……本当に悪かったと思っている。一生償うつもりだ。これからは君だけを愛すると誓う。許してくれ、ローゼ。君も俺を愛してるんだろう……?」
「汚らわしい。鼻水をつけないでちょうだい」
「う……っ!」

 ローゼが思い切りドレスの裾を引っ張ると、縋るものがなくなった王子が前のめりに倒れる。額と地面との間から、ゴン、と鈍い音が鳴った。

「これを機に、平民同士あの女と仲良く暮らせばいいじゃない」
「ちなみに件の平民女生徒は奨学金を打ち切られ、自主退学している。今は田舎に戻ったそうだ」

 ペーテルが補足した内容を聞き、ローゼはくすくす笑った。

「あの女は王子のあなたにしか興味がなかったようね。平民になったあなたはお荷物でしかないから捨てていかれたんだわ。かわいそうに」

 額を地面に擦りつけながら、王子が土を握り締める。
 あれだけ下に見ていたローゼに罵られることに、彼の我慢がいつまで保つか見ものだった。

「おや、よく見たら陛下からの手紙がもう一通。なになに、第二王子殿下の立太子の儀式への招待状か。ローゼが良ければ、王太子となる第二王子との婚約を調えてくださると……」

 大仰な口ぶりでペーテルがそう言うと、弾かれるように顔を上げた王子の顔色がみるみる悪くなっていく。おそらく父親に本気で捨てられると思っていなかったのだろう。

 ――やっぱりこうなったか。

 アカデミーでヒロインを見てから予想していたとおりの展開になって、晴信はほくそ笑んだ。

 第一王子は遊び人の放蕩息子というキャラクター設定だ。そのためプレイヤーは魅力度をマックスまで上げた状態でイベントを進め、王子を改心させなければならない。そうでないと父親である国王から見放され、ふたりは結ばれない――というバッドエンドが用意されている。

 成人を目前にした第一王子でありながら未だに立太子していなかったのも、そういった理由からだ。
 つまり自業自得である。

 これで丸く収まった、とは思えない。晴信としては、息子が不義理を働いたのに、今度は第二王子の婚約者の座にローゼをあてがおうとするのはいかがなものかと考えてしまう。

 第二王子も攻略キャラクターだったから、ある程度の性格は知っている。
 物腰の柔らかい優男だ。目立つ兄の影に隠れているが、非常に頭が切れる。その優秀さは大臣たちからも認められているとか。国を引っ張っていくには優しすぎるが、婚約者――夫としては兄の第一王子よりも断然マシだろう。

 だが晴信は反対したかった。
 最終的な判断はローゼに委ねられているものの、エスクラ公爵家を引き込みたい欲ではないかと穿った見方をしてしまうのは、自分がひねくれているのかもしれない。

「ふふっ、わたくしが口添えをしたところで、あなたの戻る場所はなさそうね」
「俺を見捨てるのか!? これからどうやって生きていけというんだ!?」
「さあ? 物乞いでも、傭兵でも、農夫でも、がんばってくださいな。あぁそうだわ。男娼などぴったりではないかしら。性欲が有り余っているようだから」
「――ッ!」

 顔を赤くした王子が勢いよく迫るのが見え、晴信は慌てて駆け寄り彼女を引き寄せた。


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