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21-1.ヴィンセント・エスターの弱み
しおりを挟む「帝国の沈まぬ太陽ナイングレイ・ドラウス皇帝陛下、続いて帝国の小さき太陽テオドール・ドラウス皇太子殿下が入場されます!」
その号令と共に、会場の貴族たちがそろって頭を下げる。そのなかで唯一微動だにしなかったのはヴィンセントだ。社交界では見慣れた光景なため、注意をする者は誰もいない。
初老の男性がまず会場に足を踏み入れた。豊かなあごひげと、でっぷりとした腹、そして過度に宝石を飾り派手に着飾るさまがまるで成金貴族を彷彿とさせる。彼がドラウス帝国の皇帝、ナイングレイ・ドラウスだ。ネイアやキリアンによく似た金髪の上には、皇帝であることを示す王冠が乗っている。沈まぬ太陽という大袈裟な比喩はやや不釣り合いに感じた。
その後ろについて入場したのが、皇太子テオドール・ドラウスだ。父親にはあまり似ず、キリリとした眉と垂れた目元が印象的な、凛々しい青年である。
こちらも金髪であり、キリアンがよく自分を指して「竜の血が薄く皇家の血が濃い」というのを改めて納得させられた。
「面を上げよ。名誉あるアカデミーの卒業生諸君、卒業おめでとう――……」
長ったらしい式辞のあとほかの来賓の挨拶などが続き、ようやく卒業証書授与となった。卒業生代表が皇帝の前に進み出る。
皇帝は卒業生代表の顔を見ると、あからさまな渋面を作った。
涼やかな微笑みを浮かべたヴァルトロが、皇帝から卒業証書を受け取っている。
ジゼルはポカンとしてその光景を見つめた。卒業生代表といえば、成績優秀者が選ばれるイメージだ。ヴァルトロは性格も穏やかで見目もよく、さらに頭脳まで優れているのかと感心した。
堅苦しい式次第が終われば、ここからが卒業記念パーティーのメインだ。
華やかに着飾った卒業生たちは、アカデミーでの思い出話に花を咲かせている。また貴族が集まる場のため、社交活動に精を出す者もいれば、立食形式の軽食を楽しむ者もおりさまざまだ。卒業生の家族たちもまた、アカデミー在学中に子どもが繋がりを持った家門との交流を深めたりしていた。
ヴァルトロも同級生たちに囲まれて、何やら楽しそうに会話を弾ませているようだ。
ジゼルはキリアンと共に軽食を取りに行き、ヴィンセントの元に戻ろうとしたところ――彼に近づく人物に気がついて足を止めた。
「ヴィンス、ここにいたのね。妻であるわたくしと入場してくれないと困るわ」
派手に着飾ったネイアが、ヴィンセントの腕にまとわりつく。それを目にしたジゼルは、もやもやした気持ちが胸に渦巻くのを感じていた。
「……母さんじゃん。あーもう、懲りねぇなあの人は」
キリアンがそう呟いた瞬間、ヴィンセントはネイアの腕を払った。
容赦のない対応も見慣れているのか、キリアンは大きな溜息を吐く。
「こっちで食うか。母さんのことは父上に任せとけばいーよ。いつもあんな感じだし、そのうちお兄様~って皇帝に言いつけに行くんだ」
「皇帝陛下の妹だったよね」
「そうそう。あのクソ皇帝、妹に甘いんだよなァ。巻き込まれたら面倒だし、俺たちは離れていようぜ。それにアンタの顔見たら母さんヒステリックになりそうだろ」
「キリアン、こんな人の多いところで皇帝陛下のことそんなふうに呼んじゃダメよ」
ジゼルが窘めると、キリアンはべーっと舌と出して反省した様子はなかった。
ヴィンセントにどれだけ冷たくあしらわれようとしつこく絡みつくネイア、という構図を遠目に見ながらサンドイッチを食べる。皇族も出席するパーティーなだけあり、料理はどれも素晴らしい。
「……公爵さまは、皇帝陛下か公爵夫人にどんな弱みを握られているのかしら」
「はあ? 弱み? 父上の?」
あのヴィンセントからはとてもではないが連想できない言葉だ。キリアンはジゼルをからかうように半笑いで繰り返す。
しかしジゼルの表情は険しかった。
「だってそうでしょう? 公爵夫人のことをあんなに嫌っているのに結婚したのよ。弱みでも握られていなかったらおかしいわ」
政略結婚なのだから仕方がない――というのは、ヴィンセントに限っては当てはまらない。古竜が人間のしがらみなどに囚われる存在ではないことは、キリアンもわかっている。だが両親の結婚について、キリアンはこれまで特に疑問に思ったことはなかった。
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