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22-1.皇太子テオドール・ドラウスの求愛
「俺にダンスレッスンやらせといて、一番もらってくのずるくね?」
「今日のジゼルは僕のパートナーだよキリアン。心配しないで、次はキリアンと踊ってあげるから」
「兄貴と踊りたいわけじゃねぇから!」
兄弟のやりとりにクスクス笑いながら、ジゼルはヴァルトロの誘いを受けた。
あんなに練習したのに、いざ本番がくると緊張してしまう。周囲で踊る人たちがとても上手に見えてきて、プレッシャーに感じた。ホールドを組む手が震えている。キリアンから教わったことを思い出しながら、習ったステップを頭の中で反芻した。
険しい顔で集中していると、不意に繋いだ手をぎゅっと握られる。ジゼルはそこでやっと、自分が足元ばかりを見つめていたことに気づき顔を上げた。
「ジゼル、緊張しなくて大丈夫だよ。楽しく踊ろう。それにキリアンが言っていたよ。ジゼルは呑み込みが早くて一生懸命だから、もう完璧に踊れるんだって」
「……キリアンが?」
キリアンのほうへ視線を向けると、ひらひらと手を振られる。裏でそんなふうに評価してくれていたことを知り、うれしくてたまらない気持ちになった。
「あ、ちょっと妬けるな。キリアンはもうジゼルからそんな笑顔を引き出せるようになったんだね」
「え?」
「今は僕のパートナーでしょう? 僕のことだけを見て」
ぐっと引き寄せられ、音楽に合わせてステップを踏みだす。ヴァルトロのリードは上手で、「キリアンのほうがダンスが上手」と言っていたのが謙遜だったのだと初めて知った。
やたらとヴァルトロとの距離が近くてどぎまぎしてしまう。さらにじっと見つめながら微笑みかけられて、ジゼルは思わず視線を逸らした。ヴァルトロの眼差しが、この頃とても熱っぽく感じるのはなぜだろう。繋いだ手が熱い。
「上手だよ、ジゼル」
ヴァルトロに甘い声で褒めそやされると、ジゼルは胸がドキドキと高鳴った。
白い頬を火照らせるジゼルを見下ろし、ヴァルトロは眩しそうに目を細める。彼女のその仕草はわざとではないにしても、ヴァルトロからしたら思わせぶりな態度だった。だがジゼルはヴィンセントのつがいだ。ヴァルトロが欲していい存在ではない。
そう考えれば考えるほど、かわいらしい反応を見せてくれるジゼルが憎らしくも思えてくる。
「――――はあ、君はなんて」
音楽の終わりが近づき、ヴァルトロの手に支えられ背中をぐっと逸らす。ヴァルトロの股の間に片足を割り込ませるかたちで腰を抱き寄せられ、蕩けた赤い瞳がジゼルだけを映していた。
「罪作りな子だろうね」
掠れた声で呟いたヴァルトロは、ジゼルがその言葉の意味を尋ねようとする前に曖昧に微笑んだ。まるでジゼルは理解しなくてもいいとでも言わんばかりに。
「ヴァルトロお兄様……?」
「とても上手に踊れていたよ、ジゼル。今日という日を彩る最高の思い出になった。ほら、俺の出番はまだかーってキリアンがうずうずしながら待ってるよ」
ヴァルトロにエスコートされながら、キリアンの元まで戻る。
次はキリアンに手を取られ、先ほどよりもテンポの速い曲にのって踊り出した。
「ちゃんと練習の成果が出てたじゃねぇか」
「キリアンのおかげよ。ヴァルトロお兄様のリードが上手だったのもあるけどね」
それを聞いたキリアンはムッとしたあとに、何か閃いたようで八重歯を覗かせていたずらっぽく笑った。キリアンはジゼルの腰を両手で掴み、ふわりと持ち上げる。
「きゃっ!」
「どうだ? 俺のほうが上手いだろ?」
そのままクルクルと回られて、ジゼルは笑い声を上げながら「やめてよ」と懇願した。
成長期のキリアンはヴィンセントやヴァルトロに比べると一見細身に見えるのに、ジゼルを持ち上げる腕は力強い。キリアンは少しいたずらすると満足したのか、ジゼルを下ろして自然な流れでステップに戻る。
「もう、キリアンってば何するのよ」
「おもしろかっただろ? ハハッ、それにしてもアンタ、前より肉がついたんじゃねぇか?」
「悪口かしら? ひどいわ」
「ちげーって。最初の骨と皮よりマシに……、おわっ」
そのとき、キリアンの背中にほかのペアの男性がぶつかった。バランスを崩したキリアンが、ジゼルもろとも倒れないように咄嗟に彼女の腰を抱き寄せて足を踏ん張る。
しばらくその体勢で固まっているため、ジゼルがそっと窺うようにキリアンを呼んだ。
「…………」
「キリアン大丈夫?」
キリアンの顔は、ジゼルの胸に埋まっていた。豊かな胸に埋もれたまま、キリアンはそのあまりの柔らかさに思考停止するしかない。
キリアンが微動だにしないものだから、呼吸ができているのか不安になったジゼルは、彼の頬を両手で包み込み無理矢理顔を上げさせた。キリアンの顔は真っ赤に茹で上がっている。
上目遣いに見上げるジゼルと目が合うと、キリアンはハッと我に返った。キリアンはジゼルの身体を軽く突き飛ばす。
「わ、わざとじゃない!」
そう叫んだキリアンは、びゅんっと風を切るような速さで会場を出て行ってしまった。
取り残されたジゼルの元に、ヴァルトロが近づいてくる。
「あれは思春期というんだよジゼル。ほっといたらいいからね」
「思春期、ですか」
「キリアンもまだまだお子ちゃまだなぁ」
微笑ましげに見送るヴァルトロに対して、ジゼルは首を傾げていた。
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