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ep.8
しおりを挟む22歳のアーサーからすればグレイスはまだまだ幼く、そんな言動もまた子どもらしいと受け流す。
グレイスの専属護衛騎士となってもう6年。多くの時間を彼女と過ごしたから、グレイスが置かれた状況や、人一倍寂しがりやのくせに強気に振る舞う理由ももうよくわかっている。
グレイスの母親である皇妃は、大勢いる皇妃の中でも立場が弱く、それから皇后や皇妃たちの派閥にも上手く馴染めていないようだった。若く美しいだけで皇帝の目に留まった女を、幼い頃から皇后や皇妃になるために並々ならぬ努力をしてきた彼女たちは受け入れられなかったのだ。
若さと美しさで皇帝に目をかけられるのも短い間であり、皇帝の寵愛はすぐに移ろう。その後皇后や力のある皇妃に上手に取り入ることができたなら良かったが、グレイスの母はそれにも失敗してしまい、皇宮での居場所がないに等しかった。
そのせいか城に勤める使用人たちも、皇后やほかの皇妃の目を気にして、グレイスの母やその子どもたちに仕えることを避けている。
グレイスの母はそんな皇宮の環境に疲れてしまっていた。グレイスにかまう心の余裕はなく、乳母に世話を任せきりで顔を合わせる機会はあまりない。皇帝もまた、男爵家の令嬢が産んだ娘になどほとんど興味は薄く、グレイスにとっては父親というよりも皇帝でしかなかった。
アーサーに四六時中べったりとくっついてくるのは、グレイスには自分を見てくれる存在が彼しかいないからだ。
だが皇女という彼女の立場、それから騎士であり平民であるという己の身分を考えると、いつまでも今のままではいられない。親離れとは少し違うかもしれないが、これを機に少しずつ自分への執着が薄くなればいいとアーサーは考えていた。
その年、アーサーは帝国で数十年ぶりとなるソードマスターになった。
帝国で唯一の現役ソードマスターのアーサーを、皇族も、貴族も、皆が欲した。取るに足りない第8皇女の護衛騎士などにしておくにはもったいないとばかりに、権力や財力をちらつかせてアーサーを唆す者たちが多くいた。だがアーサーは今いる場所から離れる気にはなれなかった。
皇帝に呼び出されたと聞けば、グレイスはアーサーの服の裾を握って涙を見せる。ほかの皇族に声をかけられたと聞けば憤慨した。
誰にもアーサーを奪われるまいと思っていても、何の力もないグレイスにはそれを阻止する手立てもないのだ。アーサーはグレイスに仕える利点がないとわかっていても、彼女の傍に残ることを選択した。
そもそもアーサーが騎士になったのは、その日食べていける金が必要だったからだ。ほかの騎士のように立派な志や名声を求める気持ちがあるわけでもない。出世欲もない。それはソードマスターになってからも変わらなかった。
「私の主人は姫様ですよ」
「……どこにも行かない?」
「ここにいます」
皇帝には、有事の際は力を貸すと約束することで、グレイスの専属護衛騎士を続けることを許されている。皇帝としてもソードマスターとなったアーサーの機嫌はとっておきたいのか、特に渋る様子もなかった。皇女であるグレイスの護衛騎士ということは、皇帝の手の中にあるのと変わりないからというのも理由の一つだろう。
皇帝が納得しているのだから、ほかの皇族や貴族たちもそれ以上アーサーに言い寄ることはなくなった。
ただ一つ残念なのは、ソードマスターだからと、剣術大会には殿堂入りというかたちで参加させてもらえなくなったことだろうか。優勝者に与えられる花を捧げるときに見られるグレイスの満面の笑みを思い出すと、もう見られないのが少しもったいない気がした。
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