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ep.9
しおりを挟む――グレイスが15歳になった。
目を瞠るほど美しく成長した彼女は今日、デビュタントの日を迎える。
「アーサー、どう? 綺麗かしら?」
白いドレスには、グレイスの瞳の色と同じ桃色の花弁が散りばめられていて、くるりと回ると裾が膨らみとても美しかった。女性のドレスのことは詳しくないアーサーにも、今日のグレイスがとびきり綺麗なことだけはよくわかる。
「お美しいです」
「ふふ、本当に思ってる? あなたはいつも無愛想なんだから」
「申し訳ございません」
すっかり大人の女性のようになったグレイスは、もうあまりわがままを言うこともなくなった。皇女らしくお淑やかで、微笑み佇む姿は一輪の花のようだ。子どもと大人の中間にいる彼女には、あどけなさと美しさが同居していた。
グレイスの美貌は貴族の間でも有名になり、デビュタントの日を迎えるにあたり、パートナーになりたがる令息は多かったと聞く。グレイスは無難に兄の一人をパートナーに選んだ。
「アーサーは……パーティーの間はホールの警備をするんだったかしら?」
「はい」
少し寂しそうに目を伏せたグレイスは、「そう」と小さく呟いた。アーサーに限らず皇族の護衛騎士は、パーティーの間は侍らないことになっている。帯剣した騎士が傍にいては無粋だろうし、ホールの警備をするだけでも十分だ。また貴族家出身の騎士たちの多くは、今日は招待客として参加する者が多かった。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「はい。いってらっしゃいませ」
見送るアーサーにグレイスは背を向ける。ここ最近の彼女は、必要以上にアーサーに触れることはなくなった。やはり「お嫁さんになりたい」などという発言は幼いが故の言葉だったのだな、とふと考える。
騎士と皇女の枠に当てはまった距離感しかない今となっては、かつての自分をグレイスも恥ずかしく思っているかもしれない。
グレイスが身体だけではなく中身も成長したことに安心する反面、わずかに寂しさのようなものを感じてしまう自分に違和感を覚えながら、アーサーもホールの警備をする騎士たちに加わった。
今日デビュタントの日を迎える令嬢たちが紹介され、その中にはグレイスと、同じ年の皇女スカーレットの姿もあった。
デビュタント舞踏会は社交界デビューをする令嬢全てが主役ではあったが、今日の本当の主役はスカーレットなのだろう。スカーレットを見て、グレイスは内心でため息をついた。グレイスのドレスも美しかったが、スカーレットのドレスは誰がどう見てもこの場にいる女性の中で最も豪華だった。
一流の教師に教えられたスカーレットはそれはもう皇女としても立派に成長し、立ち居振る舞いから仕草まで完璧だ。微笑んだ顔は女神のように美しい。隣に立てば自分など霞んでしまう。グレイスはうつむいてしまいそうな気持ちをぐっと堪えた。
ダンスタイムが始まると、スカーレットはあっという間に男性たちに囲まれる。デビュタントというのは社交界デビューでもあるが、結婚市場への参入も意味していた。
皇女の結婚は皇帝の意思が大きいものの、皇后の娘ともなるとスカーレットの意思も反映してもらえるのかもしれない。グレイスはその光景を眺めながらワインを一口飲んだ。
「わ、おいしくない……わたくしにはまだ早かったかしら」
いつも紅茶かジュースだったが、今日はデビュタント。少し背伸びして初めてワインを飲んでみたものの、口に合うような味ではなかった。大人は皆好んで飲んでいるのだから、もう少し大人になったら美味しく感じるようになるのだろうと納得し、グラスを侍従に預ける。
デビュタント舞踏会に参加したからには一度は踊らなければならなかったが、なかなかそういう気分にもなれない。あとでパートナーになってくれた兄と踊ろうと考えながらスイーツに手を伸ばす。
マカロンを食べつつ、グレイスの視線は無意識にホールを見回していた。
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