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ep.10
しおりを挟む(アーサーは……どこかしら)
いつもアーサーが傍にいたから、一人だと落ち着かない。またアーサーが誰かに声をかけられているのではないかと心配になってしまう。ソードマスターになったことは素直に喜んで称賛したけれど、アーサーを欲しがる人の多さには辟易していた。
いつか離れていってしまうかもしれないことを考えるだけで、胸が苦しくなる。呆れられたくなくて最近はアーサーの望むようにきちんと主従としての距離を保つように気をつけていたが、本当はいつでも彼の腕にしがみついて繋ぎ止めておきたかった。
アーサーは年を重ねるごとにかっこよくなっていく。初めはアーサーの優しさに子どものように縋っていただけだったのに、その気持ちがいつの間にか恋に変わってしまったのはどのタイミングだったのか、自分でもよくわからなかった。
アーサーはいつもグレイスの話を聞いてくれて、目線を合わせてくれて、寄り添ってくれる。そんなことをしてくれる他人はアーサーが初めてだったのだ。
気づいたら目が合うだけでドキドキして、少しでもその身体に触れたくなって、抱き締めてほしくてたまらない気持ちになる。大人になりわずかに残っていた少年らしさがなくなったアーサーは、端正な顔立ちと、騎士らしくたくましい体躯でいつも女性からの熱い視線が注がれていた。
グレイスがつけてしまった頬の傷が、より一層アーサーを野性味溢れる色男に仕立て上げてしまっているような気がしてならない。
そこにソードマスターという地位が加わって、途端にアーサーは人気者になってしまった。もう彼を平民だと蔑む貴族はいない。
自分なんかの護衛騎士にしておくにはもったいない人材だということはわかっているけれど、グレイスにはもうアーサーを手放すことなんてできなかった。
グレイスはまだ、アーサーと結婚することを諦めてはいない。
ソードマスターになったのだから、もしかしたら皇帝が結婚を許してくれる可能性だってある。皇帝にとっても、皇族の婿にしてしまえば彼を手中に収められるのだから悪い話ではないだろう。――ただ、相手になる皇女がグレイスである必要はない。それが不安だった。
そう例えば、皇后の娘であるスカーレットなどが適任であると、誰もが思うだろう。
考えるだけで胸が痛くなってくる。もっと甘いものを食べて気を紛らわせようと、スイーツを取りに向かおうとしたとき――うつむいていたせいで前にいた男性の背中にぶつかってしまった。
「あ、すみません……、前を見ていなくて」
「いえ。僕のほうこそ申し訳ない。レディ、お怪我はございませんか?」
振り返った男性にそっと手を取られ、申し訳なさそうに下から覗き込まれる。少しおでこをぶつけただけなのに、随分と優しい人だなと思いながら見上げた。
夜の海のような濃紺の髪と瞳が特徴的な、少し年上の男性だ。
「平気ですわ」と微笑むと、彼はぽっと頬を赤らめる。
「あ、……っと、グレイス皇女殿下。失礼いたしました。僕はトレヴィス公爵家のフレドリックと申します」
「フレドリック公子様ですね。ぶつかってしまってごめんなさい。ではわたくしはこれで……」
ただ少しぶつかっただけなのだから、これ以上の会話は必要ない。グレイスが立ち去ろうとすると、握ったままの手を少し強く握られて「あの!」とフレドリックが声を上げる。
「……グレイス皇女殿下、よろしければ僕と踊ってはいただけないでしょうか?」
「え? わたくしとダンスを?」
まさか男性のほうから誘われるだなんて思ってもいなかったグレイスは、一瞬ポカンとしてしまった。せっかく誘ってくれたのに断るのは失礼だと、その誘いを受けることにする。
あとで兄と踊ろうと思っていたが、これでノルマが達成できるならそれでもいいと考えたのだ。
フレドリックは嬉しそうに破顔すると、グレイスをホールの中央へエスコートしていった。
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