姫様は平民騎士のお嫁さんになりたい

柴田

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ep.18

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 アーサーの足首を、座っている椅子の脚にそれぞれロープで縛りつける。それからテーブルに突っ伏していた身体をなんとか起こし背凭れにもたれかからせ、手首は後ろでまとめて拘束した。ここまでされれば、さしものアーサーも抵抗などできないだろう。

 グレイスはドレスの中に隠していた巾着袋をテーブルの上に置き、口を開けて逆さまにする。商人から買った無数の媚薬がテーブルに小山を作り上げた。その中から一つ取りコルクを外してみると、漂う甘ったるい香りだけでも変な気分になってしまいそうだった。
 アーサーが眠っているのを確認して、媚薬の入った小瓶を彼の口につける。むせてしまわないよう、少しずつ少しずつ流し込んだ。ひとまず一本飲ませてみて、あまり効いていないようだったら追加で飲ませればいい。

「ふふ……こんなに無防備なアーサーを見るのは初めてかもしれないわね」

 眠ると存外あどけない顔になる。両手でアーサーの顔を挟み込んで、ちゅ、と口づけてみた。少しかさついた薄い唇は触れると柔らかくて、たまらなくドキドキする。
 何度も啄んで唇の感触を味わってから、厚めの布を噛ませて頭の後ろで固く結んだ。大声を上げられてしまったら計画が台無しになってしまうかもしれない。キスができないのは惜しいけれど、仕方なかった。

 次に腰の剣を外し、立て掛けておく。出立前にグレイスが結んだリボンは柄についたままだった。幾分か汚れ、ところどころほつれてしまっているけれど、アーサーが大事にしてくれていることに胸がきゅんと締めつけられる。

 これまでアーサーはグレイスを主人として、そして時には妹のように大切にしてくれた。そんなアーサーをこれから裏切ることに、罪悪感がないわけではない。しかし非道な手を使ってでも、アーサーを手放したくなかった。
 優しいアーサーは、きっとグレイスの処女を奪ったことに責任を感じてしまうだろう。そうなれば、アーサーは絶対に離れていかない。グレイスのもとを去って、別の女のところに行くことなど決してしないはずだ。

 これが悪いことだというのはわかっている。わかっていても、簡単に諦められる気持ちではなかった。もしかしたらアーサーに嫌われる可能性だってある。軽蔑されるかもしれない。――それでも、アーサーが誰かのものになって一生触れられなくなるよりはいい。
 アーサーがほかの誰かに笑いかけるところなんて見たくない。ほかの誰かとキスをするのも許せない。ほかの誰かを抱くのなんて、想像するのも嫌だった。

 アーサーを心から愛しているけれど、身を引いて彼の幸せを願うだなんてことができない自分に呆れる。自分勝手だと思う。わがままな愛だと思う。けれどグレイスはそういう愛し方しかできなかった。
 これまでだってずっと片思いだったのだから、これからも何年、何十年でも片思いだろうと、アーサーが傍にいてくれさえすればきっと耐えられる。

「ごめんなさい、アーサー。あなたを愛してるの」

 椅子に縛りつけられ眠ったままのアーサーの膝の上に、向かい合って座る。
 媚薬は即効性ではないと言っていたから、効いてくるまでもうしばらくかかるだろう。アーサーが目を覚ます前に既成事実を作ることができればいいけれど、と思いながら彼のシャツのボタンに手をかけた。

 ボタンを外してシャツを肌蹴させると、たくましい身体が露になる。帝国民にはあまりいない褐色のこの肌が、グレイスは好きだった。胸元に手を入れて、下へなぞりながらシャツの裾をスラックスから出した。
 張りのある肌の中に時折かさついた部分が触れ、見てみると細かな傷がたくさんある。ドラゴンと戦う中でできたのだろうか。そんなふうに考えながら、傷を一つ一つ撫でていった。

 熱いくらいの体温に触れているだけで、グレイスの息が上がっていく。筋肉の隆起を指に感じるたびにお腹の奥底がジンと痺れた。ずっとこうして素肌に触れてみたかった。

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