その悪女は神をも誑かす

柴田

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バシリー伯爵邸の仮面舞踏会(3) ※

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「彼女は先約があるんだ」
「申し訳ございません。体調が優れないように見えたので、声をおかけしてしまいました」
「いいんだよ。そなたもほかのレディと楽しむといい」
「いえ、私はもう帰ります」

 グウェンダルは硬い声で答えると、メリーティアを一瞥してから踵を返した。声をかけてくる女性たちに対しては完全に無視を決め込んでいる。
 メリーティアはその背をしばらく見つめていた。

「遅くなってすまなかったね。さあ、行こうか」

 ケイリクスにエスコートされて歩き出す。しかしメリーティアは足に力が入らずふらついてしまい、しまいには立っていることも難しくなった。

「バシリー伯爵め。今夜は香を焚くなと言っておいたのに。今夜だけはふつうの舞踏会にせよという命令も忘れているようだし……あの色ボケ耄碌爺め」

 悪態をついたケイリクスはメリーティアを軽々と横抱きにする。

「まったく、これでは踊れそうにないな。メリーティアにも悪いことをした。わざわざ舞踏会で会おうとしたのも、そなたと踊りたかったからだというのに。そなたが出席したデビュタントボールのときからずっと、それが余の密かな夢になっているんだよ」

 ただメリーティアを前後不覚にして手籠めにするつもりでこのような舞踏会に招待したのだと思っていたが、ケイリクスの考えは違ったようだ。心から口惜しそうにしている。

「つらいか?」

 そっと抱き締めて労しげに問われ、メリーティアは頷いた。ケイリクスの首に両腕を回し抱き着くと、彼の耳に吐息まじりに囁く。

「陛下の手で楽にしてくださいませんか」

 どれだけ身体がつらかろうが、本当はケイリクスになど頼りたくはない。しかし彼はメリーティアから求められることを望んでいる。そしてメリーティアは、彼を自身にさらにずぶずぶに嵌まらせたかった。そのほうが地獄に堕としたときにより絶望させることができるからだ。
 案の定、ケイリクスはうれしそうに目を細めた。

「そなたのために離宮を用意したんだ。このまま連れ去っても?」
「もちろんですわ」

 ケイリクスはメリーティアは抱き上げたままバシリー伯爵邸を出る。皇家の紋章のない馬車が待機しており、ふたりが乗り込むとすぐに走りだした。

 隣に座ったケイリクスの肩にしなだれかかる。身体が火照っていて息が苦しかった。香だけなら気分が少し高揚する程度だったが、どうやらあのシャンパンがまずかったようだ。バシリー伯爵邸から皇宮までは一時間弱かかる。
 着くまでに状態が落ち着いてくれるといいのだが、望みは薄そうだ。

 それなら逆にこの状況を利用すればいい。素面であれば、ケイリクスを自ら誘うなど正気の沙汰ではないと尻込みしてしまいそうだが、今ならヨハンセンにしたように演技ができそうだ。

 メリーティアはケイリクスの太腿に手を乗せると、膝の上に置いてある彼の指を絡めとった。彼の手を自身の脚へ誘導していく。スリットの隙間から素肌に触れさせると、ケイリクスの指先がぴくっと跳ねた。

「……陛下、もう我慢できないの。お願いです。触ってください」
「馬車の中で――とは、大胆だな」
「淫らなわたしはお嫌いですか?」
「いいや。すごく興奮する」

 近づく顔を避けることはせず、口づけを受け入れる。口内に入り込んでくる舌を噛み切りたい気持ちを抑えつけ、メリーティアからも絡めた。
 焦らすように内腿をすべる手が、際どいところに差しかかる。そこがしとどに濡れていることに気がつくと、ケイリクスは恍惚と熱い息をこぼした。下着の隙間から忍び込んだ指があわいを撫で、くちくちと水音を鳴らす。

「すごいな。ぐっしょり濡れてる」
「ぁ……んんっ」
「中もとろとろだ。これを我慢していたのはつらかったね」

 蜜壺に指が二本挿れられ、メリーティアは震えあがった。快感と不快感が一気に押し寄せ、瞳が潤む。ケイリクスの指なんかで気持ちよくなりたくないのに、どこもかしこも敏感になっていて、襞を擦られるだけで上擦った声が漏れた。

 だが悪いことばかりでもない。媚薬のせいで濡れているにもかかわらず、勝手に勘違いして興奮してくれるのでお手軽だ。
 前回は、ケイリクスのことを憎悪しているのに、感じてしまう自分の身体が気持ち悪くてたまらなかった。防御反応で濡れていたのかもしれないが、そこがぬかるんでいることを指摘されるたびに心が死んでいったのだ。
 今はまだ指だけだが、これからケイリクス自身を受け入れなければならないだろう。一度限りではなく、あの離宮で、彼を殺すその日まで。
 それならいっそ、毎日媚薬でおかしくなっていたいとすら思ってしまう。

「……考え事かい? 集中できていないね」
「あぁっ……! そこ、触ったら……ん、んッ」

 中に指を挿れたまま陰核をこねられ、メリーティアは仰け反って足先をぴくぴくと震わせる。

「イったね。少しは楽になったかな? うん? はは、まだまだ足りないようだ」

 激しくするわけでもなくあくまでも力加減は優しいまま、気持ちいい場所を的確に刺激して追い詰めてくる。手淫しながら、ケイリクスはメリーティアの顔をじいっと見下ろしていた。
 時折キスをされ、首筋や胸元にいくつか痕をつけられる。

「感じている顔も美しいな。頬が薔薇色に火照ってきれいだ。そんなに無防備に唇を半開きにしていると食べてしまうぞ……?」

 再び口内に侵入した舌に粘膜をまさぐられる。ケイリクスの息遣いもメリーティアと同じように荒くなっていた。

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