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ケイリクス・ケイト・ヴェドニアが執着する理由(1) ※
しおりを挟むそれからも指だけで何度か果てたが、なかなか身体の疼きはなくなってくれない。
ようやく皇宮に着いたようで、馬車がゆっくりと停まる。
座席にもたれて朦朧としているメリーティアから指を引き抜くと、ケイリクスは手指に付着した愛液をすべて舐めとった。
メリーティアをマントで包み、抱き上げて馬車から降りる。
出迎えた皇帝宮の使用人たちは、ケイリクスがメリーティアを連れていようと一切動じることはなかった。そのように徹底的に教育を施された者だけが皇帝宮の使用人になれるのだ。ケイリクスは一見穏やかそうだがその実、皇后モナよりも恐ろしい人物だと皇宮の誰もが知っている。少しでもケイリクスの機嫌を損ねようものなら、乳母さえ平気で殺しかねない男だ。
ケイリクスは使用人たちの列の間を歩いていく。
しかし皇帝宮の門前でモナが待ちかまえているのが見え、一瞬足を止めた。
歩みを再開したケイリクスは、侍従に扉を開けさせ無言で通り過ぎようとする。
「――陛下、その女をどこへ連れていくおつもりですの」
「そなたに教える必要はないと思うが?」
「まさか情婦にするのですか! ヨハンセンを堕落させたこの魔性の女を!」
金切り声を上げるモナに怯えたように思わせるため、メリーティアはケイリクスにしがみついた。
モナとケイリクスの仲が険悪になればなるほど、思惑どおりにことが進んでいくだろう。
モナをどう貶めようかずっと頭を悩ませていたのだ。侯爵令嬢でしかないメリーティアには、皇后を相手にするのは少々分が悪い。
そこで皇帝であるケイリクスを利用しようと考えた。ケイリクスがメリーティアに夢中になればなるほどモナとの仲が悪化し、彼女はメリーティアを排除しようとするだろう。前回と同様に。
今回、メリーティアは解毒剤であるモモネンの花弁を持っている。
だが、一方で不安もあった。
モナはモモネンの根から抽出される毒を好んで使うが、今回も必ず使用するという保証はない。毒を飲んだあと、モモネンの花弁を呑み込む余裕があるかどうかもわからない。
そんな一か八かの賭けにはなるが、メリーティアを危険な目に遭わせたのがモナだとわかれば、ケイリクスは相手が誰であろうと容赦はしないだろう。
ケイリクスにモナを始末させるよう仕向けるのだ。
それがメリーティアの計画であった。
「陛下もその女に惑わされているだけですわ。わたくしは陛下の御身が心配で申し上げているのです」
「メリーティアに殺されるのなら本望だ」
「……っ、狂っているわ……!」
ケイリクスはモナから視線を外し、皇帝宮へ足を踏み入れた。
皇帝宮へは許可された者しか立ち入ることはできない。それはモナとて例外ではなく、扉の外から叫び続けるしかなかった。
絢爛豪華だけれど、どこか空っぽな雰囲気のある皇帝宮。
ここに訪れるのは二度目だ。あのときは騎士たちに連れられていたが、今はケイリクスに抱かれて運ばれている。皇帝宮の内装を眺めることができるのも、たった一握りの特別な人間だけだ。しかし前回と状況は違っても、ゆっくりと眺める気分になど到底なれそうになかった。
隠し扉から一度地下道に入り、それから地上へ続く階段を上がる。鬱蒼と茂った木々のトンネルを抜けた先には、花々に囲まれたまるで絵画のように美しい宮殿が建っていた。
前回と少しも変わっていない離宮を前にして、メリーティアの四肢の末端から血の気が引いていく。
ここは天国を象った地獄だ。
メリーティアとグウェンダルの子をケイリクスが殺したときの記憶が脳裏によみがえる。
「どうだ、メリーティア。そなたと余の愛の巣だ」
幸せそうに微笑みかけられて「気に入ったかい?」なんて聞かれた。喉からこぼれそうになる恨み言やえずきを押し殺して「とても気に入りましたわ」と答えるのが精一杯だった。さすがに今はちゃんと笑えている自信がなく、ケイリクスの肩口に頭を預けて死角に入る。
ケイリクスに触れられているところから身体が腐っていくような、最悪の気分だった。
離宮の内装も記憶のままだ。一部違うのは、窓に鉄格子がはまっていないこと。無理やり閉じ込めたあのときとは違い、今回はメリーティアの意思で彼のもとに来たからだろうか。
寝室のベッドに散らされた真っ赤な薔薇の花弁にも強い既視感を覚える。そこへ下ろされると、薔薇の香りにむせ返りそうになった。
メリーティアの身体を包んでいたマントをそっとめくり、ケイリクスが鼻息荒く覆い被さってくる。メリーティアは彼の胸板に掌を添え、軽く押し返した。
すると手首を握られ、笑顔を消したケイリクスが掌に口づける。
「まだ焦らすのかい? もう限界なんだ」
滾った雄芯を太腿に擦りつけられ、全身に鳥肌が立つ。けれど心とは裏腹に、媚薬で昂らされた身体はじわりと濡れた。
「焦らすつもりはございませんわ。ただ、先に避妊薬をいただきたいのです」
さすがに機嫌を損ねるかもしれない、と下手に出る。
案の定、ケイリクスはわかりやすく眉を顰めた。
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