幼なじみ公爵の伝わらない溺愛

柴田

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「…………ヘンリーは、どうして私に優しくしてくれるの?」

 ダリアへのこの優しさは特別扱いなのか。それともヘンリーは誰に対してもここまで親身になれるほど、ただただ人がいいのか。ダリアには判断がつかなかった。ほかの誰にも優しくされたことなんてないのだから。
 ヘンリーになんと答えてほしいのかもわからないまま、ダリアはそっと彼を見上げた。

 ヘンリーは、いつもダリアに向けるのと同じ微笑みを浮かべる。

「君のことを愛しているからだよ、ダリア」
「…………!」

 ダリアは目を見開き、思わずヘンリーを突き飛ばしていた。ばしゃんっ、と浴槽の湯が跳ねる。しかしヘンリーは後ろに倒れることもなく、結局胸板に腕を突っ張るだけになってしまった。ダリアは揺らぐ瞳でヘンリーをにらみつけ、唇をわななかせる。

「愛してるって何? ヘンリーも、耳触りのいいことを言って私を利用するつもり?」
「え……?」
「愛してるなんて安っぽい言葉、今の私が信じられると思う……!? 本当はヘンリーも内心では私のことを迷惑に思ってるんじゃないの? 優しくされたくらいで簡単に心を許して、騙されてる私を嘲笑ってる? ヘンリーも私の心を弄ぶの……っ?」
「違う。違うよ、ダリア」

 半狂乱状態になったダリアを抱き締めながら、ヘンリーは悔恨の念にかられて顔を顰めた。
 気持ちを打ち明けるのが遅すぎたのだ。そしてタイミングも最悪だった。ダリアはやはり、自分が思う以上にデイヴィッドの言葉でひどく傷ついていたのだろう。ヘンリーの心からの「愛してる」の言葉すら素直に受け取ることもできず、疑心暗鬼に陥っているようだ。
 今のダリアにとって「愛してる」という言葉は、自分を騙すためにデイヴィッドが用いた、卑劣な道具でしかなかった。

 やっとダリアを孤立させて、自分だけを見てもらえるようになったのに、とんだ誤算だ。想いを伝えることがこんなに難しいとは思わなかった。デイヴィッドからの「愛してる」はあんなに喜んでいたのに、それならヘンリーももっと早く気持ちを伝えていればよかった。
 そう後悔してももう遅い。

 ――いや、遅いということはないかもしれない。もうダリアにはヘンリーしかいないのだ。ゆっくり時間をかけて、言葉以外でこの気持ちをわかってもらえばいい。かなり時間がかかるかもしれない。それがいつになるかも予想ができないし、もしかしたら一生気持ちをわかってもらえない可能性だってある。たとえそうだとしても、ダリアがヘンリーの腕の中にいてくれるならそれでもいいと思えた。

「もう愛してるなんて言わないから、君のそばにいさせて」
「いつか捨てるならいっそのこと今捨ててよ……!」
「そんなこと言わないで。ねえ、ダリア。お願いだよ」

 きつく抱き締め続けると、ダリアは抵抗をやめて大人しく腕の中に収まった。それでもまだ、ぐすっ、ぐすん、と鼻を鳴らす音が聞こえる。
 ダリアは今、ヘンリーにいつか捨てられることを恐れて泣いているのだろうか? そう考えると、ヘンリーの胸にほの暗い悦びがこみ上げてくる。先ほどまでは気持ちが上手く伝わらない苦しさに喘いでいたはずなのに、自分のせいで感情をぐちゃぐちゃにして泣いているダリアが、ヘンリーはかわいくてたまらなかった。

「捨てるわけないよ。ずっとここにいて。信じられなくてもいいから、どうか僕のところからいなくなるようなことだけはしないで。ダリア、……ダリア」
「……んっ、ふ、う」

 おそるおそる口づけてみるが、ダリアは抵抗する意思は見せなかった。そのまま口づけを深めていくと、ダリアの両腕が首に回される。

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