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しおりを挟むダリアの口から乾いた笑いが漏れる。ヘンリーはああ言っていたけれど、いくらイングリッド公爵であろうと皇家からの求婚を断れるはずがない。ニセモノの貴族でしかなかったダリアでも、それくらいはわかっている。だからヘンリーが何をどう訴えようと、もうクレマンティーヌとの結婚は決定事項なのだ。
けれど、こんなに急に求婚状を送ってくるだろうか。本当は、昨日のクレマンティーヌの生誕パーティーですでに打診があったのではないのだろうか。
ヘンリーの焦った姿は、ダリアへのパフォーマンスでしかないのかもしれない。「僕はこれだけがんばったけれど、無理なものは無理だったから僕のことは諦めてほしい」と、ダリアを説得するためのものだとしたら? 結局捨てられることになるダリアがかわいそうで、最後の思い出にと二人きりのパーティーをしてくれたの?
そうだとしたら、余計に惨めだ。
ヘンリーが皇宮から帰ってきたとき、縋りつくなんて情けないことはしたくない。
でも潔くクレマンティーヌとの結婚を祝福することもできない。
(なんでこんなに苦しいの? いつかこの時がくることくらい、わかっていたじゃない)
どうしてだろうか、胸が引き裂かれそうなほど痛んだ。
とにかく、ヘンリーの帰りを待ってなんていられない。どんな顔をして迎えたらいいのかわからない。また捨てられるくらいなら、自分から出て行ったほうが幾分かマシだ。
それに、優しいヘンリーのことだから、出て行ってくれとダリアに言うのはつらいだろう。居場所を失ったダリアをこれまで家において、よくしてくれたことは素直にありがたいと思っている。だからこそ、ヘンリーを気に病ませるようなことはしたくない。
――――なんて、結局のところ自分が「出て行け」と言われたくないだけだった。
クローゼットの中から、比較的派手ではない服を選ぶ。ダリア用にと設けられたドレスルームには高価なドレスばかりだったが、中には裕福な商家の娘が着るようなワンピースもあった。まるで貴族令嬢がお忍びで街に遊びに行くときのような服だ。ヘンリーとは一度もデートすらしたことがないのに、どうしてこんな服が用意されているのか甚だ疑問である。でも今日のようなときには、ぴったりだった。
ダリアはそのワンピースを着込むと、部屋を見回す。ハイデル公爵家と同じ。ここからも、持って行けるようなものは何もない。ヘンリーがダリアにと買い与えたものだけれど、何一つダリアの財産ではないのだから。衣服と靴を拝借するのは申し訳ないが、これくらいは許してほしい。
名残惜しさを感じつつ、部屋を出る。
すると、部屋の前にはなぜかベンジャミンの姿があった。
「ダリアお嬢様。そのような恰好で一体どちらに行かれるおつもりでしょうか?」
まるでベンジャミンは、ダリアが出て行くのを見越していたかのようだ。皇宮を向かうヘンリーから手紙の内容について、おそらく聞いているはず。それなのにダリアの前に立ちはだかるベンジャミンの考えが、ダリアには理解できなかった。
ベンジャミンをはじめとしたイングリッド公爵邸の使用人たちにとっても、女主人を迎えようというときにダリアがいては邪魔だろう。だから邪魔者はさっさと退散してあげようとしているのに、どうしてそれを阻むのか。
ダリアの行動を窘めるようなベンジャミンの物言いに、ついカッとなってしまいそうだった。昂りそうになる気持ちを落ち着けて、ダリアは深呼吸をしてから答える。
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