幼なじみ公爵の伝わらない溺愛

柴田

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「この邸宅から出て行くのよ」
「ご主人様は、ダリアお嬢様にお待ちいただくようおっしゃっておりました」
「そうね。でも皇宮から帰ってきたら、ヘンリーは私に出て行くよう言わなければならないはずよ」
「私はご主人様から、ダリアお嬢様が邸宅から出て行かれぬよう見張りを命じられています。そんな方が、あなた様を追い出すはずがありましょうか」
「……そうね。ヘンリーは優しいから、私を追い出さないかもしれない」
「ご、ご主人様が優しい…………?」

 素っ頓狂な声を上げるベンジャミンに、ダリアは首を傾げた。優しいという表現では足りなかっただろうか。――お人好し? 世話焼き?
 そんなことはどちらでもいい。どれも大体同じ意味で、どれもヘンリーに相応しい言葉だ。

「でもね、私がここにいるのをクレマンティーヌ皇女はよく思わないわ。私が原因で夫婦の間に亀裂が入るのは嫌なの。ヘンリーが私を追い出せないなら、私から出て行ってあげないといけないのよ。あなたにもそれくらいわかるでしょう、ベンジャミン」
「…………」

 ベンジャミンにとってのヘンリーとは、不要なものは不要とばっさり切り捨てる冷酷無情な男だ。ダリアとのあまりの認識の齟齬に衝撃を受け、ベンジャミンは説得するのを諦めそうになる。しかしこのままダリアに出て行かせるわけにはいかない。ダリアが逃げないようにヘンリーから監視を命じられているのは本当なのだ。
 もしダリアを逃がしてしまったら、ヘンリーとは長い付き合いのベンジャミンとて、どんなひどい目に遭わされるかわかったものではない。想像するだけで全身の毛が逆立つ。

「お部屋にお戻りください。ダリアお嬢様」
「主人のためを思うなら、私が出て行くのを止めないでちょうだい」
「従えません。お部屋にお戻りください」
「あらそう。――でも、ヘンリーはあなたに『私の命令に従うように』と言っていなかったかしら?」

 言った。確かに言った。ダリアがイングリッド公爵邸で過ごすようになった当初、ダリアの言うことには逆らうな、とヘンリーから強く命じられている。それを出されると、ベンジャミンはぐうの音も出ない。
 優先すべきは当然ヘンリーの命令だ。しかし、今この瞬間ヘンリーの命令は矛盾してしまった。『ダリアを逃がすな』という命令と、『ダリアに逆らうな』という命令とは、ダリアに「私が出て行くのを止めないで」と言われている状況では辻褄が合わない。

 ふふん、と得意げなダリアを見上げ、ベンジャミンは汗をだらだらと流した。

「いいでしょう。出て行くのは止めません。その代わり! 私と護衛騎士がついていきますからね!」
「ええっ!? それじゃあ何の意味もないじゃない」
「ダリアお嬢様はお望みどおり邸宅から出て行けます。私はダリアお嬢様の監視を続けられます」

 ベンジャミンは譲る気が一切ないようだった。
 ダリアはため息をついて、肩をがっくりと落とす。邸宅から出て行くためには、ここはベンジャミンの言うとおりにするしかなさそうだ。

「わかったわよ……。でも、私は戻るつもりはないわ」
「ご主人様が迎えに来られても、ですか?」
「それならこうしましょう。もしヘンリーが今日中に迎えにきたら戻るわ。もう出て行ったりしない。でも来なかったら、そのときはベンジャミンは護衛騎士を連れて邸宅に帰りなさい」

 ヘンリーが迎えに来るはずがない。だってクレマンティーヌとの結婚を拒否するなんて無理なのだから。優しいヘンリーは、出て行ったダリアのことを最初は心配するかもしれないけれど、最終的には追い出す手間が省けてよかったと思うだろう。

「承知いたしました」

 ベンジャミンはこの提案にはすぐにのってきた。まるで結果が見えているとでも言いたげだ。ベンジャミンも、護衛騎士も、ついてきたところで時間を無駄にするだけだというのに。

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