幼なじみ公爵の伝わらない溺愛

柴田

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【番外編】皇太子への報復 前

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 皇宮で行われる、月に一度の定例会議。皇帝と皇族、そして大貴族たちが、帝国の情勢について意見を交わす場だ。イングリッド公爵であるヘンリーも、毎月の出席が義務付けられていた。

 会議が終わると、ヘンリーは挨拶もそこそこにすぐに家に帰ろうとする。
 そこを呼び止めた皇太子は、振り向いたヘンリーに一瞬冷ややかな目を向けられた気がして怯んだ。
 ヘンリーはとても社交的な性格ではあるが、あまり公の場には現れない。近頃ヘンリーに会おうと思っても、定例会議か原則欠席不可のパーティーくらいにしか顔を出さないため、ヘンリーを口説き落としたい皇太子はヤキモキしていた。

 皇太子はできるだけ友好的な笑顔を浮かべ、ヘンリーに話しかけていく。

「近頃はどうしてる? 公爵位を継いでしばらく経つし、もう慣れた頃だろう。結婚して子どももできたから公私ともに落ち着いて、日々に張り合いがないんじゃないか?」

 目を眇めたヘンリーが、穏やかそうに微笑む。
 その表情を目にして、皇太子はホッと息をつこうとした。

「いいえ。充実しております」

 だが取りつく島もなく返され、皇太子は目を丸くした。会話のキャッチボールをする気が一切ないというようなぴしゃりとした物言いに、皇太子は続ける言葉を迷ってしまう。

「い、今の地位でそなたは満足しているか?」
「何をおっしゃりたいのでしょう?」

 あまりに直接的な物言いに、皇太子は息を呑んだ。ヘンリー・イングリッドという男は、こんなひりついた空気をまとう男だっただろうか。言い方は悪いけれど、もっとなよなよとした印象だった。
 しかし相手が直球でくるなら、こちらも直球で返すまでだ。
 皇太子は腹の探り合いも言葉選びも得意なほうではなかった。

「イングリッド公爵、私が皇帝となったあかつきにはそなたに宰相を頼みたい」
「お断りいたします」
「な、なぜだ?」
「僕には身に余る職位です」

 理由という理由も答えず、ヘンリーは硬直する皇太子を置いて踵を翻した。


 翌月の定例会議が終わったあと、皇太子はめげずにヘンリーを呼び止めた。

「イングリッド公爵、フェレット王国との同盟の件で、そなたに使節団代表として行ってもらいたいのだが。フェレット王国の数代前の皇后がイングリッド公爵家の者だと聞いてな。姻戚関係ならば交渉も容易かろう」
「僕では力不足です。外務大臣にお任せしてください」
「いや実は、宰相が嫌ならば外務大臣を務めてほしいのだ。そなたは複数の言語を巧みにあやつり、口も上手い。外務大臣などぴったりだと思うのだ」
「外務大臣ともなれば他国へ頻繁に赴かねばならないでしょう。実は僕、ロド帝国以外の水が身体に合わなくて。つまりお断りいたします」

 またしてもぴしゃりと断られ、皇太子は真っ白に燃え尽きそうになっていた。
 ヘンリー・イングリッドを攻略するための手立てが何一つ見つからない。

 皇太子が必死になるのにも理由があった。皇太子が皇位を継ぐときに、イングリッド公爵家に支持してほしいのだ。皇太子以外に有力な皇子はおらず、次期皇帝の座は盤石のものだが、強い後ろ盾があるのとないのとでは皇帝になったときに大きく差が出る。
 特に最近は貴族派の勢いが強く、皇権が脅かされる恐れがあった。
 だから中立派のイングリッド公爵家を味方につけたいというのに、非常に道は険しそうだ。

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