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16話・クレープとおごり(2)
礼を述べて、クレープにかじりつく。
口内に甘いホイップと、ホイップとは違う自然の甘さのキリーの果実の味が広がる。故郷で口にしていたキリーの果実とは甘さが段違いだ。
「甘い!」
「そりゃあ、甘いクレープなんだから」
「そうじゃなくって! キリーの果実ってもっとすっぱいものだと思ってた! こんなに甘いキリーの果実は初めてだよ!」
先ほどまでの消沈振りもどこへやら。
興奮した面持ちでクミナクに早口に告げるライラに、クミナクは自分の分のクレープをもったまま目を丸くして、ついで小さく噴出した。
「な、なんで笑うの?! たしかに、今のは田舎丸出しだったかもだけど……!」
「ち、違うよ。君、口元ホイップクリームが……っ」
「えっ」
くすくすと笑いをこぼすクミナクの言葉に一気に顔を赤くしたライラがわたわたとついているというホイップクリームを拭おうとしたとき、すっと伸びてきた手がライラの口元に触れていった。
「取れたよ」
済ました顔でそんなことをのたまったクミナクは、呆気に取られるライラの前で指先についたホイップクリームをぺろりと舐めると「……甘い」と眉を寄せ、口直しのようにラグンラビットのソテー包みのクレープにかぶりついた。
その姿が、普段の王子様と持て囃される姿からはとても想像がつかなくて。
ライラは自分がされたことを恥ずかしがるより、目の前のギャップについぽかんと口を開けてしまった。
それは目ざとくクミナクにも見つかって「間抜け面になっているぞ」なんてやや辛らつな言葉を貰ってしまったのだけれど。
ライラとしては、目の前の違和感のほうが数段上だったのだ。
「え、っと。クミナクも、買い食い……するんだ?」
「普段はしないな。ただ、同室の奴がこういうのが好きだから時々振り回されていたら、慣れた」
軽く肩をすくめてそう言って、二口目をかぶりつくクミナクを見て、ギャップはすごいけど、ただかぶりついているだけなのに、どこか上品に見えるのは育ちの良さかなぁ、などとこれまたどうでもいいことを考えつつ、鼻腔をくすぐる甘い香りに負けて、ライラも目の前のクレープにかぶりついた。
お腹一杯になる量ではなかったが、それでも夕食を寮で食べるならちょうどいい。
無言で残りのクレープを攻略した二人は、しばらくベンチで日向ぼっこをしてライラの足の回復を待ってから、店を冷やかして回ることにした。
せっかく王都にきているのだから、故郷ではできないことをするべきだとクミナクがもっともらしく言って、今日ばかりは息抜きにそんな一日もいいかなぁとライラが頷いたためだ。
いままで興味を示さなくとも、いざ目の前にあれば自然と興味をもつのが人間だ。
年頃の女の子らしく、雑貨や服、アクセサリーの店についつい視線をもっていかれるライラをみてクミナクは文句一つなくそれに付き合った。
あまりに自然にクミナクがエスコートするものだから、ライラにはエスコートされている自覚も、クミナクが自分の視線の先を追って興味のある店に連れて行ってくれていることにも気付かなかったほどだ。
中でもライラを釘付けにしたのは、様々なアクセサリーの並ぶ露店だった。
店を構えているわけではなく、旅の行商人らしき人たちが並べているアクセサリーたちはどれもこれもとても綺麗で美しくて、ツアカには興味ないといっていたライラでさえ目が釘付けだった。
ガラス細工のネックレスに、宝石を使ったピアスやイヤリング、金色の蝶のバレッタ。とりわけライラが気になったのが、そのバレッタだ。
数多く並ぶバレッタの中から、金の細工で蝶が描かれ、羽の部分にはきらきらと光を反射して光る透明な石がはめ込まれたそれを手にとって、ためつすがめつ眺めていると店を任されているらしき店員が声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、それが気に入ったのか?」
「これ、すっごく綺麗ですね」
「中々の一品だろう。ステランディスの職人が作ったものなんだよ」
「へぇ」
きらきら、きらきら。
太陽の光を反射して、金の部分も透明な石も輝いて美しい。
ライラは両親から入学祝にプレゼントされた銀のバレッタをとても気に入っているけれど、それとはまた違う輝きがこのバレッタにはある気がした。
ツアカの「たまに装飾品を変えるだけでも気分が変わるわよ」という言葉を思い出す。
ちょっとばかり、ほしいなという気持ちが大きくなって、そっと値段を確認したライラは、これまたそっとバレッタを元の位置に置いた。
「なんだい? 買わないのか?」
「……ちょっと、手持ちが……」
「なんだい、そんなのそこの彼氏さんにねだればいいじゃないか。見たところいいところの坊ちゃんだろう?」
さらりと言われた言葉を、脳裏が理解するのを拒んでいる。
ぴきり、と動きが固まったライラの前で、店員は不思議そうに首を傾げている。
遅まきながら、ライラの脳が店員の先の言葉を反芻し、理解した。
枯れ死、かれし、彼氏、……恋人を、さす言葉。
かああああ、と顔に熱が集まる。一気に顔を真っ赤にして、ステラはどもりながら両手をわたわたと左右に振ってその言葉を否定した。
「ち、ちがっ。く、くみなくは、パートナーでっ。ゆ、ゆうじんでもなくてっ、だから、かれしとか、ちがっ」
無意識のうちに後ずさっていたらしく、慌てすぎたせいかなれないヒールのせいか、ぐらりと体が傾いだ。
「うあっ」と声を上げた瞬間、地面に叩きつけられるのを覚悟して痛みに目をつむったが、いつまでたっても痛みは襲ってこない。それどころか、背中には温かな感触。
そろそろと目を開けば、呆れたと顔一杯にかいてある、クミナクの端整な顔が目前に飛び込んできて。
「ひゃあっ」
と意味不明な声を上げて、ライラは思わずその場から足の痛みも無視して走り去ってしまった。
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