【完結】精霊術士ライラ・カラリーンと氷の魔術師~『精霊の祝福』を受けた落ちこぼれと非業の天才のはじまりの一年目~

久遠れん

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18話・精霊学とアドバイス

 一限から昼休みまでの三限をライラは上から順に火、水、風の精霊との交流の授業に顔を出した。

 一年時はとにかく精霊との交流が重視される。それは、入学時点で精霊との交信に生徒間でばらつきが酷いのをできるだけ均一化するためでもあり、とにかく精霊と交流を持って精霊の思考に馴染むためである。

 だが、今日も今日とてその三つの授業の全てで散々な結果を出したライラはそうそうにどの授業でも端での待機を命じられた。

 他の生徒が精霊と話したり、話せなくとも楽しげに交流をするのを眺めているのは、ただただ辛かった。羨ましくさえあった。けれど、クミナクの話を思い出せばこそ、弱音なんて吐いていられないと思った。

 かき込むように昼ごはんを胃に入れて、図書室に向かう。

 お気に入りの席に腰を下ろして、クミナクから手渡された精霊術書の中から『精霊に愛される人間』というタイトルの本を引っ張り出して捲っていく。

 大まかには図書室にも置いてある似たタイトルの内容と違いはない。

 ぱらりぱらりと捲りながら、真剣に読み進めていると、ふいに肩を叩かれる。何度か叩かれて、最初は本に集中するあまり、無意識に払っていたのだが、払う手さえも掴まれて。

 読書を邪魔された苛立ちから眉を寄せて顔を上げれば、そこには呆れた顔のクミナクがいた。

「ご、ごめん!」
「いや、いいよ。それより勉強の邪魔をして悪かったね」
「ううん、内容は図書室のものと、あんまり変わりなかったから……」

 それでも著者が違えば違う視点で、今まで考えなかったことがかいてあるのではないかと期待しただけだ。

 まだ最後まで読み終えていないので、期待している内容が書かれていないとも限らないが、可能性は五分といったところだろう。

 クミナクはこの間のように机を回ってライラの向かいに座ると、ちょうどライラが開いていたページを指差した。

「?」
「精霊は、基本的に『誠実であり、嘘をつかず、素直な人間を愛する』……精霊学の基本中の基本だね」
「そうだね」

 クミナクの言葉にこっくりと頷いて、ライラより白くほっそりとした指が指し示す一文を再度読む。それはどの文献にも必ずかかれている決まり文句。

 精霊に愛される人間に共通した事項。

 それを読むたびに、ライラは自分は根が曲がっているのだろうか。と悶々としてしまうのだが、今日ばかりはいつもは一人でする問答をクミナクが切って捨てた。

「僕には、君がこの大原則から外れているとは思えない。……君は、嫌味ばかり言う僕に言い返しこそしたけれど、僕のように嫌味は言わなかったし、僕の弱みを探ろうともしなかった。君は誠実で、素直で、嘘を吐けない人間だと、僕は思うよ」

 真っ直ぐに、ライラの瞳を見るクミナクの燃えるような紅い瞳。ゆらりと瞳の中で炎が揺れる様は、表立たないクミナクの苛烈な精神性を表しているようだった。

 自然と引き込まれる美しい瞳で、それこそ真摯に誠実に、嘘など吐いていないとわかる口調でいわれてしまったら。泣きたくなるのをこらえるのが、精一杯だ。

「……昔は、違ったのよ。精霊は身近な存在で、遊び相手はいつだって精霊だった。でも、いつからか、だんだん私の周りから、精霊はいなくなって、学園にきてもそれは変わらなくて、それどころか、私が見ていると精霊は固まってしまうし、手を伸ばせば逃げてしまうの」

 吐き出したのは、ずっと胸につっかえていた重し。

 ミナにも告げたそれを、同年代の相手にいうのは、ツアカすら除いて初めてだった。

 ライラの独白に静かに耳を傾けていたクミナクは「なら」と言葉を続けた。

「逃げた精霊は、どこに行っているんだろう?」
「え?」
「精霊はどんな風に逃げるんだ? 視界からいきなりいなくなるのか?」

 クミナクの真剣な言葉に、ライラはぱちぱちと瞬きを繰り返すだけ。

 考えたこともなかった指摘に、とっさに言葉が出てこない。

「え、と。……蜘蛛の子を、散らすように。って表現でいいのかな。そんな、感じ」
「精霊が逃げる先を最後まで視線で追いかけたことは?」
「……ない、かな」
「なら、追ってみるといい。君はせっかく精霊が視えるんだ。どこに精霊が逃げるのかわかれば、打開策も見つかるかもしれない」

 それは、ライラは考え付かなかったことだ。

 自分から逃げる精霊が悲しくて、辛くて、逃げていく姿を見るのは切なくて。

 なにより自分から逃げ出した精霊をさらに追いかけるように視線をめぐらせるのは、精霊にとっても可愛そうな気がしていた。

 なぜか、そう、本能的に、ライラは逃げる精霊を視線で追いかけることをしなかった。

 だから、まさしくクミナクの言葉は晴天の霹靂だった。

 大きな瞳をしきりに瞬きさせるライラに、クミナクは小さく笑う。

 その笑みがあまりに綺麗だから、王子様という呼び名も頷けると思わず思ってしまうほどに。

「それで答えが見つかったら、また違うアプローチの方法を考えたらいいと、僕は思う」
「……うん、うん。そうだね」

 クミナクは精霊が視えないのに。こんなにも真剣にアドバイスをしてくれることが、酷く嬉しくて。嬉しすぎて、涙がでそうなほどだったから。こみ上げるものを必死に押し隠して、ライラは何度も頷いた。
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