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26話・帰郷と研究者
ひとまず家に戻ってカシオスへの手土産を探すというライラの言葉に従う形でイーデル村に入ったライラとクミナクは、村人達から明らかに遠巻きにされていた。
嫌悪こそ感じないが、心地よくもないその感情に、クミナクがなにかいうよりもライラが「黙ってついてきて」というほうが早かった。
ライラの言うとおり言いたいことを飲み込んで黙ってライラの後に続けば、村の入り口からちょうど反対側に一軒の家がある。
ライラがノックをすれば、家主と思しき女性が出てきてライラを見て驚いた表情をした。
「ただいま、お母さん。学園から連絡はきてるかな? しばらく学園、お休みになったから戻ってきたの。こっちは、クミナク。学園でのパートナー」
「はじめまして、奥様。クミナク・シャールと申します。以後、お見知りおきを」
フードをはずして優雅に礼をしたクミナクに、ライラがあちゃーといった顔をしたが、クミナクはその意味がわからない。
ライラの母親と思しき人物は目を丸くして固まっている。
ライラは母親の髪色を受け継いだのだろう、ライラと同じ橙色の夕焼けのような赤毛を高い位置でお団子にしている姿は若々しく、瞳は翡翠色だ。
目元の皺が年齢を感じさせるが、恐らく笑い皺だろうそれは、きっと普段からよく笑う明るい人なのだろうと肌で感じることが出来た。
些かふっくらとした体格は包み込む温かさを持ったいかにも母親という風情だ。
「クミナク……ここは王都じゃないんだから……」
呆れ帰ったその言葉でようやく、クミナクなりに礼を尽くした挨拶が場違いなことに思い至り、だが、かといって貴族としての教養を持っていても逆に一般市民の感覚を理解していないクミナクはどうしていいのかわからず固まってしまった。
先に動いたのは、ライラの母親だった。
「丁寧にありがとうね。えっと、クミナク君、と呼んでいいかしら?」
「はい」
「何もない家だけど、どうぞ入ってちょうだい。あと、ライラ。まだ学園からはなにも連絡はないわよ。いきなりで驚いたわぁ……せめて手紙くらいだしてから帰ってきなさい。一瞬、学園を退学になったのかと思ったわよ」
「手紙も何も、休校のお知らせと一緒に寮がしまったんだよ。手紙を出しても一緒についちゃうよ。それよりも学園からの、えーっと、鷲? 鷹? 精霊? を使った連絡のほうが早いだろうし」
「まったく、そういう手抜きなところは誰に似たのかしら」
「お母さんじゃない?」
「貴方ったら」
呆れた、と腰に手を当てる母親に、てへへ、と頭をかくライラ。
学園では見れなかった新鮮な光景にクミナクがぼうっとしていると、クミナクの視線に気付いた母親が慌てて身を引いた。
「あらあら、ごめんなさいね玄関先で。なにもないけど、どうぞ」
「失礼します」
「お母さん、カシオスさんが馬車の手配してくれたの。お礼持っていきたいんだけど、なにかない?」
「カシオスさんが……?」
「うん」
途端に怪訝な表情を隠さない母親にライラはとくになにをいうでもなく頷いて、先に家に入る。
クミナクはライラに続こうとして、玄関先で考え込む母親に声をかけた。
その表情がどうにも娘へ厚意を尽くしてくれた相手への礼の品を考えているようには見えなかったからだ。
ライラが自室だろう奥の部屋に入っていったのを確認してから、クミナクはそっと口を開く。
「すみません、でしゃばりかもしれませんが……その、カシオス、という方と、なにか問題でも……?」
「あら、ごめんなさいね。気を使わせてしまって。ひとまず中へ……といいたいけれど、あの子の耳があるわねぇ……」
こんなところで立ち話をするのも、けれど家の中にはいるのも、と迷った様子の母親にクミナクは人好きのする笑みを意識して浮べた。
「僕はここで大丈夫ですよ」
「そう? なら言葉に甘えようかしら……あの子は懐いているのだけど、カシオスさんは、どうにも好きになれなくて……なんというか、身も蓋もない言い方だけれど、胡散臭いのよね、あの人」
「胡散臭い、ですか?」
「そう。こんなことを言ったら辺境の村人が余所者を嫌ってるだけ、と思われるかもしれないけれど……」
「いえ、そんなことは。僕に対しての態度からありえないとわかりますよ」
穏やかにクミナクが笑えば、母親はほっとした面持ちで一つため息を吐き出した。
頬に手を当てて、首を傾げる。その仕草がやっぱりライラと似ていて、血のつながりを感じさせた。
「母親の勘、といえばいいかしら。あの人が村にきてから、よくないことばかり起こっているような気がして。……クミナク君はライラのパートナーなのよね?」
「はい」
「こんなことを、頼むのは母親としてどうかとも思うんだけれど。どうか、あの子から目を離さないでほしいの。特に、カシオスさんが絡むときは」
あの子、私達には、隠してしまうから。
よりいっそう小声で付け加えられた言葉に、クミナクは他の村人はどうかはわからないが、この母親にはライラが精霊が視えなくなった事は確実にばれているのだろうなと感じさせた。
「おかーさーん、クミナクも、いつまで外で話してるのー」
「はいはい、ごめんなさいね。さ、クミナク君、今度こそ我が家へようこそ」
にこりと陽だまりのような笑みを浮べての歓迎の言葉に、クミナクの心も温かな気持ちに包まれた。
「ちょうどアップルパイを焼いていたのよ。お礼ならそれでどうかしら?」
というライラの母親の提案で、焼けたばかりのアップルパイをバスケットに入れて、ライラはカシオスの元に行くと家を出た。
当然のようについてくるクミナクを特に意識はしなかった。
むしろ、知らない人ばかりの村なのだから顔見知りのライラについてくるのは当然と捕らえていた部分が大きい。
フードを落として村を興味深そうに見回しているクミナクの足にあわせてゆっくり歩きながら、クミナクに質問されるがままに色々なことに答えていく。
それは王都では見られない精霊術を使った農作業であったり、子供達のしているたわいない遊びであったりと様々だ。
そうこうしているうちに広くはない村を出て、今度は最初に入った森とは逆の森に足を踏み入れる。
「カシオスという人は人嫌いなのかい?」
どんどん村から離れていくライラに一つの予想をあげれば、ライラはやはり母親とよく似た仕草で首を傾げた。
「人嫌いというか……研究者らしくて。精霊が多い森の中の方が都合がいいっていってたかな」
精霊が多いというならば、村の守り神だという木の精霊の元のほうが多いのではないだろうかと思ったが、ライラの悲しそうな顔はみたくはなかったので、その質問はぐっと飲み込んだ。
嫌悪こそ感じないが、心地よくもないその感情に、クミナクがなにかいうよりもライラが「黙ってついてきて」というほうが早かった。
ライラの言うとおり言いたいことを飲み込んで黙ってライラの後に続けば、村の入り口からちょうど反対側に一軒の家がある。
ライラがノックをすれば、家主と思しき女性が出てきてライラを見て驚いた表情をした。
「ただいま、お母さん。学園から連絡はきてるかな? しばらく学園、お休みになったから戻ってきたの。こっちは、クミナク。学園でのパートナー」
「はじめまして、奥様。クミナク・シャールと申します。以後、お見知りおきを」
フードをはずして優雅に礼をしたクミナクに、ライラがあちゃーといった顔をしたが、クミナクはその意味がわからない。
ライラの母親と思しき人物は目を丸くして固まっている。
ライラは母親の髪色を受け継いだのだろう、ライラと同じ橙色の夕焼けのような赤毛を高い位置でお団子にしている姿は若々しく、瞳は翡翠色だ。
目元の皺が年齢を感じさせるが、恐らく笑い皺だろうそれは、きっと普段からよく笑う明るい人なのだろうと肌で感じることが出来た。
些かふっくらとした体格は包み込む温かさを持ったいかにも母親という風情だ。
「クミナク……ここは王都じゃないんだから……」
呆れ帰ったその言葉でようやく、クミナクなりに礼を尽くした挨拶が場違いなことに思い至り、だが、かといって貴族としての教養を持っていても逆に一般市民の感覚を理解していないクミナクはどうしていいのかわからず固まってしまった。
先に動いたのは、ライラの母親だった。
「丁寧にありがとうね。えっと、クミナク君、と呼んでいいかしら?」
「はい」
「何もない家だけど、どうぞ入ってちょうだい。あと、ライラ。まだ学園からはなにも連絡はないわよ。いきなりで驚いたわぁ……せめて手紙くらいだしてから帰ってきなさい。一瞬、学園を退学になったのかと思ったわよ」
「手紙も何も、休校のお知らせと一緒に寮がしまったんだよ。手紙を出しても一緒についちゃうよ。それよりも学園からの、えーっと、鷲? 鷹? 精霊? を使った連絡のほうが早いだろうし」
「まったく、そういう手抜きなところは誰に似たのかしら」
「お母さんじゃない?」
「貴方ったら」
呆れた、と腰に手を当てる母親に、てへへ、と頭をかくライラ。
学園では見れなかった新鮮な光景にクミナクがぼうっとしていると、クミナクの視線に気付いた母親が慌てて身を引いた。
「あらあら、ごめんなさいね玄関先で。なにもないけど、どうぞ」
「失礼します」
「お母さん、カシオスさんが馬車の手配してくれたの。お礼持っていきたいんだけど、なにかない?」
「カシオスさんが……?」
「うん」
途端に怪訝な表情を隠さない母親にライラはとくになにをいうでもなく頷いて、先に家に入る。
クミナクはライラに続こうとして、玄関先で考え込む母親に声をかけた。
その表情がどうにも娘へ厚意を尽くしてくれた相手への礼の品を考えているようには見えなかったからだ。
ライラが自室だろう奥の部屋に入っていったのを確認してから、クミナクはそっと口を開く。
「すみません、でしゃばりかもしれませんが……その、カシオス、という方と、なにか問題でも……?」
「あら、ごめんなさいね。気を使わせてしまって。ひとまず中へ……といいたいけれど、あの子の耳があるわねぇ……」
こんなところで立ち話をするのも、けれど家の中にはいるのも、と迷った様子の母親にクミナクは人好きのする笑みを意識して浮べた。
「僕はここで大丈夫ですよ」
「そう? なら言葉に甘えようかしら……あの子は懐いているのだけど、カシオスさんは、どうにも好きになれなくて……なんというか、身も蓋もない言い方だけれど、胡散臭いのよね、あの人」
「胡散臭い、ですか?」
「そう。こんなことを言ったら辺境の村人が余所者を嫌ってるだけ、と思われるかもしれないけれど……」
「いえ、そんなことは。僕に対しての態度からありえないとわかりますよ」
穏やかにクミナクが笑えば、母親はほっとした面持ちで一つため息を吐き出した。
頬に手を当てて、首を傾げる。その仕草がやっぱりライラと似ていて、血のつながりを感じさせた。
「母親の勘、といえばいいかしら。あの人が村にきてから、よくないことばかり起こっているような気がして。……クミナク君はライラのパートナーなのよね?」
「はい」
「こんなことを、頼むのは母親としてどうかとも思うんだけれど。どうか、あの子から目を離さないでほしいの。特に、カシオスさんが絡むときは」
あの子、私達には、隠してしまうから。
よりいっそう小声で付け加えられた言葉に、クミナクは他の村人はどうかはわからないが、この母親にはライラが精霊が視えなくなった事は確実にばれているのだろうなと感じさせた。
「おかーさーん、クミナクも、いつまで外で話してるのー」
「はいはい、ごめんなさいね。さ、クミナク君、今度こそ我が家へようこそ」
にこりと陽だまりのような笑みを浮べての歓迎の言葉に、クミナクの心も温かな気持ちに包まれた。
「ちょうどアップルパイを焼いていたのよ。お礼ならそれでどうかしら?」
というライラの母親の提案で、焼けたばかりのアップルパイをバスケットに入れて、ライラはカシオスの元に行くと家を出た。
当然のようについてくるクミナクを特に意識はしなかった。
むしろ、知らない人ばかりの村なのだから顔見知りのライラについてくるのは当然と捕らえていた部分が大きい。
フードを落として村を興味深そうに見回しているクミナクの足にあわせてゆっくり歩きながら、クミナクに質問されるがままに色々なことに答えていく。
それは王都では見られない精霊術を使った農作業であったり、子供達のしているたわいない遊びであったりと様々だ。
そうこうしているうちに広くはない村を出て、今度は最初に入った森とは逆の森に足を踏み入れる。
「カシオスという人は人嫌いなのかい?」
どんどん村から離れていくライラに一つの予想をあげれば、ライラはやはり母親とよく似た仕草で首を傾げた。
「人嫌いというか……研究者らしくて。精霊が多い森の中の方が都合がいいっていってたかな」
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