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28話・禁忌とお守り(1)
精霊術の名門シャール家の長男でありながら、クミナクが精霊を視ることが出来ないと知った大人たちは、クミナクをそう呼んだ。
両親はクミナクを見捨てなかったけれど、それ以外の親族達は酷く辛くクミナクに当たったものだ。
弟が生まれるまで、いや、生まれても、クミナクに居場所などなかった。
同時に、確信を得る。
出来損ない、と今ではクミナクを呼ぶものはいない。
それはクミナクが血のにじむような努力の果てに魔術師としての才能を開花させたからだ。
今、クミナクを蔑むものはクミナクをこう呼ぶ。
「流石は精霊術士に成り損ねた、希代の天才魔術師サマ」
そう、こんな風に。嫌味をこめて。
カシオスの粘つくような冷え切った声音に、視線を鋭くするクミナクの前で、何がおかしいのか、カシオスはくつくつと喉を震わせる。
揺らめく瞳を確かに認めて、クミナクは糾弾の言葉を告げる。
「貴方に言われたくはない。禁忌に手を出した、落ちた名門ゴドリアヌスの当主!」
名門ゴドリアヌス家。
貴族界ではシャール家に並ぶ、高名な精霊術士を輩出する名門中の名門の家名だ。
だが、その名も地に落ちた。
数年前当主とされた男が失踪し、捜索の末に当主であった男が闇の魔術と精霊術に手を出していたことが判明したことから。
クミナクの推測は半分は当てずっぽうだった。
だが、間違ってはいないと魔術士として磨き上げた感性と貴族として培った勘が告げていた。
くふりくふりと、男は笑う。
「その真実を見通す目に蓄えられた知識、実に厄介なことこの上ない。だから、排除しようと思ったんですがねぇ。中々上手くいかない。貴方はここに辿りついてしまった。全く使えない男達です」
ゆるりとした仕草で立ち上がったカシオスの言葉から、乗合馬車を襲った襲撃犯の背後にいたのがカシオスだと知れる。だが、それはもはや関係ない。
かつて名門の中の名門と謳われた貴族の当主だった男は、家名を捨ててこんな辺鄙な場所に住処を移して、一体何をしていたのか。
ろくでもないことだけは、確かだとクミナクは思う。
「その瞳に描かれた魔法陣、禁忌に手を出したというのは本当だったようですね」
瞳が黒く染まるほど、漆黒と表現していいほどに。重ねがけで施された魔法陣。
気付けないように施されていた誤魔化しの魔術はそうと気付いた瞬間に無効化される。もはやクミナクには通じない。
瞳は最も精霊との相性を現す部位。そこが黒く染まっているということは。元の瞳の色さえ失ってしまっているということは。
彼の使役する、精霊もまた、闇に染まっているということだ。
ゴドリアヌス家は代々一つの精霊を当主が受け継いでいく家系だった。
精霊を映さないクミナクの瞳にも、カシオスの背後に渦巻く闇には気付かざるを得なかった。ライラが出て行ってから感じていた威圧感の正体だ。
危険な賭けは承知だった。それでもなんとかなると信じた。
いや、それ以上に。
無邪気に無垢に、カシオスを慕うライラに危険が及ぶのを阻止したかった。
カシオスと対峙するクミナクとて、馬鹿ではない。勝ち目のない勝負など、最初から仕掛けない。
ただ、クミナクの誤算は。
カシオスの力量を、見誤った。ただ、それだけの話。
闇に染まるほどに地に落ちた精霊の力を、クミナクは知らなかった。
通常、そのような精神性を持つ人間に精霊は味方などしないし、契約をしていても破棄されるのが当然だ。
まずここで、精霊がいまだ闇に染まってなおカシオスの味方をすることを見落とした。
次に、おもむろにモノクルをはずしたカシオスの瞳に描かれた、何十もの魔法陣の意味を取り違えた。
ライラがいままでこの場にいたから、隠されていたカシオスの本当の瞳。
漆黒を通り越した闇を煮詰めたような瞳に幾重にも描かれた魔法陣。その意味を、秀才が故に読み取って。
息をつめたクミナクに、カシオスは低く嗤う。
「子供が、思い上がるものではありませんよ」
ごうと風が吹いたと思った瞬間、クミナクの体は浮き上がって背後の壁に勢いよく叩きつけられていた。
「がっ」
ごぼりと空気の塊を吐き出して、床に崩れ落ちたクミナクがげほげほと咳き込む。
「最初は排除する気でしたが、精霊術士の名門家系でありながら魔術師であるという異端。しかもその辺の有象無象とは違う“天才”……風の精を通してみていましたが、その年で束縛魔術をああも自在に操るとは、感嘆と同時に興味が出ましてね。ぜひ、実験材料として手元に欲しいと、貴方を招いたのですよ」
かつりかつりと近づいてくる足跡に、とっさに転がるように横に避ければ、クミナクがそれまでいた場所が粉々に刻まれた。
立ち上がってよろける体に鞭を打って倒れるように逃げ出す。
「くふ、狩りは久々ですねぇ」
両親はクミナクを見捨てなかったけれど、それ以外の親族達は酷く辛くクミナクに当たったものだ。
弟が生まれるまで、いや、生まれても、クミナクに居場所などなかった。
同時に、確信を得る。
出来損ない、と今ではクミナクを呼ぶものはいない。
それはクミナクが血のにじむような努力の果てに魔術師としての才能を開花させたからだ。
今、クミナクを蔑むものはクミナクをこう呼ぶ。
「流石は精霊術士に成り損ねた、希代の天才魔術師サマ」
そう、こんな風に。嫌味をこめて。
カシオスの粘つくような冷え切った声音に、視線を鋭くするクミナクの前で、何がおかしいのか、カシオスはくつくつと喉を震わせる。
揺らめく瞳を確かに認めて、クミナクは糾弾の言葉を告げる。
「貴方に言われたくはない。禁忌に手を出した、落ちた名門ゴドリアヌスの当主!」
名門ゴドリアヌス家。
貴族界ではシャール家に並ぶ、高名な精霊術士を輩出する名門中の名門の家名だ。
だが、その名も地に落ちた。
数年前当主とされた男が失踪し、捜索の末に当主であった男が闇の魔術と精霊術に手を出していたことが判明したことから。
クミナクの推測は半分は当てずっぽうだった。
だが、間違ってはいないと魔術士として磨き上げた感性と貴族として培った勘が告げていた。
くふりくふりと、男は笑う。
「その真実を見通す目に蓄えられた知識、実に厄介なことこの上ない。だから、排除しようと思ったんですがねぇ。中々上手くいかない。貴方はここに辿りついてしまった。全く使えない男達です」
ゆるりとした仕草で立ち上がったカシオスの言葉から、乗合馬車を襲った襲撃犯の背後にいたのがカシオスだと知れる。だが、それはもはや関係ない。
かつて名門の中の名門と謳われた貴族の当主だった男は、家名を捨ててこんな辺鄙な場所に住処を移して、一体何をしていたのか。
ろくでもないことだけは、確かだとクミナクは思う。
「その瞳に描かれた魔法陣、禁忌に手を出したというのは本当だったようですね」
瞳が黒く染まるほど、漆黒と表現していいほどに。重ねがけで施された魔法陣。
気付けないように施されていた誤魔化しの魔術はそうと気付いた瞬間に無効化される。もはやクミナクには通じない。
瞳は最も精霊との相性を現す部位。そこが黒く染まっているということは。元の瞳の色さえ失ってしまっているということは。
彼の使役する、精霊もまた、闇に染まっているということだ。
ゴドリアヌス家は代々一つの精霊を当主が受け継いでいく家系だった。
精霊を映さないクミナクの瞳にも、カシオスの背後に渦巻く闇には気付かざるを得なかった。ライラが出て行ってから感じていた威圧感の正体だ。
危険な賭けは承知だった。それでもなんとかなると信じた。
いや、それ以上に。
無邪気に無垢に、カシオスを慕うライラに危険が及ぶのを阻止したかった。
カシオスと対峙するクミナクとて、馬鹿ではない。勝ち目のない勝負など、最初から仕掛けない。
ただ、クミナクの誤算は。
カシオスの力量を、見誤った。ただ、それだけの話。
闇に染まるほどに地に落ちた精霊の力を、クミナクは知らなかった。
通常、そのような精神性を持つ人間に精霊は味方などしないし、契約をしていても破棄されるのが当然だ。
まずここで、精霊がいまだ闇に染まってなおカシオスの味方をすることを見落とした。
次に、おもむろにモノクルをはずしたカシオスの瞳に描かれた、何十もの魔法陣の意味を取り違えた。
ライラがいままでこの場にいたから、隠されていたカシオスの本当の瞳。
漆黒を通り越した闇を煮詰めたような瞳に幾重にも描かれた魔法陣。その意味を、秀才が故に読み取って。
息をつめたクミナクに、カシオスは低く嗤う。
「子供が、思い上がるものではありませんよ」
ごうと風が吹いたと思った瞬間、クミナクの体は浮き上がって背後の壁に勢いよく叩きつけられていた。
「がっ」
ごぼりと空気の塊を吐き出して、床に崩れ落ちたクミナクがげほげほと咳き込む。
「最初は排除する気でしたが、精霊術士の名門家系でありながら魔術師であるという異端。しかもその辺の有象無象とは違う“天才”……風の精を通してみていましたが、その年で束縛魔術をああも自在に操るとは、感嘆と同時に興味が出ましてね。ぜひ、実験材料として手元に欲しいと、貴方を招いたのですよ」
かつりかつりと近づいてくる足跡に、とっさに転がるように横に避ければ、クミナクがそれまでいた場所が粉々に刻まれた。
立ち上がってよろける体に鞭を打って倒れるように逃げ出す。
「くふ、狩りは久々ですねぇ」
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