【完結】精霊術士ライラ・カラリーンと氷の魔術師~『精霊の祝福』を受けた落ちこぼれと非業の天才のはじまりの一年目~

久遠れん

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34話・笑顔と物騒な予告

 二人笑いあって、ふと我に返ったのはどちらだっただろう。

 我に返ってしまったら、なんだか急に恥ずかしくなって。ぱち、ぱちりと瞬きをしてから二人同時に勢いよく視線をそらした。

 暫く無言が落ちて、パーティーを彩る華やかな楽器の演奏の音だけが響き渡る。

 そっと、口を開いたのはライラのほうだった。

「……カシオスさん、は、どうなるのかなぁ……」

「……あの男にまだ敬称をつけるのか」

「いやだって、もう癖だもの。これ」

 ぽつりと呟いたライラにクミナクは呆れ返った声音を返したが、居心地が悪そうに言い訳をするライラに軽く肩をすくめる。

「それは、僕達が関与できる問題ではないだろう。今回の件で完全にお尋ね者だ。後は兵士や国に仕える魔術師、精霊術士の仕事だよ」

「……それは、わかっているんだけど」

 きっぱりと言い切ったクミナクに、歯切れの悪いライラ。怪訝な面持ちでクミナクがライラに視線を戻せば、ライラは地面をじっと見つめていた。芝生の敷き詰められた、柔らかな地面。

「……私の、せいなのかな、って思うんだ」

 なにが、とは尋ねなかった。

 ただ、黙って耳を傾けるクミナクに、ライラの懺悔のような独白が届く。

「カシオスさんは、実験だって言ってた。長期的に精霊の加護を受けた子供に、精霊除けを施した場合の、実験。……なら、私が、精霊の加護を受けていなかったら? 私が、いなかったら……?」

 カシオスさんは、犯罪者にはならなかったのだろうか。

 言葉にされなかった思いも汲み取って、クミナクはため息を吐きたいのをぐっと我慢すると、ライラの無造作に髪を束ねられた頭に手を置いた。

 少し、手つきが乱暴になったのは腹が立っていたからだ。ライラに手酷い裏切りをしながら、それでもライラの心に根付く男が憎らしかった。

「ライラに目をつける以前から、あの男は禁忌に手を出していた。……それは、確証をゴドリアヌス家から得ている。今まで隠し通せていたようだが、今回の件ですべて表ざたになった。カシオスはライラ、君が生まれる前から禁忌に手を出し闇に落ちていた」

「……」

「君のせいじゃない。というのは、簡単だけれど。君は納得しないのだろうな」

 こくりとクミナクの手の下でライラの頭が動く。クミナクはライラの頭から手をどけて、両手でライラの両肩を掴んだ。驚いた様子でライラが顔を上げる。

 今日は土の精霊の影響が強いことを示す、琥珀に揺らめく瞳を真っ直ぐに見つめて、クミナクはさらりととんでもないことを告げた。

「だから、探し出して、ぶん殴ってやろう」

「……え?」

「ライラ、君が納得できないなら。どこかに隠れているあの男を見つけ出して、問いただして、……そして、殴ってやろう」

 間の抜けた声を上げるライラにクミナクは酷く真剣に語りかける。だが、真剣すぎて怖いほどの瞳を前に、ライラはぽかんとするしかない。

 ややおいて、ライラはしきりに瞬きを繰り返しながら、つっかえつっかえ言葉を吐き出した。

「い、いや、べつに……殴りたくは、ないけど……」

 そりゃあ、色々聞きたいことは山済みだけど、べつに殴りたいとは思わない。恨んでいないとかではなく、そういうベクトルの対象ではない。

 だが、クミナクのほうはにもべもない。

「僕が殴りたい」

 あまりにキリっとした表情でそんなことをいうものだから、唖然としたライラはついでぷっと小さく吹き出した。

「なにがおかしい」

「ふ、ふふ。だって、クミナクが、殴る、とか」

「僕は体術のたしなみもある」

「それは、知ってるけど……ふふ」

 くすくすと笑うライラに共鳴するように精霊たちがさざめき笑う。その鈴のような声音が心地よくて、心を被っていた重荷が少しだけ取れた気がした。

 なにより、ライラのためにクミナクがこれほど本気で怒ってくれることが嬉しくて仕方ない。

「クミナクが殴るなら、私はひっぱたこうかな」

 軽口を叩ける程度には気持ちも浮上したライラに、僕は本気なんだけど、と解せない様子で呟くクミナクがまた面白くて、ライラは声を上げて笑ったのだった。


 * * *


 ライラの楽しげな気配を遠く離れた土地で感じながら、大木の精霊は目を閉じた。

 久方に自由になった身で馴染みの場所に腰を下ろして、周囲の精霊たちの嬉しげな声を聞きながらそっと瞼を伏せる。

 脳裏に浮かぶのは、古くから交流のあった友の姿。

「なんとしてでも救いたかったそなたの気持ちは、わからんでもないのだ。我とて、我が愛し子になにかあれば、その様にもするだろう。――だがなぁ」

 同じように助けたかったものまでも、堕としてしまって、どうするというのだ。

 なぁ、カルツァネ

 闇を纏いずっと耳をふさぎたくなるような悲痛な悲鳴を上げ続けていた己が同胞を思い起こして、大木の精霊はそっと目を伏せた。

 願わくば、いずれ己が愛し子とそのパートナーたる存在が、同胞と闇に堕ちてなお守護する男を救い出すことを祈って。

 仰ぐように見上げた夜空は俯いた心を照らすかのような満天の星空で、慰めるように頬をなでる風たちが酷く優しかった。
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