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25話・私と彼の居場所の話(2)
しおりを挟むふふ、と笑って立ち上がった女性に手を伸ばされて、反射的に手を重ねる。にっこり笑った女性が湖に向かって歩いていく。
ざぶ、ざぶ、と水をかきわけて、湖の深いところにまで歩いたとき、ふいにざぶん、とその身を投げ出した。
手を繋いでいた私もつられて湖に落ちる。
目を見開くことしかできず、とっさに呼吸を止めることも出来なかったけれど、よくよく考えなくてもこれは夢なのだから、そんなに慌てなくてもいいとは後で気づいた。
水の中特有の苦しさを覚悟していた私は、ぎゅっと目をつむっていて、とんとんと肩を叩かれてそろりと目を開いた。
「息が、できる?」
「だって、貴方には加護があるもの」
さもおかしそうに、悪戯気に笑う女性に再び手を引かれて、湖のさらに中心へ、深いところへともぐっていく。
「あ、の。貴方、は?」
「私? 私はね、人には、湖の乙女、とよばれているわ」
「みずうみのおとめ……?」
どこかで聞き覚えがある、と思案して、あっと声を上げそうになった。レイスに聞かせてもらった、御伽噺だ。
そのことに気づいてから、私は薄々予感していた。
これは、ただの夢ではないのかもしれない、と。
そう思った瞬間、私はこの夢の意味を考える事を放棄した。
「さて、と。宝珠を摘まなければね。貴方がやってくれるかしら?」
「え?」
「あれは私の手では摘めないモノだから」
「は、い」
湖の深く深いところで。きらきらと輝く白銀のきらめきを持った真珠。連なるように一つの枝のようなものになっているそれに手を伸ばす。
「えっと、いくついるんですか?」
「いくつ必要かしら? んんー、とりあえず三つでいいわ。それはね、一つ百年なのよ」
「はあ……?」
ずいぶんアバウトだし、そもそも一つ百年ってなんだ、と思ったけれど、深くは触れないでおく。枝から白銀の真珠を三つもぎ取って、女性に手渡そうとすると拒否された。どうして。
「それは貴方が持っていて。産むのは私だけれど、作るのは貴方よ」
「?」
またもや意味が分からない。首をかしげていると、くすくすと笑われて、再び手を引かれる。笑われても、嫌な感じはしなかった。
湖からあがって、ほっと一息吐き出す。やっぱり、水の中は呼吸が出来るとはいっても落ち着かない。
それにしても服に水滴がつかないのも、また不思議だ。手を引かれて湖のほとり、先ほど湖の乙女と名乗った女性が腰を下ろしていた場所に座らされる。私の隣に腰を下ろした彼女は掌にむかって、ふう、と息を吐いた。
『なにかしら、なにかしら』
「?!」
なにもない空間から響いた声にびっくりして肩を震わせると、落ち着かせるように肩に手が置かれる。
ぱちりとウィンクをされて、害のないものだと判断して肩の力を抜くと、女性は歌うように話し出した。
「北の森に住む大樹から滴った雫を五滴、もらってきてはくれないかしら」
『ご褒美は? ご褒美は?』
「歌を歌ってあげましょう。貴方達の好む歌を、なんでも一度だけ」
『歌、歌、歌。湖の乙女の歌!!』
喜びに満ちた声が上がって、ざあっと風が吹く。上に舞い上がるような風に、咄嗟に真珠を抱え込み、目を閉じる。
「まぁまぁ、あの子たちったら。慌てん坊さんね。びっくりしたでしょ?」
ころころと鈴の鳴る音色のような声音で問われて、そっと目を開く。笑みを浮かべた女性は続いて、足元に水滴を落とした。
ぽこ、と地面が盛り上がって、たぶん、もぐら。もぐらみたいな何かが顔を出す。
『なんでぇ、なんでぇ。よびつけやがって。なんでぇ』
「ねぇ、お願い。南の土を譲ってはくれないかしら。三日前の雨水のしみこんだ、良質な土がいいわ」
『なんでぇ、なんでぇ。おいらも忙しいんだ。無償じゃうけつけねぇぞ』
「歌を歌いましょう。貴方のためだけの、歌を一度だけ」
『しかたねぇ、しかたねぇ。もってきてやらぁ』
そういって再びなにか、はもぐってしまった。呆気にとられている私の前で、一仕事終わりね、と女性は軽やかに笑う。
「えっと、その、報酬は、歌、なんですか?」
「ええ。あの子達にとって、私の歌は価値あるものだから」
あの子たち。多分人間ではない何か。ファンタジー的な表現をするなら、妖精的な……?
だけどそう定義していいのかわからない。首を傾げる私をみて、また女性がからころ笑う。
「難しいことは考えるものではなくてよ。貴方はここに『いる』のだから」
その言葉は。なぜか、酷く強制力を伴って、体に、心に響いた。
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