【完結】幾月依玖(いくつきいく)の生き様-彼女の在り方、彼の愛し方-

久遠れん

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30話・ 私と彼の『想い』の話(2)

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「レイス様、貴方は水鏡。相手を写し取る鏡です。私と母の外見、どちらを写し取るのか、正直予想がつかなくて、とても楽しみにしていました」

 そう、いえば。そんなことを、彼女も口にしていた。

 湖の乙女と呼ばれる、彼女も。

 レイスは人を写し取る鏡だと、口にしていた。なら、私が出会ったレイスは、誰かの鏡だった? ……外見、だけではなく。性格まで? だから、いまのレイスはこんな風なの?

 なにも興味がなさそうに、がらんどうの瞳で、世界を睥睨しているのは、ルウランの特性を写し取ったから?

 だけど、私が出会ったころのルウランも。記憶に間違いがないなら。

 世界を興味深そうに見ている子供だった。きらきらとした子供特有の瞳を持っていた。私が母を亡くしたときに、世界から失った輝きを、もっていたはずだ。

 それが、ないのはどうして。ねぇ、どうして。だって、レイスはもっときらきらしているはずなのだ。世界中に興味しんしんで、目にするものすべて眩しそうに、瞳を輝かせている姿しか、私は知らない。

 そこまで考えてようやく、思い至る。

 ああ、私、は。

 レイスの、ほんの一面しかしらないのだ。

 私はレイスに、悩みも苦しみも辛さも、すべてぶつけたけれど。

 その逆は、一度としてなかったのだ。

 レイスは私を分かってくれたけど。理解してくれたけれど。きっと、共感してくれていたのだろうけど。

 自分の悩みを、苦しみを、辛さを。口にはしなかった。

 私は、わかっている気になって。一方的に、知っている気に、なっていただけなのだ。

 その、当然の現実が、この上なく私を打ちのめした。



 私は聞いたことがない。彼の生い立ちを。

 私は見たことがない。彼の育った環境を。

 私は知らなかった。彼の思いの丈を。



 私は聞いた。彼が生まれるまでの背景を。

 私は見た。彼のご両親を。

 私は知るの。彼の育つ過程を。



 目を、背けてはいけないと強く思った。

 この先、どんな出来事が起こって、レイスを変えるのか。目に出来るなら、背けてはならないと胸に刻んで。

 

 聞きたかった。レイスの過去を。

 見たかった。レイスの環境を。

 知りたかった。レイスの思いを。 



 そんなことは些事だと思えた。この世界がなんでもいい。

 夢見がちな私自身の空想でも、むなしいけれど、許容しよう。

 たとえこの違和感しかない異世界が現実だとしても私は受け入れてみせよう。

 私が、この世界でイレギュラーな存在で、異物であったとしても。その果てに待ち受ける運命を、逃げずに受けてたとう。

 深く考えないように。逃げていた思考を捕まえて。私は決意した。

 決意も新たに胸の前で手を握る。

 その手の下には、ひらひらとした蒼いドレスの上には、レイスから貰った花の宝石が輝いている。いま、思えば。この宝石の形は。

 花開いたレイス自身に、とても、よく似ている気がした。

 ルウランが、こちらに視線を向けて、微笑んだ気がした。

 私がその視線を受け止めて顔を上げたときにはルウランの視線は手元に戻っていた。

「ねぇ、レイス様。母でなく、私の姿を写し取ってくださったことには、どんな意味があるのでしょうね。私の姿を写し取った瞬間、貴方様の『人』としての性別は、男に固定されました。湖の乙女から産まれた貴方が、男性となる。その意味を考えるのです」

 私にとって、レイスが男性なのは当たり前のことだったけれど。

 この世界の常識に照らすなら、それは当たり前、ではないのだろうか。

 疑問は尋ねる相手がいないので解消しない。ただ、二人の、一方的なやりとりを、見ているしか出来ない。

「母は、いえ、湖の乙女はおそらく貴方様が私の姿を映すことを知っていたのでしょう。だから、貴方様の相手に私を指定した。王の計らいと伺っていますが、その真意が気になりますね」

 おかしそうにかろころと笑って、ルウランはいう。

 私の知らない場所で、多分私が一気に時系列を飛んでしまった間に。そんなやり取りがあったのだと知る。

 私の知るやり取りは、相手に人の子を、というだけだったから。どこかでレイスの性別を決めるやりとりがあったのかもしれない。

「貴方は将来王となるお方。この国に繁栄をもたらし、国を導く方。その方が男性であることは、国としては喜ばしいことです。私個人としても、同性のほうが気兼ねしなくてすみますしね」

 その言葉に、ただただ驚いた。

 そう、だ。レイスは王様の子供なのだから。

 将来を約束されていても、おかしくはないのだと、ようやく思い至って。

 同時に、こんなことを考える日がくるとは思っていなかったけれど。

 どうしようもない、身分の差を、感じた。

 私は平々凡々の一般人で、レイスは一国の王子様。

 短い期間とはいえ、一緒にいられたのは、奇跡に近かったのだと知る。

 それは絶望とよぶのにはどこか違って、けれど、途方もない距離を感じるのには十分だった。言葉をなくした私の前で、長い髪を三つ編みにしたルウランがうん、と頷いてリボンで器用に結んでいく。

「レイス様、改めて、よろしくお願いしますね」

 微笑ましいはずのやり取りが、この上なく残酷な現実を突きつけられるようだった。
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