【完結】幾月依玖(いくつきいく)の生き様-彼女の在り方、彼の愛し方-

久遠れん

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31話・私と彼の『思い出』の話

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 その後、なんとか気を取り直した私は、ルウランが退出してから、ずっとレイスに話しかけていた。

 以前みたいに、なんでもないことを、長々と。

 でも、レイスは全然反応しない。……本当、は。ちょっとだけ。

 レイスには私がみえるんじゃないかって、期待をしていたのだけれど。

 そうではないのだと知って、悲しかったけれど。それでも話しかけるのを止める気にはならなかった。

 もしかしたら、ほかに反応しないように、私にも反応してないだけかもしれないと自分を励ました。

 はたから見れば独り言でも、口に出してなにか話していなければ、自分が崩れてしまいそうだった。

 そうやって気を紛らわせていなければ、無表情のレイスに打ちのめされてしまいそうだった。

 そうやって、日々はすぎていった。ルウランは毎日やってきた。王様も毎日様子を見にきた。

 二人はそれぞれ、毎回色んなお土産をレイスにもってきたけれど、レイスは全然反応しなかった。

 ルウランは気にした様子をみせなかったけれど、王様は気がかりな様子だった。

 レイスは食事もとらなかった。私が美味しいよ、と声をかけても、まぁ、これは聞こえていないかもしれないから当然だけど、反応はなかったし、ルウランが口元まで運んでも口は開かなかったし、王様がシェフを呼びつけて目の前で調理させても興味を引かれた様子はなかった。

 ただ、人形のように。そこに『在る』だけだった。

 そんな在り方が不安だったのは、私だけではなくて、王様はレイスが人の形を取って一ヶ月もするころ、湖の乙女のところへと連れて行った。

 私としてはもうちょっと早く行動に移してほしかったけれど、文句をいっても仕方がない。

 久々にあう湖の乙女は、多分五年という月日がたったようには思えないほど、変わらない姿をしていた。

 そうして、王様からレイスに関する事を聞いて、あらあらと首を傾げる様は懐かしくすらあった。

「『人』として、まだ未熟なのね。魂のあり方が、精霊よりだわ。どうしたものかしらね……」

 珍しく悩むそぶりを見せた彼女は、ひとしきり首を傾げてから、両手を伸ばしてレイスを抱き上げた。

「三ヶ月、私が預かりましょう。人の営みを見せてみるわ」

「頼まれてくれるか」

「ええ、私の子でもあるもの」

 頭を下げて頼むと告げた王様は、父親の顔をしていた。そういうのに疎い私がわかるほどに、レイスを愛しんでいるのだとわかる表情だった。

「貴方はここにのこってね」

 ぼんやりと王様の顔を見ていた私に投げられた言葉に、慌てて返事をした。


 * * *


「どうするの?」

「ふふ、秘密よ」

 王様が帰っていって、レイスと湖の乙女と私の三人。

 レイスには私がみえていないかもしれないから、なんと表現していいのかよくわからないけど。

 人の営みを見せる、ってどういうことだろう。首を傾げる私に、悪戯気に笑うだけ。

 そういえば、とふと思った事を尋ねてみた。

「あの、私、気づいたら結構な時間、を飛んだ? というか、時間が流れていたみたいなんですけど……どういうこと、ですか?」

「あら、あら、そうだったの。この子の成長に必要だったのかしらね」

「え?」

「貴方が持っているのは、未来のこの子だから。今のこの子にも影響を与えるのよ」

「?」

「つまり、養分なのね。貴方はこの子にとって。だから成長するために貴方が休眠する必要があったの」

 いまいち、よくわからなかったけれど。

 私は一応、レイスの手助けになっていると、いうことだろうか。あと、私が持っている未来のレイスっていうのは、この花の宝石のこと、だろうか。なら、これはレイスに返したほうがいいのだろうか。

 そんな私の思考を読んだかのように、湖の乙女は笑う。

「でもそれはちゃんと貴方がもっていてね。今のこの子にとって必須ではないし、貴方がもっていなければ意味がないわ」

 本当に、その言葉の真意を汲み取れた気はしなかったけど。

 一つ頷いて、花の宝石をぎゅっと握り締めた。

 湖の乙女はレイスを抱きかかえて、いつかも座った水辺の石に腰を下ろすと、ついっと指を振った。

 とたんに、なんの変哲もなかった水面に人が映った。驚く私の前で、水面に映った人々が動く。声は聞こえなかったけれど、まるでテレビのようだ、と思った。

 驚く私をよそにレイスを膝に抱えた湖の乙女はにこにこと笑っている。

「レイス、人の営みをよくみるのよ。いずれ貴方が困らないように」

「……?」

 レイスは湖の乙女を見上げて、こてんと首をかしげた。

 たったそれだけの仕草だったけれど、なににも興味を示さなかった様子を見ていた私にはすごいことに思えて、目を見開く。

 湖の乙女が指差すままに、水面に視線を移したレイスをみて、母親はやっぱり違うのかなと思う。

 たしかに私にとっても母親という存在は特別だ。わかる、ような気がしなくもない。

 でもなんだか納得がいかない。この胸のもやもやはなんだろう。

 首を傾げつつ、一枚の絵のように、さまになる親子を見つめる。レイスの外見は湖の乙女とは違うけど、神聖にみえる様子は、やっぱり親子だな、と思った。

 いつかのように唐突におそってきた眠気に身を任せる。また、時間が流れるのかな、と思った。少しだけ、寂しいな。レイスの成長を、もっと近くで見ていたいな。

 意識が浮上する。ゆるゆると目を開く。さんさんと差し込む温かな光。木の葉のこすれる音。外だ、と認識して、ゆっくりと体を起こす。

「あら、目が覚めたのね」

「あ、ここ……」

「貴方が眠って、三ヶ月。今日はレイスがお城に戻る前日よ」

 にこにこと微笑んでいわれた言葉。眠る前に思考した事を思い出して、思ったより時間がたっていなかったことにほっとする。

 レイスは、と視線をめぐらせれば、水辺で熱心に水面を見つめていた。

 きっとそこには私の知らない人々の営みが映っているのだろう。

 一抹の寂しさを抱えつつ、近づこうとして、耳に届いた言葉に動きを止めた。

「貴方は寂しい人ね」

「え……?」

「『お前は幸せなんだ』なんて残酷な言葉。幸せの基準は人によって違うのにね」

「え」

 ぎぎぎ、とさび付いた音がしそうなぎこちなさで振り返る。湖の乙女は寂しそうに視線を伏せていた。

 言葉が脳内で反響する。

『お前は幸せなんだ』

 そう、私は幸せなんだ。そういわれた。だれに? 小さいころ。育ててくれた人に。

「レイスは、貴方の姿ばかりみているわ。ほかのことには興味を示さないの」

 ちょっと困ってしまうわね。そんな風に続けられた台詞に、言葉を失う。

 人々の、営みを。見ているのでは、なかったのか。

 目を見開く私に近づいて、そっと手をとられる。ひんやりとしていたけれど、温かな優しい掌に、無性に泣きたくなった。

 手を引かれて、レイスの隣に腰を降ろす。

 レイス同様覗き込めば、そこには幼いころの自分の姿。いくつのときなのか、明確には分からないけれど、おそらく小学校低学年。

 うつろな目をした子供。表情は笑っていても、目が笑っていない可愛げのない子供。

「どうして……?」

 色んな意味を含めた、疑問だった。

 どうして私を見ているの。

 どうして私なの。

 どうして、そんな姿をみるの。

 水面の私が口を開く。私には声は届かない。だけど、湖の乙女の言葉通りなら、多分湖の乙女と、レイスには聞こえている。口が、開かれて。

『おかあさん、どこにいるの』

 やめて、と叫びだしそうだった。

 お母さんはどこにもいないんだ。

 もう、死んでしまったのだ。

 私は、お母さんが死んだ事を、はっきりと覚えていないけれど、小学四年生くらいまで、実感がなくて。

 いつだってお母さんを探していた。お母さんはどこにもいないけれど、生きていると漠然と信じていた。

 愚かな私。馬鹿な私。そんな過去と向き合うのは辛かった。

 頭を抱えて小さくなった私の肩に手が置かれる。そろそろと顔を上げれば、慈愛に満ちた表情をした、湖の乙女が、いて。

「人はいうわね。死んだ人も、心の中で生きていると」

「あ……」

「思い出が記憶に変わるのは、そんなに怖い?」

「……あ、あ」

 思い出が薄れるのが恐怖だった。

 思い出が記憶に変わって、いずれ記録に変わることがこの上なく恐ろしかった。

 だって。そうなってしまったら。

 おかあさん、は。

 目に涙が浮かぶ。滲む視界がぼやけて、うすれて、ひんやりとした指先が浮かんだ涙を拭ってくれた。

「ごめんなさいね、苛めるつもりはなかったのだけれど。……やっぱりダメね、私は人の気持ちがわからない」

「あ」

「あ、いいえ、いいえ、違うのよ。貴方のことではないの」

「あ、あ、……っあああああ!!」

『お前は人の心を持たない鬼だ!』

 子供のころ。

 最初は些細な喧嘩だったはずで。ちょっとした、口論だったはずだ。

 弟があまりに甘えただったから。あまり甘やかすな、と私が意見して。それに怒った祖母が。祖母、が。私、に。

 私は、人の心を持っていないのだ、と。

 当時はなにも思わなかったのに。心は真っ白で平坦で、何かを感じることは欠片もなかったのに。

 成長した、今。心を蝕む黒い雫となって、心に空虚な穴を開けている。

 フラッシュバックする。脳内で繰り返し言葉が廻る。

 人の心をもたない、鬼。それが、私なら。

 ねぇ、どうして、私は生きているの――
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