【完結】氷の王子様は死ぬ運命?!ー異世界転生したので推しの運命変えてみせますー

久遠れん

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第9話・夢と現実

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「あなただれ?!」
「やだなぁ、この国の第一王位継承者、カークグリス・エイベル・アスクウィスですよ。お嬢さん」

 にこにこと笑っているのに、得体が知れなくて怖い。

 すっと息を吸い込んで、叫ぼうとした瞬間、カークが床を蹴った。
 そのまま一気に距離を詰められて、口元を片手で塞がれる。反対の手で小ぶりのナイフを首元に押し当てられた。

 叫ぼうとした言葉ごと口に押し込められて、バタバタ暴れても、五歳児が十歳年上の男に勝てるはずがないのだ。

 怖い、怖い、怖い。

 じわりと目元に涙が浮かぶ。
 わたし、死ぬのかな。殺されるのかな。
 でも、どうして? なにがいけなかったの?
 クーを傷つけたから、カークは怒っているの?

「夢見がちなお嬢さん。ここは現実だって、やっと気づいたって顔をしているね」

 ああ、違う。違うんだ。
 カークは、きっと。ずっと「ここ」で生きてきた人。「ここ」を現実だと割り切っていた人。

 そんな人の前に、「推しが好き」なんてふわふわ夢を見ているわたしが現れたから、きっと、本当は。

 ずっと、怒っていた人。

「『ここ』で死ねば、今度こそどうなるかわからない。次がある保証もないし、特に、俺や君みたいな国で重要な立ち位置にいる人間の死は、どれほどの人々に影響を及ぼすだろうね」

 歌うように告げられる、動きようのない現実。
 わたしがずっと目をそらしていた、「ここ」でのアタリマエ。

「君はきっと本当にクーが好きなんだろう。でもそれって、恋とか愛とか言えるのかな? 君は本当のクーをみていないのに?」

 ああ、そうだ。わたしは本当のクーをみていなかった。
 わたしの理想とするゲームのクーを押し付けて、現実から目をそらして、都合のいい夢を見ていた。

「そんな女に、大切なクーはあげられないなぁ」

 カークの口角が吊り上がる。嫌な笑みだ。
 でも、それ以上にわたしは嫌な女だ。

 どうして目の前のカークが「転生者」なんて言葉を使ったのか、理由はもはやどうでもいい。

 わたしが、やらなければいけないこと。いいや、やるべきこと。
 それは。

「お、覚悟決めたって目をしたね。騒がないなら手をどけてもいいけど?」

 挑発する言葉にこくんと頷く。
 冷静に、落ち着いて。

 わたしはわたしの意見を口にするだけ。

 カークがわたしの口から手をどかす。ここで叫べば屋敷は大騒ぎになる。
 わたしは命は助かるかもしれない。でも、きっと、一生信頼してもらえない。

 クーにも、目の前の「だれか」にも。

「カーク、いえ、カークという名のどこかのだれか。初めまして、わたしは一ノ瀬星来。日本人です」

 この状況で、まだベッドに押し倒されたままだけれど、甘い雰囲気なんて一切ない。
 むしろ、鋭利な刃物が喉元に当てられている状態で、わたしはまっすぐに挑むようにカークを見据える。
 カークは面白そうに笑った。

「ふぅん、やっぱり日本人か。君もあのゲームをプレイしていたわけだ」

 ゲームの存在を知っている。やっぱりこの人は転生者だ。

「貴方の名前を伺っても?」
「それ聞いて、どうするつもりだい。俺はもう「ここ」で生きると決めた。そのときに「俺」は死んだんだ。いまの私の名前は「カークグリス・エイベル・アスクウィス」だよ」

 浅く息を飲む。
 そこまでの覚悟を決めている人がいるなんて、考えたこともなかったから。

 ……わたしは本当に、夢を見ていたんだ。

 死後に見る夢。醒めない夢。

 夢うつつだったから、とっても気持ちよくて、少し、羽目を外しすぎたらしい。
 後悔に唇を噛みしめる。視線を伏せたわたしの前で、カークがくつくつと笑う。

「私はね、この世界にきて孤独だった。右も左もわからない異世界で、一人きり。私が生まれたのが早すぎたから、知っている人間は当然ながら誰もいなくて、クーは唯一の私の希望だった」
「希望……?」
「そう、希望だ。クーが生まれた瞬間、私は全てを理解した。この世界のこと、クーのこと。自分がイレギュラーであることを含めて」

 だって、ゲームには「カークグリス」なんてキャラはいない。そうだろう?
 やっぱり歌うように告げられて、わたしは頷くしかなかった。
 その通りだったから。

「クーが生まれて両親は険悪な仲になった。私は必死でクーを愛した。その甲斐あって、今では家族仲は良好だ。私の存在はイレギュラーだけれど、だからこそ使えることを知った。なにもかも順調だった。君が―― 一ノ瀬星来がライラ・フォン・アラベリアを乗っ取るまでは」
「乗っ取る……?」

 思わぬ言葉にわたしが息を飲むと、カークは可笑しそうに笑う。嘲笑だった。

「そうだろう? ライラは実に大人しい子供で、ゆくゆくは私と結婚するはずだった。ライラは大人しいけれど、とてもいい子で――私は、愛していたんだ」

 目を見開く。これ以上ないほどに。
 ライラの記憶はわたしの中にもある。
 いつも花をくれたカーク。
 そこにわたしは彼の「眼中にない」という気持ちを見た、なんて思っていたけれど。

『カークグリスさま、わたし、おはながすきなの。なにをもらうより、おはなをいちりんもらうほうがうれしいの』

 ああ、ああ、そうだった。そうだったね、ライラ。
 あなたは昔、そんなことをカークにいったのよ。

 まだ三歳になる前。

 来月が誕生日の二歳の時に。
 だから、カークは。
 幼子の戯言を覚えていたから。ずっと、欠かさず花をくれた。
 ライラが好きだといったから。

 ごめん、ごめんね、ライラ。

 わたしのなかのあなたが主張する。
 クーじゃない。カークが好きだと。
 でも、でもね。わたし、わたしは。

「クーが、すきなの……」

 ぽろり、ぽろ、ぽろり。
 涙が溢れて止まらない。

 わたしのなかで、かつて主人格だったライラと、混ざって溶け合ってしまったいまの主人格の星来が戦っている。

 ひっくひっくと泣きじゃくる。

 クーが好き、好きなの。少し不器用なところも、ちょっと抜けているところも。
 わたしの好きな焼き菓子があると、自分の分までくれるところも。
 お茶会のたびにわたしを楽しませようといろんな話をしてくれるところも。

 全部ひっくるめて――クーが好き。

 目元を抑えても涙は止まらない。わたしと私が混ざってしまったがゆえに生まれた軋轢。別々の人を好きだと主張する心。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、でも、わたし」

 その瞬間。優しく目元をふさがれた。ふわりとした感覚。少しかさついて、薄くて、剣の鍛錬を怠っていない手のひら。

 暗くなった視界で、額に触れる少し暖かいナニカ。
 でも、嫌でもなかったから。ただ、驚いてしまって。
 びっくりして目を開いた。涙も止まった。
 目元を抑えていた手をどけると、苦しそうに笑う、カークがいた。

「ライラ、君がいた証を、この胸に刻もう。星来、君を歓迎しよう。かつて同じ星で生まれた同胞として」

 カークは、ナイフをわたしの首元からどけて、とてもわたしを歓迎しているとは思えない声音で、それでも優しい嘘をついた。
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