【完結】守護龍の寵愛、傭兵ステラの長い旅路〜次期守護龍候補の赫き竜〜

久遠れん

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23話・赫き竜(3)

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 ステラが小声で、それでも力強く言う。

 その言葉にはっとして、我を取り戻し、深く呼吸を繰り返す。

 そんなリースの様子を確かめて、ステラは背に背負っていた大剣をシェリアに渡した。

「赫き竜と話して来る。どうにも、様子がおかしい」
「そんな、危険です!」
「だが、このままでは原因がわからん。ここに帝都の部隊がきても逆効果にしか思えんしな」

 有無を言わさぬ声で武器をシェリアに押し付けたステラはしゃがんだまま少し移動し、そこからすくりと立ち上がった。

 すたりすたりと確固たる歩みで竜の前へと歩み出る。

 ぎょろりと血よりなお紅い竜の瞳がステラへと向けられる。

 だが、ステラは内心を億尾にも出さず、堂々たる面持ちで竜の眼前へと歩み出た。

「誇り高き赫き竜に尋ねたきことがあってやってきた。答えてはもらえぬだろうか」

 朗々たる声に竜が鎌首をもたげる。背の二枚の羽が僅かに動く。何かを守るように体を丸くしている竜にステラは真っ直ぐな瞳を向けるのみ。

「人間風情が、何用だ」
「貴方が麓の村を焼いたと聞いた。その訳を教えてはもらえぬだろうか。私には誇り高き貴方がそのようなことをするとは思えない」

 哄笑があたりに響く。

 木々を揺らし石を割り大地に皹をいれるような、憎憎しさに満ちた哄笑だ。

 それでも引かぬステラに竜はひとしきり笑い終えると、ひたりと視線をすえた。

「金の髪に翡翠の瞳、その身に宿る澄んだ気と加護の力、そうか、主、守護龍の知己か」
「数え切れぬほど世話になっている」
「我はあのような腑抜けとは違うぞ、人間めが……!」

 憎悪を隠しもしない言葉に声音。なぜここまで人を憎むのか、その理由が知りたいとステラは言葉を重ねる。

 守護龍の加護を受けているからこそ、目の前の火の竜の頂点に立つ赫き竜は対話をしてくれているのだと理解していた。

「なにがあったというのだ。我ら人間が狼藉を働いたのだろうか」

 理由もなく人間の村を襲ったとあっては竜の中の竜、次期守護龍と目される存在でも他の竜からの反発は免れまい。

 そう思っての言葉に、降り注いだのは怒りに満ち溢れた言葉だった。

「狼藉? そのような可愛らしいものか! やつら我が子を攫おうとしおったぞ!」
「攫う? 竜のお子を?」
「そうだ人間! 我は貴様らを許さぬ。我が子を傷つけた貴様ら人間を滅ぼしてくれようぞ!」

 そういいながらも、赫き竜はその場から動かない。それでようやく、ステラは得心がいった。人間に害されたという子供を赫き竜は守っているのだ。

 馬鹿な人間もいたものだと、ステラも頭が痛くなる。それどころではないが、眩暈を起こして倒れそうな心持だった。

 どんな理由があれば誇り高き竜の数千年に一度しか生まれぬ子供に手を出そうという気がおきるというのか、とっくに死人になっているであろう狼藉ものたちを叩き起してでも問いただしたい気持ちだった。

 だが、これで理由はわかった。傷つけられたという赫き竜の子を癒せば打開策も見えるだろう。

 そう思いステラが声を出そうとしたときだ。

「師匠、危ない!!」

 背後からの切羽詰った声音に、思わず振り返った。その左頬を掠めるようにボウガンの矢が飛んでいく。目を見張り反射的にサイドステップで距離を取ったステラの前に、明らかに野党とは思えぬ、金に飽かした装備品でごてごての鎧に身を包んだ一団が現れた。

「貴様ら……っ!」

 首謀者の一団かとこれ以上、赫き竜の怒りを注ぐなと背中に手をやって、そこに愛剣がないことに気付く。思わず舌打ちしたステラの前で、二度目の襲撃に赫き竜は完全に堪忍袋の尾が切れていた。当然である。

「まだこりぬか人間がああああああああ!!」

 咆哮と共に火を吐くが、それは瞬時に盾を構えた男達に防がれた。竜の本気の一撃だ。それを防ぐとは、と目を見開くステラのまえで、男達は得意満面にそれぞれの得物を取り出す。

「剥製にしてやるぜ!」
「竜の剥製たぁ、高く売れるだろうよっ」
「人生十回やっても金にこまることはねぇ!」

 そういって襲いかかってくる男達にステラが徒手空拳でも応戦しようとしたときだ、地響きと共に、今度こそ地面が割れた。

 本能的に危機感を感じたステラが視線を上げれば、宙に舞い上がった赫き竜。

「舐めるな、人間がっっ!!」

 あたり一面を焦がす先の一撃の十倍の威力はあろう炎を吹き出し、赫き竜は尾を振って炎から命からがら逃れた残った男達を蹴散らした。

 だが、ステラには見えた。男達のうち一人が、悪足掻きでボウガンの矢を撃ったことを。

 そしてそれが、今まで赫き竜に守られていた竜の幼体に真っ直ぐに向かってしまったことに。

 それは、反射的な行動だった。なにを考えていたわけでもない。ただ、守らねばと思った。

 このコルタリア皇統国に生きる人間として、絶対の守護神たる竜の子を。

 だから、それは必然であったのだ。

「先生!」
「師匠っ」

 悲痛な二つの声が静まり返った静寂を切り裂く。

 ステラはボタボタと胸から映えたボウガンが血を流すのを見つめながら、小さく口端をあげた。

「赫き、竜、よ。お子は、まも、た。どうか、いかりを、しずめ」

 そこまでが限界だった。がっくりと膝を突いたステラの元にシェリアとリースが真っ青な顔で駆けつける。先ほどの炎からは辛うじて免れたらしい。良かった、と安堵する。

「人間が、その程度で取り返しがつくとでも?」
「いいえ、我らの犯した過ちは、この程度では、償えぬと。だから」

 重たい腕を動かして首からペンダントを取り出す。イエロー・ダイヤの親友から貰ったそれは膨大な魔力がこめられている。

 ダイヤを怯える竜の子の前に置き決められた印を己の血で描く。

「お子に、月の加護があらん、ことを」

 ステラの親友、ラキト・ルツ・ギルナンドは月の神子と呼ばれる希代の魔術師だ。
 
 魔術ではどうしてもアルドリア国におくれをとるコルタリア皇統国で数百年に一人といわれる、直に魔術師から魔法使いへと位があがるだろうと噂されるほどの人物。

 そんな彼がこめた魔力を全て使いきり、そこにステラのなけなしの生命力を搾り取るように上乗せすれば、少しは竜の子の傷もいえるだろう。

 とろりと溶け出した宝石が血で描いた印を巡り、淡く発光する。そして、その光は生命力となって竜の子の中にはいっていった。

 そこまでを、確認するのが、ステラの限界だった。
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