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30話・守護龍(3)
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震える声のステラの手を取って、守護龍が光の球を握らせる。それはステラの手に触れた途端とろけるようにさらなる光を放ってステラの中へと消えていった。
恐らくはステラの一度は消えかけた命の灯火が再びあたりを照らし出すように輝きだすまでの守りの意味ももっているのだろう。
慌てるステラをなだめるように守護龍はステラの頭をなでて、ことさら優しい声音で言う。
「赫き竜に伝えなさい。お前の加護の中に私の意思があると。そして彼の竜と……そうだな、手でも握るといい」
「手、ですか?」
「触れた場所から先ほどの光を通して私が彼の竜と対話を行おう。なに、説得してみせる。安心しているがいい」
「は、い」
ステラとしてもそんな大役を任されるとは思ってもみなかったのだろう。
目を白黒させてるステラを優しい眼差しでみつめて、人の形をとった守護龍はばっと手を開いた。
それは、とあることの合図で。
ああ、またやるのか、とラキトは思わず人を殺せそうな目で守護龍を睨み付けた。
「ありがとうございます、お兄様!」
だがステラはためらわず両手を広げた守護龍の腕の中に飛び込んだ。
ぎゅうぎゅうと抱きしめているのがちくしょう、うらやましい、とはラキトの心の中の念だ。
こういうことをするから、本音としてはステラと守護龍を会わせたくないし、よほどのことがない限りこの森のある帝都から出ることのない守護龍と会わせないためにステラの放浪を許しているようなものだ。
そうでなければとっくに娶っている、とはラキトの心の中での叫びである。
とはいえ、本当に心の中だけだ。口に出すにはまだラキトも命が惜しいし、なによりステラとそういう関係になりきれていない。
そろそろ踏み出さねばと国の一大事も脇において真剣に思案するラキトの横にステラが戻ってきた。抱擁は終わったらしい。
とたんにラキトも内心を綺麗に押し隠して箱につめ、きりっとした表情を浮かべる。
「お手を煩わせ申し訳ございません。このご恩は必ずや」
「よい。我はこの国の守護龍よ。この国のものが犯した罪は我が罪悪の一部と心得ておる。発端が人にあるというならば、我が加担したも同然のこと」
「そのようなことは!」
「よいのだ、ステラ。守護龍とはそういうものなのだ」
思わず声を荒げたステラに慈愛の眼差しを送り、守護龍は空を仰ぐ。
「我も守護龍となって長い。そろそろ次のものに席を渡さねば、国が淀んでしまおう。その淀みがほころびとなり、此度零れ落ちたのだろう」
竜が守護龍となるのは数千年を生きる長い時の中で竜たちにとってほんの一瞬、瞬きのような時間。
数百年が限度とされている。それ以上一つの属性の竜が守護龍として君臨し続けると、気が淀むというのだ。
気が淀めば風も腐り、大地は腐臭に溢れ、人間は人としての側を失うと伝えられる。
――少し我侭がすぎたかもしれんな。
そんな言葉を内心に秘めて、守護龍は幼い頃から見守ってきた人間の子の成長を思う。
上流貴族の父が戯れにメイドに手を出して生まれた子、それがステラだ。生まれのために、三人いる正妻の娘達からはいじめをうけ、よく泣いていた。
気まぐれに散歩に出かけた先で、泣きじゃくる幼子を見つけて手を取ったのが始まりだった。
その後は、その身に宿る清廉な気に引かれ、泣きながらも真っ直ぐに誰も恨まぬ気質を好んだ。生きる術が欲しいというから乞われるままに剣を教えた。
守護龍となるより昔、戯れに旅の剣士に教わった剣術を指南すれば、幼子は面白いほどすぐに吸収していった。
果てはいまでは負けはないといわれる最強の傭兵だ。
城に召抱えられれば偶然を装って会う事も今よりはできようとも思うが、そこはステラの幼馴染という魔術師の邪魔が入る。
だが、それ以上に、ステラは自由を好んだ。父がその女癖の悪さから家を破滅に導いたとき、差し出されたラキトの手を振り払って、外の世界へと飛び出した。
それからは、世界を見て回るといいながら世界中を放浪して回っている。路銀を稼ぐ手段として、傭兵をやりながら。
全くもって、逞しく育ったと思う。あのなにかにつけては泣いていた幼子が。
竜の中でも気性が荒いとされる赫き竜を前に一歩も引かなかったというのだから驚きだ。
自身の存在のために、一般人より、それこそ皇族より竜が身近な存在であろうとも、あれを相手に引かぬ度胸はさすが自身が見初めた子供と誇りに思えた。
だからこそ、加護を与えているのだ。それに相応しいと一個の竜としてみとめたがために。守護龍など関係なく、加護を与えた。
それはいずれ、ステラの子にも及ぶであろうと想像に難くなかった。
ステラをどこぞの男にやるのは業腹ではあったが、その男が常に食えない表情でひょうひょうとしながら、その実ステラのこととなれば国など投げ捨てる覚悟と決意を抱いていることを知っている。
だから許せる。お前なら、と。それでも今一歩踏み出さぬから、情けないとあてつけを行うのだ。
「さあ、いくがよい。赫き竜のもとまでは、魔術師、お前が門を開けるであろう」
「はい」
従順に頷いた瞳に燃える敵愾心すら心地いい。満足げに笑って、その身を本来の姿へと変える。
「さあ、ゆけ」
一言告げて空へ舞い上がる。見上げる愛しい子。
そなたらに幸多からんことを。
いや、目が笑っていない。本気だ、ものすごく本気だ。
恐らくはステラの一度は消えかけた命の灯火が再びあたりを照らし出すように輝きだすまでの守りの意味ももっているのだろう。
慌てるステラをなだめるように守護龍はステラの頭をなでて、ことさら優しい声音で言う。
「赫き竜に伝えなさい。お前の加護の中に私の意思があると。そして彼の竜と……そうだな、手でも握るといい」
「手、ですか?」
「触れた場所から先ほどの光を通して私が彼の竜と対話を行おう。なに、説得してみせる。安心しているがいい」
「は、い」
ステラとしてもそんな大役を任されるとは思ってもみなかったのだろう。
目を白黒させてるステラを優しい眼差しでみつめて、人の形をとった守護龍はばっと手を開いた。
それは、とあることの合図で。
ああ、またやるのか、とラキトは思わず人を殺せそうな目で守護龍を睨み付けた。
「ありがとうございます、お兄様!」
だがステラはためらわず両手を広げた守護龍の腕の中に飛び込んだ。
ぎゅうぎゅうと抱きしめているのがちくしょう、うらやましい、とはラキトの心の中の念だ。
こういうことをするから、本音としてはステラと守護龍を会わせたくないし、よほどのことがない限りこの森のある帝都から出ることのない守護龍と会わせないためにステラの放浪を許しているようなものだ。
そうでなければとっくに娶っている、とはラキトの心の中での叫びである。
とはいえ、本当に心の中だけだ。口に出すにはまだラキトも命が惜しいし、なによりステラとそういう関係になりきれていない。
そろそろ踏み出さねばと国の一大事も脇において真剣に思案するラキトの横にステラが戻ってきた。抱擁は終わったらしい。
とたんにラキトも内心を綺麗に押し隠して箱につめ、きりっとした表情を浮かべる。
「お手を煩わせ申し訳ございません。このご恩は必ずや」
「よい。我はこの国の守護龍よ。この国のものが犯した罪は我が罪悪の一部と心得ておる。発端が人にあるというならば、我が加担したも同然のこと」
「そのようなことは!」
「よいのだ、ステラ。守護龍とはそういうものなのだ」
思わず声を荒げたステラに慈愛の眼差しを送り、守護龍は空を仰ぐ。
「我も守護龍となって長い。そろそろ次のものに席を渡さねば、国が淀んでしまおう。その淀みがほころびとなり、此度零れ落ちたのだろう」
竜が守護龍となるのは数千年を生きる長い時の中で竜たちにとってほんの一瞬、瞬きのような時間。
数百年が限度とされている。それ以上一つの属性の竜が守護龍として君臨し続けると、気が淀むというのだ。
気が淀めば風も腐り、大地は腐臭に溢れ、人間は人としての側を失うと伝えられる。
――少し我侭がすぎたかもしれんな。
そんな言葉を内心に秘めて、守護龍は幼い頃から見守ってきた人間の子の成長を思う。
上流貴族の父が戯れにメイドに手を出して生まれた子、それがステラだ。生まれのために、三人いる正妻の娘達からはいじめをうけ、よく泣いていた。
気まぐれに散歩に出かけた先で、泣きじゃくる幼子を見つけて手を取ったのが始まりだった。
その後は、その身に宿る清廉な気に引かれ、泣きながらも真っ直ぐに誰も恨まぬ気質を好んだ。生きる術が欲しいというから乞われるままに剣を教えた。
守護龍となるより昔、戯れに旅の剣士に教わった剣術を指南すれば、幼子は面白いほどすぐに吸収していった。
果てはいまでは負けはないといわれる最強の傭兵だ。
城に召抱えられれば偶然を装って会う事も今よりはできようとも思うが、そこはステラの幼馴染という魔術師の邪魔が入る。
だが、それ以上に、ステラは自由を好んだ。父がその女癖の悪さから家を破滅に導いたとき、差し出されたラキトの手を振り払って、外の世界へと飛び出した。
それからは、世界を見て回るといいながら世界中を放浪して回っている。路銀を稼ぐ手段として、傭兵をやりながら。
全くもって、逞しく育ったと思う。あのなにかにつけては泣いていた幼子が。
竜の中でも気性が荒いとされる赫き竜を前に一歩も引かなかったというのだから驚きだ。
自身の存在のために、一般人より、それこそ皇族より竜が身近な存在であろうとも、あれを相手に引かぬ度胸はさすが自身が見初めた子供と誇りに思えた。
だからこそ、加護を与えているのだ。それに相応しいと一個の竜としてみとめたがために。守護龍など関係なく、加護を与えた。
それはいずれ、ステラの子にも及ぶであろうと想像に難くなかった。
ステラをどこぞの男にやるのは業腹ではあったが、その男が常に食えない表情でひょうひょうとしながら、その実ステラのこととなれば国など投げ捨てる覚悟と決意を抱いていることを知っている。
だから許せる。お前なら、と。それでも今一歩踏み出さぬから、情けないとあてつけを行うのだ。
「さあ、いくがよい。赫き竜のもとまでは、魔術師、お前が門を開けるであろう」
「はい」
従順に頷いた瞳に燃える敵愾心すら心地いい。満足げに笑って、その身を本来の姿へと変える。
「さあ、ゆけ」
一言告げて空へ舞い上がる。見上げる愛しい子。
そなたらに幸多からんことを。
いや、目が笑っていない。本気だ、ものすごく本気だ。
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