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第六章 揺るがぬココロ
47 複雑な関係(1)
しおりを挟む茂みに隠れた3対の瞳が、前方を凝視している。一つはラウルと瓜二つのエメラルドグリーン。そして後の二つはブルーグリーンだ。
「なあ?やっぱり変だろ。あんなユイの顔、オレ初めて見たし」
視線の先には、庭の木陰に腰を下ろして仲睦まじく会話に耽るユイと新堂がいる。
「そぉ?ただ楽しくて笑ってるだけじゃない?」
「ラドゥは子供だからまだ分かんないんだよ!な、シャーバン、お前はどう思う?オレの言ってる事分かるだろ?」
ヴァシルの真剣な眼差しがシャーバンを射抜く。
「…」
――ダーとそっくりなその目で迫られると、迫力あるんだよなぁ。でもどうって言われても?別に~!――
返って来ない答えに、ヴァシルがため息をついた。
「あ~、お前達に聞いてもムダだった、付き合わせて悪かったな!」
「あっそ?んじゃ、ボク一抜けた~っと!」真っ先にラドゥが飛び出して行った。
その後ろ姿を目で追いながらヴァシルが言う。
「お前も行っていいぜ」
シャーバンはその場を動かず、改めて兄貴と向かい合う。
「なあヴァシ兄。何でコソコソ見てるの?二人の心読めば済むハナシじゃん!」
「分かってないなぁ。読んでも分かんないから困ってんだろ?大体な、オレが顔出したらダメなんだよ。ドクターと二人きりの時じゃないと、ユイはああいう顔しないんだ」
「ふう~ん」
シャーバンにはあまり響いていないが、構わずヴァシルは続ける。
「ダーといる時、あんな顔してるの見た事ない。それってどういう事なんだ?」
「あの人が昔の恋人とか?ユイにだって恋人くらいいたでしょ」
「オレも思った。でもユイの中であの人はいつもドクターで、全然恋人って感じじゃないんだ。それにあの男なんて、いつ探っても小難しい事ば~っか考えてて意味不明!もうお手上げだよ」
肩を竦めて言い放つその姿は大人顔負けだ。
「なら違うんじゃない?」
「だったら何であんなふうに笑い合ってる?」
「いい感じではあるね」シャーバンは再びユイと新堂に目を向ける。
「だろ~?もしかしてユイ、あのドクターの事好きになりかけてるんじゃ…」
ヴァシルは一人うろたえる。
――もしそうなったら、ダーと別れるの?日本に一緒に行っちゃうかもしれない。ヤダよ、そんなの!何でダーは何も言わないんだろう。まさか気づいてない?!――
これは大いにあり得る話である。ヴァシルの耳打ちによって、ラウルが初めて知る事実は多々あるのだから。
結論から言うとヴァシルの心配事は杞憂なのだが、女心は大人の男でも理解するのは難しい。あれだけ感情の起伏が表に出る、ユイのような女のものであっても。
遠巻きに二人を眺めながらの議論は進む。
「ごちゃごちゃ考えてないで本人に聞けば?ユイはちゃんと答えてくれるよ」シャーバンが胸を張って言う。
――オレは自信を持って言える。ユイはウソはつかないって!――
ところがこう返された。「もう聞いた」
「は?そうなの!で、ユイ何て?」
「あの人と恋人同士になった事はないってさ」
「ならそうなんじゃない」
「オレは納得行かない!それに、なった事はなくてもさ、これからどうなるか分かんないだろ?」
「ダンに聞いたら?アイツなら付き合い長いし、何か知ってるかもよ」
「ダメだ。あれは使えない」
「もう聞いたんだね…」
ダンの頭の中にはいつだってラウルしかいない。読むだけムダである。
こんな調子で袋小路に陥った議論は、立ち上がった二人を合図に終了となった。
悩みを抱えたヴァシルは、今日も寄り道せずに学校から直帰だ。
「ヴァシル、お帰りなさい。少しはお友達と遊んで来ていいのよ?私は大丈夫だから」
遊び相手が複数の女子である事を知ったユイは、少しは、と強調する。
「いいの!気にしないで。そんな事よりユイ、ドクターは?」
「新堂先生なら部屋にいるわ。お仕事の依頼が結構来るんだって。断るの大変みたい」
申し訳なさそうに話すユイを見て、ヴァシルの疑惑がさらに増す。
「ユイも元気なんだし、依頼受ければいいのに!」
――そんでもって少しでもユイから離れてろ!いくら何でもベッタリくっ付きすぎだろ?――
「他の依頼はダメよ。ラウルがご機嫌を損ねるわ」
「ああ…そうかぁ」
父ラウルが中途半端を嫌うのは有名な話だ。あれもこれも手を出すのは美しくない行為だと。
――だけど不思議だ。何でダーは新堂に任せきりなの?これじゃどんどん親密になっちゃうよ?ホントに分かってないのか?――
チビっ子恋愛評論家は大いに頭を悩ませる。
何も知らないユイは、ヴァシルが純粋に新堂を気にかけていると取る。
「ヴァシル、ありがとう、そんなに先生の心配してくれるなんて、優しいのね」
「べっ、別にアイツの心配なんてしてないっ!」
「アイツ?」
「あっ!ううん、アツイって言ったの!あ~暑い暑い!今日は暑いね、じゃあ宿題やって来るね!」
慌てて出て行ったヴァシルを見送り、ユイが呟く。
「変なの。もう夏は過ぎたわよ?」
その晩、寝室での夫婦の時間となり、一頻り戯れた後に会話が始まる。
「ラウル、起きてる?」
「ああ。今夜もおまえは絶好調だったな…」若干疲れた顔のラウルが言う。
「ヤダ、ラウルったら!まだやり足りないっていうなら付き合うけど?」
妊娠や病の事があり、受け入れる側になれないユイだからこその発言である。
「いや、大丈夫だ」
現在ベッドでの主導権を握るのはユイで、ラウルは一方的に悶えさせられているという訳だ。
この未だかつてない状況に、ラウルとしては複雑な心境になる。
ことさらユイの勝ち誇った顔が疎ましい。
――病が治ったら、覚悟しろ?ユイ!――
やはり負けず嫌いのラウルであった。
「だったら、少し話してもいい?」
「ああ。何か心配事か?体調は良さそうだが」今しがた散々してやられたラウルは、確信を持っていう。
「私の事じゃないの。ヴァシル、最近何だか変なの。気づいた?」
「いや。どんなふうに変なのだ?」
「やけに私に執着するし、ほら、お友達…ガールフレンド?と遊ばなくなって。それはまあいいんだけど!新堂先生へのアタリが強い気がして」
「おまえの事が心配なだけでは?」
――私も新堂を受け入れられなかった時期がある。ヴァシルの気持ちは分かる――
ラウルはしみじみ思う。
その理由は決して恋のライバルなどではなく、単に性格的な問題である。
「先生の何が気に入らないのかしら。双子達は全然そんな事ないのに。あの子だけよ?」
「思春期、なのでは?」
「それってつまり、大好きな母親が別の男に取られる~とか思ってるって事?」
ラウルが肩を竦めて苦笑する。
「おまえ達の仲の良さは、私も見ていて時々嫉妬するくらいだったからな」
「え~っ、ウソでしょ?仲良くなんてないわよ。昔っからあの先生超イジワルで、むしろキライ!ラウルと正反対だわ」鼻息荒くユイが言い放つ。
「正反対か。ならば新堂が言い寄っても可能性はなかった訳だな、可哀そうな男だ」
「言い寄ってくる訳ないって!あの人の恋人は仕事。今も昔も仕事一筋みたいよ!」
ユイは気づいていないが、ラウルは気づいている。新堂がユイに気があった事を。
一度は身を引く決意を固めたラウルだが、ユイはラウルを選んだ。ラウルは勝利したのだ。今さら何がやって来ても何の脅威にもなりはしない。
・・・
ヴァシルは今日も悶々とした気持ちで一日を過ごす。
帰りのホームルームが終わり、立ち上がったヴァシルをガールフレンドの一人が呼び止めた。
「ねえヴァシル君、今日こそは遊びましょうよ?面白い映画見つけたの!ウチで一緒にどう…」
最後まで言い終える前にヴァシルは答える。「ごめん、忙しいからまた今度ね!」
一分でもムダにしたくない。今すぐに帰らなければとヴァシルは焦る。
――ああクソ、テレポーテーションもできたら良かったのに!――
こうして誘いをあっさり断り、迎えの車に飛び乗る。
「おかえりなさいませヴァシル様、この後はご帰宅でよろしいのですよね?」
「ああ。急げ」
ドアを開けて待つ警護担当の問いに、子供ながらに威厳のある口調で言いつけると、運転手が答えた。
「かしこまりました」
「今日家で何か変わった事なかった?」
車が走り出し、警護担当の部下に問いかける。
これはいつもの光景だ。ユイの事が気になるあまり、いつからかこんな日課ができていた。
「特にございません。ユイ様もお変わりございません」
ヴァシルの関心がユイにある事を把握しているため、聞かれずとも様子を伝える。
「そう。…なあ」
「はい」
「お前はオレが生まれる前からフォルディス家にいるんだろ?」
「はい」
「あの新堂ってドクターの事、知ってた?」
「ええ。あの方は過去2度ほどこちらに来られていますので」
「それってユイのためにだろ」
「はい!ドクターがいなければ、ユイ様は今生きては…失礼しました」
感情が入って余計な事まで語ってしまった事に気づき、すぐに口を閉ざす。
2度の危機的状況を乗り越えられたのが新堂のお陰だという事は、屋敷中の者が知っている。あの時、誰もがユイの命を助けてくれとあの男に祈ったのだから。
「そんなに腕の立つ医者には、見えないけどなぁ」
「…」
ボスの息子相手にあからさまに否定もできず、男は一旦黙り込むも新堂の擁護に回る。
「でもほら!ドクターが付いていてくださると安心ですよね!ダンも自分の仕事ができると喜んでいますし」
ダンは妊娠中のユイにベッタリと張り付いていたから、これまで自分の仕事がおざなりになっていた。
「ダンの事はいいんだよ!付いててくれるのは…確かに安心だよ?ユイに何かあったら困るし」
「でしょ?」
「けど!…それがまた困るんだよっ!」
男はボス・ジュニアの主張の意味が分からず首を傾げる。
「いいよ、お前には分からないよ、どうせ」
――誰にも分からないよ!どうすればいいんだっ!――
ヴァシルの悩みは膨らみ続けるのだった。
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