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第六章 揺るがぬココロ
47 複雑な関係(2)
しおりを挟むどんな時でも月日は着々と進んで行く。
今ではユイの腹の膨らみも目立ち始めた。
新堂はシャーバンからの指摘を境に、ユイを茶化す事をやめた。お陰でユイのストレスは大幅に減り、心機能も今のところ安定している。
そんな穏やかな日々の最中、フォルディス家に衝撃が走る出来事が起きた。
それは、いつもの休日同様にラドゥとシャーバンが仲良く庭で遊んでいた時の事だ。
「おいラドゥ、お前ホントに太ったぜ?ダイエットしろよ!」
「え~太ってないよ。子供はこのくらいぽっちゃりがカワイイってさ」
「誰が言ったの?」
「何かのドラマで誰かが言ってた」
「何だよそれ!しかもドラマ?説得力ゼロじゃんか!」
「大丈夫。ユイが元気になったら、シゴキまくってもらうから!」
「そうやって先延ばしにするの、悪い癖だぞ?」
二人は今、当たっても痛くない硬さのボールを投げ合っている。
言い終えると同時に、そのボールを勢い良くラドゥにぶつけるシャーバン。
「いってっ!今のわざとだろ!」
「ああそうさ。鈍いヤツが悪い!」
「言ったな?お返しだー!」
投げ合いはエスカレートして、ぶつけ合いに変わる。
こうなる事を想定して、柔らかめのボールを与えているのだ。
「あ~っ、どこ投げてんだよ、木の上に引っかかったじゃないか!ラドゥのバカ」
「ゴメン、コントロール狂った。ボク取るよ」
「大丈夫か?その体重で木に登って!」
「バカにするなよ?そんなに重くないって証明してやる!」
そうして木によじ登り、どうにかボールの所まで到達した。
――ふう…何とか登れた。確かに体が重いや。やっぱ太ったのかなぁ――
こう思いながらも、口では別の事を言う。
「ほ~らどうだ、ちゃんと登れたぞ?さっき言った言葉、撤回しろシャーバン!」
ラドゥが自信たっぷりに言い放った時、手元の枝がミシッと音を立てた。
「…ん?何だ、今の音」
次の瞬間、ラドゥの重みでしなっていた木の枝が折れた。
「うわぁぁーっ!!」
「ラドゥ!」
そのまま地面に落下し、しばらくは衝撃で声も出せなかったラドゥだが、左足に激痛を感じて泣き出す。
「あ~ん、痛い、痛いよぉ!うえ~ん!」
「ラドゥ、大丈夫か?どこかケガしたの?!」
シャーバンは屋敷の方を振り返る。結構距離があり、誰も見ていた様子はなく周囲に人の気配もない。
すぐにヴァシルにテレパシーで助けを呼ぶ。
――ヴァシ兄!今どこにいる?ラドゥがケガした、すぐに来て!――
その一報を受け取ったヴァシルは、部屋でユイと新堂の間に割って入って寛いでいた。
「…え、ラドゥがケガだって?!大変だっ」
寝転がってコミックを読んでいたヴァシルは飛び起きた。
「え、ラドゥがケガ?どういう事なの、ヴァシル!」ユイがすぐに反応する。
「庭の木から落ちたみたい。どうしようっ、ユイ!」
血相を変えて訴えるヴァシルを前に、ユイの表情が見る見る曇って行く。
――もし頭でも打っていたら大変だわ!――
沈黙を保っていた新堂が、そんなユイの背に手を当てる。
「ユイ、深呼吸だ。深く吸え」
「っ、先生、ラドゥがケガしたって…!」
「俺が見に行ってやる。だからそんなに心配するな」
「ありがとう、私も行く!」
「おまえはここで大人しくしてろ。ヴァシル、場所は…って、待て。何で分かった?」
「説明してる暇ないよ!ラドゥ辛そうだ、早く!」
ヴァシルに促され、新堂は愛用のドクターズバッグを手に部屋を飛び出した。
「ラドゥ、大丈夫かしら…」
残されたユイは窓辺に寄って様子を窺う。ここからでは何も見えない。
心なしか息苦しさを覚えて、左胸に手を持って行く。そして左手を右手で握り込み、エメラルドに願った。
「あの子を守って、お願い…っ」
庭に躍り出たヴァシルと新堂は、一直線に双子達の元に走る。
息を切らしながら付いて来る新堂をチラリと見やり、ヴァシルは思う。
――ユイの事じゃなくても、やってくれるんだ。しかもこんなに必死になって…案外いいヤツかも?――
「あれだな」
複数の木が生い茂るエリアまでやって来ると、新堂は登っていたらしい木を特定して、どの位置から落下したのかを推測する。
「ラドゥ!大丈夫か?ドクターも来てくれたよ!」
「ヴァシ兄!良かった、部屋にいたんだね」
シャーバンがホッとした顔で呟く声は、ラドゥの泣き叫ぶ声によってかき消される。
一見した新堂は思う。
――随分痛がってるな。折れてるかもしれない――
「もう大丈夫だ、診せてみろ」
「うわぁ~ん!」
倒れ込んだラドゥの左足を慎重に持ち上げる。
さらに大きくなった泣き声と触診から、骨折は免れないと判断する。
「痛みが酷いようだから、ここで鎮痛剤を打つ。ヴァシル、先に戻って冷やすものを用意しておいてくれ」
「分かった!行こうシャーバン!」
「う、うん…ラドゥ、頑張れ!」
突然一転してしまった光景に、シャーバンは青い顔で呆然とするばかりだったが、ヴァシルの呼びかけに応じて走り出した。
処置をし終えて声を掛ける。
「少しはマシになるはずだ。それから運ぶ。ああ…枝が折れたんだな」
側に落ちていた、折れたやや太めの枝が目に入った。
「うん…ボクやっぱ太った。認めたくなかったんだ」
「はは!まるでユイの主張を聞いてるようだな」
「…ユイの?」
「ああ。本当に親子なんだな」
――どこかで認めたくなかった自分がいる。…何てな、今さらだよな――
会話ができるようになると、手首の脈を取っていた新堂が頷く。
「そろそろいいだろう。抱き上げるぞ、痛むだろうが我慢してくれ」
「う、うん…ああっ、痛い!え~ん!」新堂の首にしがみ付いて再び泣き出すラドゥ。
あやしながら、ゆっくりとした足取りで屋敷に戻った。
「ラドゥ!大丈夫!?先生、ラドゥは!」
待ち構えていたユイに出迎えられて屋内に入る。
「左足を骨折している。画像診断なしでは正確な事は言えないが、恐らく整復が必要だろうな」
「それじゃ、すぐに病院の手配をするわ」
「先生、冷やすもの用意したよ!」
「ああ、ありがとう。早速使おう」
ヴァシルと新堂のやり取りを聞いていたユイは、その微妙な変化に気づく。
――良かった、ヴァシル、少しは先生を受け入れてくれたみたい。こう言っては何だけど、ラドゥのお陰だわ――
新堂が淡々と応急処置をして行くのを見守りながら、ユイは携帯電話を手にヴァシルに問いかける。
「ラウルに連絡取りたいんだけど、今仕事中かしら」
「え~っと待って…、…」
こんなユイとヴァシルの会話に不審感を持ったのは新堂だ。
――なぜ子供に聞く?さっきもなぜかケガをしたと分かった…あの子供、何かあるのか?――
ヴァシルに疑惑の目が向く。
「あ、大丈夫みたい」
ヴァシルがそう答えた直後、ユイの携帯が鳴った。
「もしもしラウル?ああ聞いた?ラドゥが足を骨折したの。新堂先生が診てくれて…うん、これから病院に行くわ。じゃ急ぐからまた後で」
手短にそれだけ伝えて電話を終える。
新堂の視線を感じてユイが問う。「先生?どうかした?」
「あ…いや、後でいいよ」
「私の体調なら大丈夫よ。さっきはちょっとヤバかったけど…」
「ヤバかった?何がだ」
「それも後でいいわ。車を玄関に回したから、すぐに行ける」
「おまえも来い」
「もちろんよ」
新堂はユイを一瞥してから、再びラドゥを抱き上げた。
「もう泣き叫ばないんだな。偉いじゃないか?」
「誰が泣き叫んでたって?ヤダなぁ、先生!」
「どうやら鎮痛剤とアイシングが効いているようだ」ラドゥの言葉をスルーして新堂が呟く。
「ねえユイ、ボク偉いでしょ!もう泣かないよ」
「ラドゥ、もう、って事は、さっきは泣いたのね?」
「あっ…。えへへ、ちょっとだよ?ちょっと」
可愛らしい言い訳に、ユイは堪らずラドゥに頬ずりする。
――大した事なくて本当に良かった…――
共に後部席に乗り込んだユイは、改めて新堂に頭を下げた。
「新堂先生、本当にありがとう。先生がいてくれて良かった。私ったら気が動転しちゃって…」
「いいさ。お役に立てて光栄だよ」
「先生ってホントにスーパードクターだったんだね!だってあんなに痛かったのに、今は平気だよ?」
座席に足を伸ばして座るラドゥが、上半身を捻って寄りかかっていたユイを振り返る。
「ラドゥ、ちゃんと前見て。大人しくしてなさい」
「平気そうで何より。ま、あれだけ泣きわめく元気があれば、大抵は大丈夫さ」
「そうかしらね…」
泣きわめく姿を見ていないユイはピンと来ないが、元気そうなラドゥを見て心から安堵した。
その後仕事先から向かったラウルと病院で合流し、治療を終えたラドゥを連れて帰宅する。
ラドゥの自室にて、処置室で行われた徒手整復という治療の話題で持ち切りだ。
「さすがの腕だ。目の前でああもあっさり修復してしまうとは」
――普通がどうか知らないが、きっと優秀なのだろう――
「ね~。痛いぞ?なんて脅しておきながら、ラドゥがポカンとしてる間に終わっちゃうんだもの」
処置の様子を見学させる医者はあまりいない。
そんな流れになったのには理由がある。
――ここで済ませても良かったんだが。病院に行ったのはユイのため。…だとは、言わないでおこう――
ついでに、というもっともらしい誘導により、ユイはすんなりと検査を受けていた。
「そうなんだ。ボク、痛いのか~どうしよ~って考えてたら終わってた!」
3兄弟一の楽天家は、相変わらずのマイペースぶりである。
「一応、外科が専門ですから。命に別条がなくて良かったです」
「礼を言う、新堂。フォルディス家のホームドクターでもないのに、また世話になった」
――一々嫌味な言い方だな!――
「いえいえ。お気になさらず。一緒にユイさんの検診もできましたし」
「問題はなかったのだろう?」
「…ええ。差し当たっては」やや迷いながらも新堂は答える。
そして案の定ラウルから突っ込まれる。「差し当たってとは?」
「気にするほどではないんですが、胎児の発育が若干遅れているようでして」
新堂としてはこれが気がかりなのだ。
「私があんまり食べてないからかしら…この子達の時はペロリと3人分は食べてたもの」つわりはないが食欲もあまりないユイが、困惑気味に語る。
――ゴメンね、サラ…――
そのユイの腹に注目が集まって、シャーバンがそっと手を伸ばす。
「早く会いたいな~、早くオレを兄貴にしてよ。ねえユイ、もっと食べなきゃ!食べれないなら先生にまた点滴してもらおう、ね、先生?」
「そうだな。まさか断らないよな?ユイ!…ふふ、シャーバン君はいつも鋭い指摘をしてくる」
微妙な顔のユイを見ながら、肩を竦めて新堂が言った。
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