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第六章 揺るがぬココロ

46 形勢逆転

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 ユイが3度目の妊婦となってから、ラウルはYAセキュリティの業務にも携わるようになった。

「ラウル、何かとやらせてしまってごめんなさいね」
「問題ない。始めてみればなかなか奥が深い仕事だ」
「でしょ!どう?本業にしてみる気は」
「ないな」
――あはは…即答っ――
 元々他人のガードなどに全く興味のなかったラウルだから、この返答は当然だ。むしろ関わるようになった事の方が驚きなのだ。

「フォルディスさんが警備事業ですか!マフィアが用心棒をやるって話はよく聞きますし、アリなんじゃないですか?」
「私が折れたらお前も折れるか?」
「はい?」ラウルの話の内容が分からず首を傾げる新堂。
「フォルディス家のホームドクターの話だ」
「それ…まだ言うのか?」日本語で呟く新堂。
 ラウルが続ける。「世の中は変わって行くものだ。人の考えもまた」

「フォルディスさんは分かってくれたと思ったんですがね」
「何をだ」
「私が望むものですよ。それは残念ながらここにはない」
「お前が望んでいるのは、ユイの幸せだろう?」
――そう来るか!…何で分かった?ここは仕事と言ってほしかったな――
 束の間驚いたが、新堂はすぐに受け入れる。
「ええそうです。今回の件が片付けば、私がいなくてもユイはここで幸せに暮らして行けます。必要ない」

「それはどうだろうな」
「ラウル?先生が嫌がってるんだから、無理に誘わないで。幸い子供達は特殊な血液じゃないし。私さえ気を付ければいい事だもの」
「今はまだ、な。まあ、この話はいずれしよう」

 こんなラウルの含みのある言い分は、明らかに何かを暗示している。その事にユイだけは気づいた。

――何だか、イヤな予感がするわ…――

・・・

 夜。夫婦の寝室にて変わらず同じベッドに入る二人だが、病気発覚以来、セックスはお預けとなっている。

 隣りで仰向けに横たわる夫。ユイは間接照明にぼんやりと照らされるその姿に目を向ける。目を閉じたラウルの表情は穏やかだ。

「ねえラウル、我慢…してるよね」
「何を?」片目を開いたラウルが、ユイを見て聞き返す。
 ユイはあえて答えずに、手を伸ばして頬に触れる。
 その手を掴み、ラウルが口づけた。
「我がままは言わない。おまえが今こうして隣りにいるだけでいい」
 それはラウルの嘘偽りない本音だ。
 
――ああ優しいラウル…でも私は、それだけじゃイヤなの――
 自分のせいで辛い思いをする夫を見ていられない。
 決して強引な行為はせず、強制もしない常にジェントルマンの夫。表に出す事のない隠された苦しみにも、今のユイは気づける。

「してあげる…ううん、してあげたいの。来てラウル」
 ユイは握り合っていた手を引いてラウルを側に呼び、抱きしめる。
 そしてその下半身に手を這わせた。
「だから何をだ?おいユイ、そういう事はやめ…」
 抑えていた象徴に触れられたラウルは堪らない。たちまちユイの手の中で逞しい姿となった。
「ほら。やっぱり我慢してた」ユイは少しだけ笑った。

「ああユイ、待て…そんなふうにするな」
――抑えられなくなる!――

「私が受け入れるのは無理だけど、あなたを気持ち良くさせる事なら…できると思うの。あんまり経験ないけど!」恥ずかしがりながらも、ユイは思いを伝えた。
 いつもはラウルに任せきりの夜の営み。ユイが自らこういう行為に出るのは初だ。

 中途半端に下ろされた下着から、ラウルの変わらず逞しい象徴が顔を出している。
 それに両手を添わせて身を屈め、躊躇いがちに軽く口付けるユイ。

 抑えつけていた感情が急速に湧き上がり、ラウルは思わず起き上がる。
「ユイ…、私は」
 体はどこまでもユイを欲している。強く拒絶できないのがもどかしい。
――こんな事をさせていいのか?新堂に確認を取っておけば良かった――

 そんなアドバイスを求められたなら、新堂は迷いなく行為禁止令を出す事だろう。
 例えユイの病が治ったとしても!

 ユイの手に包み込まれた象徴は、ゆっくりと上下に擦られてピクピクと痙攣している。根元の柔らかな二つの袋にも刺激が加わる。
「はっ…!そこは、よせ…」
「ここは、気持ち良くない?」
「そうではない、そういう事ではっ」
 次第にラウルに余裕がなくなって行く。言葉は途切れ、吐き出される息はどこまでも熱を持っている。

 そんな、どこか切羽詰まって紅潮したラウルの表情を見て、気を良くしたユイは身を屈めて先端を一舐めした。

「くっ!ユイ…っ」
――あんなにオーラルを嫌がっていたのに…私のためにそこまで――
 ラウルは強情な自らの欲望と葛藤しながらも感極まる。
 ユイの舌先が自身の象徴の先端をチロチロと舐めている。その動きはたどたどしく、だからこそこそばゆくもある。
 小刻みに震えてしまう体を止められない。

 手と口を駆使した愛撫により、ラウルの象徴はさらに重量を増して行く。比例するように、必死で抑えている欲もどんどん膨れ上がる。
――今すぐにおまえを蹂躙し、中に吐き出したい――
 そんな暴力的な思考に囚われながらも、ラウルはまだ理性を保つ。ユイへの限りない愛あればこそ。

「無理にそんな事をしなくてもいい…おまえに負担を掛けたくな、い、っ!ああ…やめるんだ…」
「ここはダメだった?だったら、もっとこうして…どう?」
 上目遣いで問いかけられても言葉が出て来ない。
「ああ…くっ…」

 自分の下半身に顔を埋めて健気に一物に吸い付く最愛の妻の姿。
 これまで夢に見た念願の光景が広がっているというのに、それが徐々にぼやけて行く。意識が保てない程の快楽に襲われる。

 言葉にならず悶えるラウルに、ユイは手応えを感じる。

 夫を満足させたいという気持ちが、自然にこんな事をさせている。最も忌み嫌っていた類の行為を!誰に教わった訳でもないのに、こんな事ができるのだから不思議だ。
 ラウルの悶絶する姿を目にしながら、ユイは冷静に思う。
――不安だったけど、ちゃんとできてるみたい。されるのはアレだけど、してあげるのは平気かも。私も変わったな~――

 観念したラウルは快楽に身を委ねる事にした。
 そして久方ぶりの一発目が放出されようとした瞬間、透かさず身を反転させる。

 突然動きを妨げられたユイは、驚いて目を瞬く。
「あっ、ラウル?」
 直後に吐き出された白濁する液を見て、しばし沈黙するユイだが、すぐに我に返る。
「良かった、気持ち良かったって事よね?」

――もっとスマートに処理したかったが…ユイの口内で射精する事態は、何とか避けられたな――
 その行為がオーケーなのかNGなのか確認が取れていない以上、する訳には行かない。
 ベッド上の惨劇を見てもなお、ユイは微笑んでいる。
 その様子にラウルは安堵の息を零す。

「ユイ…、おまえは我慢していないか?私だけが気持ち良くなっても嬉しくない」
「私は大丈夫よ。だってラウルのこんな姿は初めてで…」
「初めてで、…何だ」
 人生初の受け身姿勢に戸惑うしかないラウル。すでに40代に突入しているが、これが初である。

――たまんないんだもんっ!もっとイジメたくなる!――

「うふふ~っ!」ユイは不敵な笑いを零しただけで答えず。
 今しがた放出したばかりだというのに、ラウルの象徴は相変わらず逞しい姿を見せつけて、ユイを挑発している。
「まだまだ足りないって言ってるわ」
 勝気にそう言うと、ユイが反り立つ象徴に手を伸ばす。
 すぐに再開された執拗なシゴキに、堪らずラウルが声を上ずらせた。
「ああ…だから、そんなに動かすな、ユイ、待て…っ」

――見てるだけでヤバいでしょ、これは!――
「待ちませ~ん。覚悟!ラウル・フォルディスっ」

 ユイにおかしな欲が目覚めてしまった瞬間であった。

 そうして夫を蹂躙し満足したユイは、もう一つの行動に出る。
「ラウル、まだ動かないで。拭いてあげる」
「そんな事は私がする。おまえこそ寝ていろ」
「いいの!いつもしてくれてたから、今度は私がしてあげたいの。いいから寝てて!」
 今夜のユイは強気だ。新堂のお陰で随分元気になったが、こんな有無を言わせぬ発言は久しぶりだ。
 そんな姿がラウルには有り難かった。

 ユイが湿らせたタオルでラウルの局部を拭って行く。
 タオルは適度に温かくそれが思いのほか気持ち良くて、ラウルはようやく体から力を抜いた。

「以前の時のように、おまえの事を気にかけてやれず済まない」
「何?急に!新堂先生がいるんだから問題ないわよ。でしょ?」
「そうだが…。私としては、もっとおまえの世話を焼きたいよ」
「私の世話より子供達の相手をしてあげて」
「そうだな」
 我が子も大切だが、ラウルにとってはそれ以上にユイは特別なのだ。

――こんな事を考える私は普通ではないのだろうな。だが事実だ。この家にとってでなく、自分にとってというならば…――
 愛しい妻に甲斐がいしく世話を焼かれながら、改めてそう思うラウルであった。


 こんな夜が数え切れない程過ぎて、今ではラウルの弱い部分を熟知しているユイ。
 今夜もそこを執拗に攻め立てては快感を覚える。

 大の大人も震え上がる強大マフィアのボスが、自分の前で弱い姿を曝け出している。
――こんなラウルを見られるのは間違いなく私だけ!――
 いつしかラウルも同じような事を思って喜んでいた。似た者同士の二人である。

 冷静沈着ないつもの澄まし顔は紅潮して息を乱し、苦痛とはまた別の、快楽に抗えず苦悶の表情を作っている。

「ユイ、ああ…!やめろっ…」
「やめろ?いいの、やめても」強気に言い放つユイ。
「いや、やめるな!…あ、う…ユイ…」

――…ユイはマゾではなくサド…される方を好むと思ったのは間違いだった――
 ラウルは恍惚の意識の中でこんな事を思う。
 そしてユイのお陰で、自分にMの部分がある事に気づけたラウルであった。

 いつしかフォルディス夫妻の夜の営みは形勢逆転していた。

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