時世時節~ときよじせつ~

氷室ユリ

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29 禁断の誘惑 ※

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 ロシアに移住して数週間が過ぎ、ユイとの生活にも慣れてきた。
 この日、朝になりリビングに現れたユイは、どこか調子が悪そうだ。

「おはようユイ。どうした、顔色が良くないな」
「うん………」
 言い出しにくそうにしている。さてはアレか。俺にはすぐにピンと来た。
「月経痛か?」
「さすがはお医者さん、察しが良くて助かるよ。私って結構酷い方でさぁ。今日は出かけるの、無理かも……」
「無理する事はない。たまにはここでゆっくりしよう」優しく微笑んで言う。

 ソファーでぐったりしているユイに、飲み薬を差し出す。
「鎮痛剤を飲むといい」
 ユイが弱々しく手を伸ばして受け取り、薬剤シートを見ている。
「飲んでも効かないんだよね……。だから諦める。いいよ、出してくれたのにゴメンね」 
 渡した薬を返された。

「何だ、そんなに酷いのか。診察した方が良さそうだな」
「婦人科もできるの?新堂先生ったら、ビックリなんだけど!」
「オールマイティさ。年輪が違うからな、一般の医者とは?」これまで何人分の人生を歩んで来たと思っている?と付け加えて笑ってみる。学ぶ時間は無限にある。

 診察と聞いて怖気づいたのか、警戒心剝き出しのユイ。笑顔でゆっくり近づいて、その体を横抱きにして持ち上げた。
「ちょっと……、どこ行くの?病院はイヤよ!」
「寝室に戻るだけだよ」

 ユイをベッドに戻してカーテンを閉めると、たちまち部屋が暗くなった。

「先生、こんなに暗かったら見えないんじゃない?」
 婦人科の診察がどういうものか、まだ分かっていないようだ。つい悪戯心が湧いてしまう。そんな気持ちが顔に出ていたのか、ユイが探ってくる。
「……な、何よ?」
「なら照明を点けるか。俺はどっちでもいい。まあ、その方が楽しめる!」
「楽しめるってどういう意味?!待って、点けないで!」
 スイッチに手を伸ばすと、慌てた様子で制止された。

 ヴァンパイアは暗闇でも十分視界が利く。俺が気を遣った事にようやく気づいたようだ。それと、決してユイを辱めようとは考えていない。ただ、初心うぶな反応が楽しめそうだと思っただけだ。

「それじゃ脱がせるよ。力、抜いてて」
 はいていたスカートを捲り、両の膝を立たせてから下着に手を掛ける。
「あ!ダメ!経血が、その、漏れるでしょ……」
「気にするな」

 一先ず、様子を確認する事にする。意識を集中してヴァンパイアの視覚、聴覚を研ぎ澄ます。立てた膝の影でユイの顔は見えない。初めての婦人科健診に恥らう顔は、今は見ないでおいてやろう……などと、冷静でいられたのは束の間だった。

「あの……新堂先生?……まだ?ねえってば。恥かしいよ……」

 こんなユイの声は当然聞こえた。だが、答えもせずに目の前のものに目を奪われる。 
 彼女のその部分からしたたる経血の色は、とても食欲をそそる鮮やかな赤だ。

 耐え兼ねたのか、ユイは上体を起こそうと腕に力を入れた。それを即座に阻止する。
 体を押さえつけられた彼女は、俺のあまりの素早さと力に驚いた様子。怯えたユイの顔を見ていて我に返る。
 ……いけない、きちんと診察をしなくては。

「もう少し動かないでくれ。あと、静かにして。音を良く聞きたいから」
「音?」
 質問に答えずに呟く。「……経血が邪魔をして見えないな。拭わないと……」
「先生?」

 さらに大きく股を開かせ、赤い液の出所を露出させて指で探る。
「ちょ、ヤダ、んん……っ、くすぐったい!」
「じっとしているんだ」
「い、いや……っ。やめて!」

 先程の再確認はムダに終わったようだ。この時はもう診察をしている感覚はなく、目の前の魅惑的な赤色の液に夢中になっていた。
 俺は彼女の経血を拭うために、無意識にそれを舐め取っていたのだ。冷たい舌に、温かく柔らかな感触と甘い香りが広がる。

「痛いっ!!」
 この声を受けて、一瞬で正気を取り戻した。

 待て、俺は今、何をした?

 彼女の両膝に乗せた手から力を抜いた途端、ユイは上体を起こして顔を強張らせる。
「……先生……何したの」
「ああ、ユイ、済まない。診察どころか、おまえの処女膜を……」
 つい勢いがついて、奥まで舌が入ってしまったようだ。

 シーツには、すでに真っ赤な血のシミが作られている。どこか損傷したのか、経血なのか一見しただけでは分からない。
 ユイもそれを見つめている。これまでに見たどれよりも恐怖を感じている顔だった。

 勢い良く起き上がったユイが俺を振り払う。
「何をしたの!……説明、して」
「信じてくれ、診察のために経血を拭おうとした、それだけだったんだ。……その、匂いがあまりに魅力的で、無意識に味わっていた」
 こんな言い訳がましい答えで、納得してくれるはずがない。

 俺は何て事をしたんだ……!

「どうかしてる!そんなの、そんなのを味わうだなんて……」
「その通りだ。しかもこんな結果になってしまって……本当に済まない」
 その場から力なく立ち上がり、ドアに向かおうとした。合わせる顔がない。こんな事で主治医が務まるものか!

 ところがユイの言い分は違った。
「どこ行く気?ダメよ先生。ちゃんと診察して。こんな事されて行かれちゃったら、私どうすればいいの?」
 立ち止まって振り返る。すでに彼女の顔からは、羞恥心のもたらす赤みはすっかり消えて、青ざめていた。
 そうだ。ユイは体調が優れないんだった。

「こういう事、経験ないんだからね?……責任とってよ、新堂先生」
 何の反応も示さない俺にこう付け加える。「……さっきの案外、気持ち良かったり、したんだから……」
 俺は大きく目を見開いた。「ちょっと待て。今のは聞き間違いだよな?」
「違うと思うよ!」再びユイの顔に赤みが差している。

「軽蔑しただろ?こんなヤツが医者なんてって。俺は人間じゃないんだ。これからも時として、人が思いつかないような事をしてしまうだろう」
「ちょっとビックリしただけだよ。その、経験、ないからさ……。人だって、いっぱいバカな事するよ。気にする事ない。それに、ここまで来たらもう断れないでしょ?」

 責任を取れ、つまりきちんと抱けという事か……。これは安易に断れなくなった。

「ユイ……。いいのか?本当に」
「逆に、何が良くないのか教えて欲しいわ。だって先生、今私の事、ケガさせた訳じゃないでしょ?」
「分からない。ちゃんと診せろ。それから判断する」

 今度はきちんと、舌ではなく脱脂綿で経血を拭った上で、慎重に診察をした。
「少し赤くなっている程度だ。舌を強く入れすぎた、申し訳ない……」
「恥かし~っ!!いいから!具体的な事は言わなくて!」赤面してシーツに顔を埋める。
 そんな彼女を穏やかに見つめて結果を伝える。
「とにかく、傷はなさそうだ」

「それでも、本当に済まなかった。ユイの大事な初体験が台無しだな」
「ううん。むしろこれで良かったかも。ホントはさ、怖かったんだ、その初体験が」
「怖かった?」
「だって、痛いって聞いてたし。その、処女膜?破る時に血が出るとか出ないとか」

 年頃の女子の間では、そういう話題で盛り上がっているのか。
 きちんとした情報を教えるために、今度講習会でも開いてやろうか! 

「処女膜というのは、曖昧な部分でとても薄いものだ。このヴァンパイアの繊細な舌は容易に判別できるが、する側もされる側も、通常はそんな感覚はない」
「でも、すごく痛かったよ……?」
「それはさっきも言ったが、強く入れすぎたせいだろう」
「そうだったんだ。いろいろ分かって安心した。恋人が医者で良かったって、今初めて思ったわ」

 それはそれは、恐れ入るね。大の医者嫌いの朝霧ユイ!

「それで?どうだったの」唐突にユイが話題を変える。
「何が?」
「だから……味、どうだったかって聞いてるの!」
 俺は酷く驚いた。また素の姿を晒したかもしれない。幸いな事に、ユイはそれほど怯えた顔はしていなかった。

「ほら!経血って、血だけじゃなくて老廃物が混じってるんでしょ?不味いんじゃないかと、思って……」
 そういう意味か。全くおまえは、意表を突くのが本当に上手いな!
「確かに。いい趣味とは言えないな」
「だけどさぁ、そんなのを味わったヴァンパイアって、今までいたのかな」
「さあ。聞いた事ないな」肩をすくめて即答した。

「なら、新堂先生が初ね。ステキじゃない?何事も、初めてチャレンジするって!」
「相変わらずプラス思考だな、ユイは……」
 こんなユイだからこそ、俺はいつでも救われるんだ。例え失態を冒しても。

「味の方だが、なかなかだったよ」そう伝えてウインクを飛ばした。

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