時世時節~ときよじせつ~

氷室ユリ

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34 叶わぬ願い(1)

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 日曜日。ユイの携帯に国際電話がかかっていた。

〝もしもし……?〟不審な声を出して応じるユイ。
 別室でそんな様子を聞いていると、どうやら電話の相手がミサコだと分かる。
 ミサコの声もこの耳には良く聞こえる。

〝ユイ!元気にしてる?どう、新堂先生とはうまくやってるの?〟
〝お母さん!元気よ。もちろん順調。そっちは?まさか私に弟か妹ができたとか言わないよね~?〟
〝さすがにないわ。残念だったわね。それよりあなた達、婚約したままだけどいつ式を挙げるの?新堂先生は何か言ってない?〟

 そろそろ指摘される頃だとは思っていた。正直に言うと、このまま有耶無耶にしてしまいたとも思う。永遠に年を取らない夫など、どう考えても変だろう?
 ユイはこの件に関して何も言ってこない。どう考えているのか知る良い機会だ。

〝お母さん。冷静に考えてみてよ。十代で結婚する人ってどんな人達か!〟
〝まあ……できちゃった人達、かしら?〟
〝いい線行ってる。イヤなの、そういう勢いでしちゃう、みたいなの。私はもう少し大人になってからしたいって思って……〟

 なるほど、そんな事を思っていたのか。俺としてもユイにはもっと成長して欲しいと願っているよ。いろいろな意味で。

〝でも、しといた方がいいんじゃないの?できちゃった後じゃ、それこそどうなの?〟
〝でっ!できないから!ちゃんと考えてくれてるし。だってお医者さんよ?彼は〟
 慌てて否定している。もちろんそういったコントロールはできる。もっともヴァンパイアには必要ないが。

 ここで生まれる疑問は、ヴァンパイアが子供を作れるのかというものだろう。答えはノーに決まっている。
 
〝お正月に、おばあちゃんの所で会いましょう。ちょっと、聞いてる?ユイ〟
〝え?あ!うん、おばあちゃんね〟
〝新堂先生も一緒によ?〟

 電話を終えて少しすると、ユイが俺の所にやって来た。

「ミサコさんが心配するのも最もだな。別の事に気が行っていて忘れていたよ」
「別の事?エッチの事?私の身辺警護?」
 そんな彼女の質問を流して呟く。「婚約したからには、いずれ式を挙げる必要はある。だが……」ユイの意向と俺の意向はほぼ一致している。結婚はまだ先で良いと。
「ごめんなさい。こっちからプロポーズしておきながら、結婚は待ってとか意味分かんないよね……」リングの嵌まった左手中指を強く握って言う。

「気にしなくていい。それにミサコさんが心配している、もう一つの件も」
「それって、できちゃった婚の事?」
「ああ。こればっかりは可能性はゼロだ。黙っていた俺も悪い。もし不満ならば今からでも婚約を解消し……」
 ここまで言った時、ユイが勢い良く言い放った。
「しません!そうじゃないかって思ってたし。大丈夫、私は」

 私は。ユイは納得するのだろうが、ミサコはどうなのだろう。きっとユイもそう考えたはずだ。親に孫の顔を見せてやれないと。
「結婚は急ぐ事はない。ユイがしたいと思った時でいい。人にはそれぞれの事情があるものだよ。そのくらいは大目に見てくれるさ」今は、それについて考えるのはやめよう。
「ありがとう」ユイはこう言って微笑んだ。



 そして年末を迎える。寒い時期、ユイと共に過ごすのはとても気が引ける。

「寒くないか?」
「大丈夫よ。先生ったら、出会った頃じゃないのよ?私だってちゃんと学習してるんだから。そう心配しなくても大丈夫!」
 聞いても聞いても、また数分後には心配になるのだ。凍えさせてはいないかと。

 今、車でミサコの実家へ向かっているところで、その車内でのやり取りだ。

「ミサコさん達に挨拶して、少ししたら行くよ」
「ホントに行っちゃうの?泊まってけばいいのに」
「そうは行かない。家中の全員を、凍死させる訳にはいかないだろ」
「言いすぎよ。あなたは雪女か何かだった?」

 それだけではない。地方の高齢者には関わりたくない。伝説や言い伝えが今も語り継がれており、人間以外の存在にも敏感な場合が多い。
 ユイもそれを分かってくれたとみえて、それ以上は何も要求してこない。

「何かあればすぐに来れる場所にいるから、前みたいに呼ぶんだ。いいね?」
「うん!ありがと、センセ!」


 車を見つけたミサコが、目を輝かせてこちらに走り寄る。

「新堂先生!ご無沙汰しております。娘はどうですか?ご迷惑かけてません?」
「ちょっとお母さん、私より先に先生?酷くない?」ユイがムッとして言い返す。
 そんなユイを横目に、きちんと挨拶を返す。
「こちらこそご無沙汰して済みません。ミサコさん、いやお母さん。先生はやめてください。私はあなたの息子になるのですから」

「あら、そうだったわ。でもねぇ……。先生は先生よ。ねえユイ?」
「私もいまだに新堂先生って呼んでる。和矢さん、とか呼べな~い!先生は先生でしょ。ね?新堂センセ!」ミサコと全く同じ事を言う。頭の中までそっくりな親子だ! 
 俺は肩を叩かれて、わざとよろめいて見せた。通常こんな力では動じないのだが、少し遊んでやろう。

「まあユイ!先生を叩くんじゃありません!全く乱暴ね。ちっとも成長してないじゃない?どういう事?」その後もブツブツ小言が続く。
 おっと、やり過ぎたか。「まあまあミサコさん。ユイは決して乱暴ではありませんよ。今も軽く触れただけですし?」
 ユイに悪戯っぽい笑みを向けると、赤面して下を向いた。

「ごめんなさいね、私の躾がどうも行き届かなかったみたいで。あの男が余計な事をいろいろと吹き込んでくれたお陰で!」
「お母さん!キハラの悪口は禁止!助けになってくれた事だっていっぱいあるでしょ」

 そんな会話は中断される。玄関から女児が一名、満面の笑みで飛び出して来たからだ。

「ユイお姉ちゃ~ん!早く遊ぼ!マナミ、待ちくたびれたぁ」
「きゃ~!久しぶり、マナミちゃん。背、伸びたねぇ」
 駆け寄った女児の頭に手を乗せてユイが言う。自慢げに両手を腰に当てるマナミ。
 従姉妹のようだ。顔は全然似ていない。

 その後から続々と親族が顔を出す。俺は控え目に頭を下げて応対した。
 最後に現れた高齢の男女は、他の親族達と態度が違った。明らかに俺を警戒している目だ。あえて目を合わせずに会釈した。やはり予想通りか。
 俺の姿を一目見ると、男性の方はすぐに家に入ってしまった。その後を女性が追った。

「ねえお姉ちゃん、一緒にタマ探して!急にいなくなっちゃったの」
「え?タマ?」
 ユイが俺を振り返る。彼女にだけ分かるくらいの動きで首を横に振る。俺がこの場から消えれば、タマは戻って来ると。
「大丈夫、探さなくても戻って来るわ」どうやら俺の言い分が伝わったようだ。

 しばし歓談の後、俺は宣言通り出かけた。一キロ圏内に留まれば会話は聞こえる。

〝残念ね……。今度こそお料理ご馳走しようと思っていたのに〟
〝しょうがないよ、こういうの良くあるの。だって彼は優秀な外科医だから。あちこちから引っ張りだこなの!〟
 ユイまでこんなウソが上手くなってしまった。 
〝だってお正月なのに?〟
〝お母さん、ケガ人病人に暮れも正月もないって!〟

〝ユイ~!タマ、戻って来たよ!外寒いのにどこ行ってたの?〟
〝散歩でしょ、散歩!さあマナミ、何して遊ぶ?〟

 やはり俺は、一緒にはいられない。

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