20 / 48
二.終わりのない歌を願う
19.忘れ物を見つけに
しおりを挟む
聖が去っていた後も、僕は祐人の芸をみていた。もっとも芸といっても、いまやっているのは練習だ。本格的なものではないし、失敗したり組み直したりしてやり直しも多い。
それでも僕は祐人の芸を見つめていた。
ひなたといる時も同じように祐人の芸を見ていたなとも思う。
やがて日も沈みはじめ、空が茜色に染まる。
それでも僕はただ側に座り込んで、彼の芸を見ていた。
いや本当は見てはいなかったのかもしれない。何か頭の中が混乱していて、漠然と目の前を見つめていただけだ。
三月六日。ひなたが大会に出るはずだった日だ。けど僕はその大会にひなたが出たのかどうかは覚えていない。
その日、僕は事故に合った。
いまだに事故の事は思い出せない。何があったのか。どんな事故だったのか。両親も聖も美優も何も話してはくれなかった。聖や美優は本当に知らないのかもしれないし、両親だって何も知らないのかもしれない。
僕の中にある記憶は、ただ空を飛んだ記憶。
空を飛ぶなんて、人間に出来るはずはない。だからこの記憶はどこか高い場所から飛び降りたのだろう。
そのあとに海に沈んで、息ができなくて、ただ苦しさを覚えた記憶も残っている。
聖も美優も、両親すらもはっきりとは言わなかった事故の原因。そして高いところから飛んだ記憶。
それから推論される理由。
――僕は、死のうとした?
でもそれもおかしな話だ。僕には自殺するような理由は何一つないはずだった。特に悩みがあった訳でも、いじめにあっていた訳でもない。死を選ぶ理由がない。
それとも忘れてしまった記憶の中に、それに繋がる何かがあったのだろうか。
思い出せない。思い出したくないような気もする。もし僕が死を選ばなくてはいけないほどの辛い想いをしたなら、思い出さないでいる方が幸せなのかもしれない。
ただそれでも僕の中で膨らんでいく感情があった。その感情を抑えられずに、僕は思わずつぶやいていた。
「ひなたに、会いたい」
震えた声でつぶやく。彼女に会えば何かがわかる気がしていた。何かを見つけられるかもしれない。でも本当はそんなことよりも、ただ彼女の笑顔を見たかった。
僕の漏らした声に、祐人は練習の手をとめて、それからはっきりとした声で答える。
「そんなに会いたいなら、会いにいけばいいじゃないか」
祐人の声は当然の事を告げるかのように、平然としたものだった。
確かにどうして僕は悩んでいるのかわからない。ここで考えていたとしても、何も進むわけではない。
ただ彼女の手かがりは、特にない。覚えているのは名前と、つながらない電話番号とメールアドレスだけだ。ライムのアカウントはすでに削除されていたから、連絡をとる方法は何もない。
どうやって会えばいいのだろうと思い悩む僕に、しかし祐人はゆっくりと告げる。
「本当に会いたいなら、探したらいい。君はあの子の名前を覚えているんだろ。なら探しようだってあるはずだ。僕達が住んでるこの町はそんなに大きな町じゃない」
祐人はそばに置いてある人形を拾い上げる。
『そうだぞ。諦めるなんていうのはいつだって出来る。しかしそれは終わりと言う事なのだよ。そこからは何も始まらない』
祐人の腹話術の人形が話し始めていた。
気軽に感じられるように、あえて腹話術で話しているのかもしれないし、練習の一巻として話しているのかもしれない。
だけどなんだか本当に人形が話しているかのようなその声は、同世代の男の子でなくて、本当に温かい大人から励ましの声のようにも思えた。
「……そうだね」
僕は静かにうなづくと、拳をぎゅっと握りしめた。
明日で学校は終わり夏休みになる。時間はいくらでもあった。
ひなたの名字は綾瀬なんていう、ちょっと珍しい名字だ。この町にそう何軒もはいないだろう。最悪しらみつぶしに探せば、いつかは見つけられるはず。
時間はかかるだろう。簡単にはいかないかもしれない。だけど全ての家を探せば、いつかは見つかるだろう。
ひなたに会いたかった。どこかに置いてきてしまった忘れ物を見つけたかった。
明日からの時間は、ひなたを探そう。
僕は心の中で決めていた。
この時、僕は考えてもいなかった。ひなたを探す事が、ひとつの事を終わりに近づけているだなんてことは。
それでも僕は祐人の芸を見つめていた。
ひなたといる時も同じように祐人の芸を見ていたなとも思う。
やがて日も沈みはじめ、空が茜色に染まる。
それでも僕はただ側に座り込んで、彼の芸を見ていた。
いや本当は見てはいなかったのかもしれない。何か頭の中が混乱していて、漠然と目の前を見つめていただけだ。
三月六日。ひなたが大会に出るはずだった日だ。けど僕はその大会にひなたが出たのかどうかは覚えていない。
その日、僕は事故に合った。
いまだに事故の事は思い出せない。何があったのか。どんな事故だったのか。両親も聖も美優も何も話してはくれなかった。聖や美優は本当に知らないのかもしれないし、両親だって何も知らないのかもしれない。
僕の中にある記憶は、ただ空を飛んだ記憶。
空を飛ぶなんて、人間に出来るはずはない。だからこの記憶はどこか高い場所から飛び降りたのだろう。
そのあとに海に沈んで、息ができなくて、ただ苦しさを覚えた記憶も残っている。
聖も美優も、両親すらもはっきりとは言わなかった事故の原因。そして高いところから飛んだ記憶。
それから推論される理由。
――僕は、死のうとした?
でもそれもおかしな話だ。僕には自殺するような理由は何一つないはずだった。特に悩みがあった訳でも、いじめにあっていた訳でもない。死を選ぶ理由がない。
それとも忘れてしまった記憶の中に、それに繋がる何かがあったのだろうか。
思い出せない。思い出したくないような気もする。もし僕が死を選ばなくてはいけないほどの辛い想いをしたなら、思い出さないでいる方が幸せなのかもしれない。
ただそれでも僕の中で膨らんでいく感情があった。その感情を抑えられずに、僕は思わずつぶやいていた。
「ひなたに、会いたい」
震えた声でつぶやく。彼女に会えば何かがわかる気がしていた。何かを見つけられるかもしれない。でも本当はそんなことよりも、ただ彼女の笑顔を見たかった。
僕の漏らした声に、祐人は練習の手をとめて、それからはっきりとした声で答える。
「そんなに会いたいなら、会いにいけばいいじゃないか」
祐人の声は当然の事を告げるかのように、平然としたものだった。
確かにどうして僕は悩んでいるのかわからない。ここで考えていたとしても、何も進むわけではない。
ただ彼女の手かがりは、特にない。覚えているのは名前と、つながらない電話番号とメールアドレスだけだ。ライムのアカウントはすでに削除されていたから、連絡をとる方法は何もない。
どうやって会えばいいのだろうと思い悩む僕に、しかし祐人はゆっくりと告げる。
「本当に会いたいなら、探したらいい。君はあの子の名前を覚えているんだろ。なら探しようだってあるはずだ。僕達が住んでるこの町はそんなに大きな町じゃない」
祐人はそばに置いてある人形を拾い上げる。
『そうだぞ。諦めるなんていうのはいつだって出来る。しかしそれは終わりと言う事なのだよ。そこからは何も始まらない』
祐人の腹話術の人形が話し始めていた。
気軽に感じられるように、あえて腹話術で話しているのかもしれないし、練習の一巻として話しているのかもしれない。
だけどなんだか本当に人形が話しているかのようなその声は、同世代の男の子でなくて、本当に温かい大人から励ましの声のようにも思えた。
「……そうだね」
僕は静かにうなづくと、拳をぎゅっと握りしめた。
明日で学校は終わり夏休みになる。時間はいくらでもあった。
ひなたの名字は綾瀬なんていう、ちょっと珍しい名字だ。この町にそう何軒もはいないだろう。最悪しらみつぶしに探せば、いつかは見つけられるはず。
時間はかかるだろう。簡単にはいかないかもしれない。だけど全ての家を探せば、いつかは見つかるだろう。
ひなたに会いたかった。どこかに置いてきてしまった忘れ物を見つけたかった。
明日からの時間は、ひなたを探そう。
僕は心の中で決めていた。
この時、僕は考えてもいなかった。ひなたを探す事が、ひとつの事を終わりに近づけているだなんてことは。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活
まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開?
第二巻は、ホラー風味です。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻「夏は、夜」の改定版が完結いたしました。
この後、第三巻へ続くかはわかりませんが、万が一開始したときのために、「お気に入り」登録すると忘れたころに始まって、通知が意外とウザいと思われます。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる