三十六日間の忘れ物

香澄 翔

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二.終わりのない歌を願う

19.忘れ物を見つけに

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 ひじりが去っていた後も、僕は祐人ゆうとの芸をみていた。もっとも芸といっても、いまやっているのは練習だ。本格的なものではないし、失敗したり組み直したりしてやり直しも多い。

 それでも僕は祐人の芸を見つめていた。
 ひなたといる時も同じように祐人の芸を見ていたなとも思う。

 やがて日も沈みはじめ、空が茜色に染まる。
 それでも僕はただ側に座り込んで、彼の芸を見ていた。

 いや本当は見てはいなかったのかもしれない。何か頭の中が混乱していて、漠然と目の前を見つめていただけだ。

 三月六日。ひなたが大会に出るはずだった日だ。けど僕はその大会にひなたが出たのかどうかは覚えていない。
 その日、僕は事故に合った。

 いまだに事故の事は思い出せない。何があったのか。どんな事故だったのか。両親も聖も美優も何も話してはくれなかった。聖や美優は本当に知らないのかもしれないし、両親だって何も知らないのかもしれない。

 僕の中にある記憶は、ただ空を飛んだ記憶。
 空を飛ぶなんて、人間に出来るはずはない。だからこの記憶はどこか高い場所から飛び降りたのだろう。

 そのあとに海に沈んで、息ができなくて、ただ苦しさを覚えた記憶も残っている。
 聖も美優も、両親すらもはっきりとは言わなかった事故の原因。そして高いところから飛んだ記憶。
 それから推論される理由。

 ――僕は、死のうとした?

 でもそれもおかしな話だ。僕には自殺するような理由は何一つないはずだった。特に悩みがあった訳でも、いじめにあっていた訳でもない。死を選ぶ理由がない。

 それとも忘れてしまった記憶の中に、それに繋がる何かがあったのだろうか。

 思い出せない。思い出したくないような気もする。もし僕が死を選ばなくてはいけないほどの辛い想いをしたなら、思い出さないでいる方が幸せなのかもしれない。

 ただそれでも僕の中で膨らんでいく感情があった。その感情を抑えられずに、僕は思わずつぶやいていた。

「ひなたに、会いたい」

 震えた声でつぶやく。彼女に会えば何かがわかる気がしていた。何かを見つけられるかもしれない。でも本当はそんなことよりも、ただ彼女の笑顔を見たかった。

 僕の漏らした声に、祐人は練習の手をとめて、それからはっきりとした声で答える。

「そんなに会いたいなら、会いにいけばいいじゃないか」

 祐人の声は当然の事を告げるかのように、平然としたものだった。
 確かにどうして僕は悩んでいるのかわからない。ここで考えていたとしても、何も進むわけではない。

 ただ彼女の手かがりは、特にない。覚えているのは名前と、つながらない電話番号とメールアドレスだけだ。ライムのアカウントはすでに削除されていたから、連絡をとる方法は何もない。

 どうやって会えばいいのだろうと思い悩む僕に、しかし祐人はゆっくりと告げる。

「本当に会いたいなら、探したらいい。君はあの子の名前を覚えているんだろ。なら探しようだってあるはずだ。僕達が住んでるこの町はそんなに大きな町じゃない」

 祐人はそばに置いてある人形を拾い上げる。

『そうだぞ。諦めるなんていうのはいつだって出来る。しかしそれは終わりと言う事なのだよ。そこからは何も始まらない』

 祐人の腹話術の人形が話し始めていた。
 気軽に感じられるように、あえて腹話術で話しているのかもしれないし、練習の一巻として話しているのかもしれない。

 だけどなんだか本当に人形が話しているかのようなその声は、同世代の男の子でなくて、本当に温かい大人から励ましの声のようにも思えた。

「……そうだね」

 僕は静かにうなづくと、拳をぎゅっと握りしめた。
 明日で学校は終わり夏休みになる。時間はいくらでもあった。

 ひなたの名字は綾瀬あやせなんていう、ちょっと珍しい名字だ。この町にそう何軒もはいないだろう。最悪しらみつぶしに探せば、いつかは見つけられるはず。

 時間はかかるだろう。簡単にはいかないかもしれない。だけど全ての家を探せば、いつかは見つかるだろう。

 ひなたに会いたかった。どこかに置いてきてしまった忘れ物を見つけたかった。

 明日からの時間は、ひなたを探そう。
 僕は心の中で決めていた。

 この時、僕は考えてもいなかった。ひなたを探す事が、ひとつの事を終わりに近づけているだなんてことは。
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