矢倉さんは守りが固い

香澄 翔

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第十三局 何でも矢倉さんの守りは固い

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「やっほー、またきたよー」

 大きな声と共に、木村きむら先輩が扉を開いた。
 ……またきた。またきてしまったか。今日も嵐がきてしまった。

矢倉きむらっちは今日も可愛いね!」

 言いながら矢倉さんの頭をなで回している。木村先輩のこれは基本的にお約束だ。
 とりあえず今日の来訪は矢倉さんも知らなかったらしく、嬉しそうな顔を覗かせていた。

「美濃っちも、可愛い可愛い」

 ぐりぐりと頭をなでられる。

「やめて下さいよっ。髪が崩れます」
「まぁまぁこれも親愛の表現だから。愛情表現ってやつ」
「木村先輩の愛は軽いのでいらないです」

 楽しそうに告げる木村先輩に、僕はぷいっと顔を背ける。

「お。なんだ。反抗期か。まぁ、でも嫌よ嫌よも好きのうちっていうし。私の愛は無限大だから、受け取るがよい」

 木村先輩が僕の頭を腕の中に抱きかかえるようにして、自分の方へと寄せる。

「わぁ。やめてくださいよっ」

 それ当たる。当たるから。どことは言わないけど、当たるから。

「いま意外と大きいんだな、とか。ふっくらして柔らかいとか思ったか。思ったね」
「ノーコメントです!」

 思いましたけど答えません。この人は確実にわかってやっているんだから、答えると思うつぼだ。だから絶対そんなことは言わない。

「当ててんのよ」
「ノーコメントです!!」

 ああ。もうこの人は。矢倉さんの前でなんてことを。
 しかし矢倉さんは大して気にした様子もなく、にこにこと僕と木村先輩のやりとりを見つめていた。
 止めてくれそうもないし、木村先輩と僕がふれ合っていても気にしている様子もない。

「こうしてみていると、二人は姉弟みたいですね」

 矢倉さんは楽しそうだ。

「木村先輩と姉弟だなんて、やめてください」
「こんなに素敵なお姉さまができて、照れてるのね。そんな事言われたら照れるー」

「照れてませんっ!」

「ところで矢倉っちと美濃っちはどこまで進んでいるの? もうちゅーくらいした?」
「セクハラ親父か、あんたは!?」

 ぜいぜいと荒い息を吐き出しながら、木村先輩から離れる。
 この人は危険。危険だ。

「えー。でも美濃っち、矢倉っちの事好きでしょ?」
「ちょ、何いってるんですか、何いってるんですか!?」

 思わず二度つぶやいてしまう。本当にこの人は何を言っているんだ。
 顔が真っ赤に染まっている気がする。この状態ではとても矢倉さんの方は向けない。

「密室に男女二人、何も起こらない訳も無く。見つめ合った二人は愛の営みを」
「やめてください。訴えますよ!?」
「えー」
「えーじゃありません!」
「しょうがない。訴えれたら困るし、この辺にしておこう」

 僕をからかうのも飽きたのか、木村先輩は矢倉さんの前に腰掛ける。

「で、矢倉っち。どこまでいったの?」
「木村先輩!!!」

 ほとんど叫ぶようにして声を張り上げると、木村先輩を矢倉さんから引きはがす。
 ああ、もうこの人がくるといつもこうだ。落ち着く時間がない。

「あーれー。お殿様、お許しを~」

 言いながら自分でくるくる回っていた。たぶん帯を回してほどかれているという事なのだろう。わかるけど意味がわからない。

「本気で怒りますよ!?」
「ええー。怒られたら香奈かなかなしい。あ、かなかなってセミみたいだよね。ツクツクホウシツクツクホウシ」
「昨日もうそのネタやりました。セミは食べませんからね!」

「じゃあハチの子にしておくね。日本の珍味だぜ」
「自分で食べて下さいよ」

「嫌だよ。虫食べるの怖いもん」
「そんなの、人に食べさせないでくださいよ」

「美濃っちならいける! 君はやれば出来る男だ!」
「そんなことで褒められても嬉しくありません!」

 ぜいぜいと荒い息を吐き出しながら、つっこみ疲れて肩を落とす。

「まぁ、それはそれとして。そろそろ大会も近いからさ。将棋部としても、特訓をしたいと思う、と菊水きくすいくんが言っていたので合宿をしたいと思う!」
「は、合宿ですか? 将棋部で?」
「うん。今度の連休を利用して、泊まり込みできゃっきゃうふふしたいの」

 木村先輩が何かろくでもない事を言っていた。

「特訓するんじゃなかったんですか!?」
「だってー。正直さー。最近勉強しかしていないから、息抜きしたいんだよー……。もういやだー……」

 先輩は何だか頭を抱え込んでいた。
 木村先輩は菊水先輩と同じ超難関大学を受験するらしい。それでかなり勉強をしているらしいのだけれど、確かに木村先輩の柄だとは思えない。そんなところよりも、家から近い大学とかを選びそうな気がする。

 意外と成績優秀だとの話は聴くのだけれど、そこまで苦労して勉強する性格には思えなかった。
 そんなことを思っているとひっそりと矢倉さんが耳打ちしてくる。

「木村先輩は菊水先輩と同じ大学に行くために、普段からものすごい勉強をしているんです」
「ああ……なるほど」

 ああみえて菊水先輩はかなり優秀な人で実は生徒会長もやっていたりする。菊水先輩が将棋部にあまりこないのは、それも理由の一つではある。

 菊水先輩なら超難関大学もたぶん簡単に合格してしまうのだろう。だから同じ大学にいくためには、木村先輩はかなり勉強しない訳にはいかないのだ。

「もういやだー……。ストレスがたまってるんだよ。高校生活最後の生活でくらい、私も人並みにきゃっきゃうふふしたいんだよ。だから合宿。合宿なんだよ。だからいいでしょ。美濃っち。合宿しようよ。そして湖畔の旅館とかにいって、そこから将棋部を巻き込んだ凄惨な事件に巻き込まれて、美濃っちが最初の犠牲者になるんだ」

「突然殺さないでください」
「犯人は私」

「だから殺さないでください」

 ため息をもらす。
 それでも木村先輩がかなり追い詰められているのはわかった。

「わかりましたよ。じゃあ合宿やるんですね」
「わかってくれたか。心の友よ」
「後輩ですから、心の友ではないです」
「んじゃ、予定あけといてねー。合宿についてはいちごにも話しておくからね」

 木村先輩は急に立ち直ると、またひらひらと手をふって部室を後にしていく。
 毎回来るたびに嵐のように去って行く人だ。

「あ、あれ。そういえば矢倉さんは合宿は大丈夫だったんですか?」

 木村先輩は矢倉さんには特に同意をとらなかったし、矢倉さんも何も言わなかった。

「私は昼にあった時にきいてましたから。合宿とかしたことないので、私もちょっとしてみたいなって思いました」

 矢倉さんは口元を少しだけほころばせる。
 ああ、こんな様子も綺麗だなと思う。

 合宿か。でもそれはそれで楽しみかもしれない。矢倉さんと一日一緒なんてとても嬉しい。
 そのあと矢倉さんと沢山将棋を指したけど、結局一度も勝てなかった。

 何でも矢倉さんの守りは固い。
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