矢倉さんは守りが固い

香澄 翔

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第十九局 木村先輩の深夜の相談

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「明日の予定はこんなところでいいかな」

 私は目の前の男の子に向けて話しかける。

「そうだね。香奈かなちゃん。これでいこう」

 男の子は私に向けてうなずくと、それから広げていたタブレットの電源を落とす。
 部長と副部長らしく、二人で今後の予定について話し合っていた。皆はたぶんもう布団に入っているだろう。

「ねー。聡太そうた

 目の前の男の子の名前を呼ぶ。
 菊水きくすい聡太。それが彼の名前。

「なんだい、香奈ちゃん。お腹でもすいたかなー」

 男の子は私に答える。確かにお腹は空いた。夜食が欲しいところだ。でもそういう事じゃない。
 彼は私の事をどう思っているのだろうか。二人きりの時だけ名前の呼び方を変えているのには気がついているのだろうか。

 男の子――聡太はいつもこうだ。私の気持ちには気がつかない。

 学校も部活まで一緒になって、大学まで同じ場所にいこうとして、これだけ一緒にいたいアピールしているというのに、何も気がついてはいない。

 それとも本当は気がついているのだけど、その気がないから気がつかないふりをしているのだろうか。それもありえるかもしれない。

 何せ頭が良くて顔もいい。生徒会長なんてやっている。ふわふわしたしゃべり方はあれだけど、端から見ていればイケメンの部類だろう。ついでに将棋も強い。

 一方、私はいえばまぁうん。見た目はそれなりだと思うけど。何せ性格がこれだ。
 女の子とは思われていないのかもしれない。

「聡太には好きな子とかいないの?」

 直球で訊いてみる。たぶんからめ手では効果が無い。もうこうなったらまっすぐいくしかない。旅先だけに少し気持ちが開放感があったのも影響していたのかもしれない。

「うーん。好きな子は特にはいないかな? あんまりそういうの考えたことないや」

 聡太は少し首をかしげると、少し考え始める。

「少しくらい気になる女子とかもいないの?」
「んー? そういう意味だと香奈ちゃんが一番気になるけど」
「ちょっ……!? え!?」

 突然の言葉に顔が赤くなるのを感じていた。

「香奈ちゃん、すぐ暴走するからほっておけないよね。気になるよー」
「……」

 私の感情を返せ。
 一度こう首締めてつるしあげてやろうか。こいつは。
 なんで私はこう面倒くさいやつに惚れたんだ。つか、まぁ、私もたいがい面倒くさいやつだとは思うけど。

「あと里見さとみも気になるよ。あの子、けっこう指し筋はいいんだけど、こう自分の力はここまでって、決めてしまっているところがある感じでさー。もう少しがんばれば伸びると思うんだけどなー」

 いちごも同列に並べられてしまった。幼稚園からの幼なじみと高校からの後輩は同列ですか。いや下手したら私の方が下じゃね。これ。

 ああ、もう。脈ないな。私。でもこれで諦められるんだったら、幼なじみ続けてないっていうの。

矢倉やぐらはほっておいても大丈夫かな。あの子はまだ伸びると思うし、それにたぶん全力出せば僕より強いんじゃないかな。本人意識していないと思うけど先輩ってことで、無意識のうちに手加減して顔を立ててくれてるところもあるかもねー。本人アマチュア四段っていってたけど、たぶん本当はもう少し強いんじゃないかな。たまにあの子の読みについていけないときあるよ」

 聡太はどこまでいっても、将棋部の部長らしい。基準が将棋だ。
 まぁ聡太のおかげで私もそれなりに将棋は好きだけどさ。聡太が好きだから好きな訳で、私の一番は将棋じゃないんだよなぁ。

美濃みのは今はまだ弱いけど、伸びしろは大きいと思う。だいぶん定跡も覚えてきたしね。将棋覚えて数ヶ月の割には、かなり強くなったと思う」

 男まで入ってきましたよ。この人は。気になる女子っていったろうが。

「ま、でも一番は香奈ちゃんかな。何せ幼なじみだし、腐れ縁だしね。こんなにずっと一緒にいるのは香奈ちゃんだけだしねー」

 人の気も知らないで、なんてこというんだこいつは。勘違いするだろうが。おい。
 たぶんこれでそういう気はないんだぜ。こいつ。いっかいはったおしてやろうか。たく。
 ……ま、そんな事思いながらもまんざらでもない私もいる。ああ、もう。私ってばチョロいな。

「ところでどうして急に好きな子の話?」

 どの口でそういう事をいうのか。殺してやろうか。こいつは。ほんとに。もう。
 聡太の事が好きだからに決まってるじゃない。気付けよ。まったく。
 でもそんなこと言える訳も無い。言えるなら、もうとっくに言ってる。

「聡太はけっこうモテるからさ。誰かいい人とかいるのかなと思って」
「うーん。まぁあんまりそういうの気にした事もないなぁ。それにそういう香奈ちゃんこそ、好きな人とかいないの? 香奈ちゃんけっこう可愛いのに、そういう話きいたことないからさー」

 三回くらい地獄に落としてやろうか。こいつはよー。
 ああ、もう。いる。いるよ。目の前にいるよ。

「いるよ。好きな人」
「え、そんなんだ。へぇぇ。どんな人?」

「なんというか。鈍感野郎かな。いろいろアピールしても気にもとめない。人の気持ちに全く無頓着で、意外といじわるで、ずるくて性格悪い」
「それはー。そんな奴やめた方がいいんじゃないー?」

 自分のこととは全く思っていないのだろう。目を細めて非難めいた事を告げる。まぁにぶちんの聡太じゃあ、このいいぶりじゃ気がつかないだろうけども。

「でもさけっこう後輩想いで優しいところもあって、誰かのために全力でがんばれる。そんな奴なんだ」
「そうかー。まぁ人間だれしもいいところと悪いところがあるもんねー。香奈ちゃんはそのいいところが好きなんだ」

「そうだね。誰かのために全力でがんばれる。そういうところが好きなんだ」

 聡太の言葉にやけになって答える。ああ、もうこいつは。ほんとに。

「今だって生徒会とかやって、人のためにがんばってる。自分に対して得がある訳でも無いのに」
「え……?」

 私の言葉に聡太が言葉を失う。
 ああ、もう。さすがに鈍感野郎でも、これでわかっただろ。私が誰が好きなのか。
 聡太は目を白黒させて、それからゆっくりと息を吐き出す。
 それから。

「香奈ちゃん、書記の加藤くんが好きだったの!?」

 すっとんきょうな声をあげる。
 こいつは、こいつはよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
 思わず近くにあったクッションを手にして、それで聡太の頭をばしばしと叩く。

「いたいっ。いたいよ、香奈ちゃん。なんで叩くんだよー」
「ええいっ。死ね! 三回死ね! 三回死んでワンと鳴け! その足りない頭でもういちどよく考えてみろぉぉぉぉぉぉぉ」

 はぁはぁと荒い息を漏らしながら、私はどこかに向けて絶叫していた。
 ああ、旅館の皆さんすみません。

 でもこいつが悪いんです。

 いたいいたいと声を漏らす聡太をよそに、私はただクッションで聡太の頭を叩き続けていた。
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