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第二十三局 合宿終わりでも矢倉さんは守りが固い
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合宿も最終日。
この中でいろいろな事を教えてもらった。少しは僕も強くなったと思う。
まだまだ先輩達には敵わないけれど、今までのように一方的にやられる事は少なくなってきた。
最後、ここで一つでも勝利を挙げたいと思う。
「さてと美濃くんがどこまで強くなれたか、お手並み拝見といこうかな。ボクと一戦やろう」
いちご先輩が僕の前に座る。
「お願いします」
僕も頭を下げて、すぐに対局が始まっていた。
いくらか局面が進んで、僕の玉が少しずつ追い詰められていく。
ただふといちご先輩が飛車を差し出してくる。
「これ……飛車のただ捨てですか?」
「ああ。そうだね。しまったなぁ。ただでとられちゃうね。でも、ほら、遠慮しなくていいんだよ」
いちご先輩の声が優しく僕を誘う。
「い、いいんですか?」
いちご先輩のリードに従いながら、僕はどきまぎとしながらその手を伸ばす。
その飛車をとろうと手を伸ばした瞬間。ふと以前にまったく同じ会話をした事を思い出す。
「これは……」
そうだ。この飛車をとると、玉の守りがきかなくなって思い詰められていくんだ。
それならここは守るべき手順ってことだから。
「ここは、こう!」
玉の近くに金を打ちこむ。
「僕も学習してますからね! 同じ手にはひっかかりませんよ」
「へぇ。やるね。でもね」
いちご先輩が飛車をさらに突き進めていく。
「それなら遠慮無く龍を作らせてもらうね」
さっきの飛車が自陣に龍に変身する。
これで先輩の攻め筋はさらに強固なものになった。僕の守りもさっきの金打ちで強化されてはいるが、このままいけば崩されるのは目に見えている。
それならここは攻める。
いちご先輩の王に合わせて桂馬を打ち込む。これをとると僕の角が利いているから、王は逃げるしかない。
いちご先輩が王を隣に逃がす。そこにすかさず金を打ち込む。これもとれないから逃げるしかない。
だけどここでもう王手をかける事は出来ない。仕方なく桂馬の前にある歩をとって角を馬に変える。
「残念。美濃くん。いまのは悪手だよ」
しかしいちご先輩は口元を歪ませて、僕の王に向けて歩を打ち込む。
近くにあった金で取り返そうと思うが、そちらは龍が利いている。しかたなく王自身で歩をとるが、そこにさらに歩が打ち込まれる。けれどその歩は他の駒が利いているのでとることができない。
「こ、これは」
「そう。残念ながら詰んでる。これはとれないからまた下がるしかない。そうすると次にボクが金を打ち込むと、もう逃げられない」
「うう。負けました」
僕は頭をがっくりと下げる。
「でもおしいところまでいっていたよ。このシーン。実は守りを固める前に攻め込んできていたら、もう一枚金が余っているからね。ボクを詰ませていたよ」
言われてみて気がつく。少し前のいちご先輩が飛車を差し出してきたシーン。
あそこで前の経験からとるか守るかと考えてしまった。とっていれば負けていたけれど、守ったのも間違いだった訳だ。ううん。将棋は奥が深い。
「強くなったよ。美濃くん。これが見えてさえいればボクに勝てていた訳だから」
以前は全く歯が立たなかった訳だから、確かに僕も強くなったのかもしれない。
だけど結局僕は勝てなかった。
「これで大会に通用するでしょうか?」
「そりゃあ相手次第だからわからないけど。でも矢倉ちゃんにいいところ見せないとね!」
いちご先輩は僕の肩をぽんと手をのせていく。
思わず矢倉さんの方へと顔を向けてしまうが、矢倉さんには聞こえていなかったようで、僕と視線を合わせると微笑み返してくる。
ああ、可愛い。
「私とも指しますか?」
「はい。指しましょう」
いつも通りの矢倉さんとの勝負。
勝つつもりで指していく。しかし矢倉さんはあまり気にせずにぽんぽんと僕の手に応えてくる。まだまだ僕の手は矢倉さんを考えさせるだけの事はないのだろう。
「矢倉さん」
「はいはい。なんでしょう美濃くん」
「僕は少しは強くなれましたか?」
「そうですねぇ。前よりかはずっと」
言いながらも矢倉さんの指す手はよどみない。
「それなら今日こそ矢倉さんに勝ちますよ」
「ふふ。まだまだ美濃くんには負けませんよ」
まだまだ僕の指した手は遠いけれど、必ず矢倉さんに届いてみせる。
いつかは。
そう思い、僕が指した手に。
始めて矢倉さんの手が止まった。
「美濃くん」
矢倉さんが僕の名前を呼ぶ。
「矢倉さん」
「本当に、強くなりましたね」
矢倉さんが僕に微笑みかける。
その微笑みに僕の胸が跳ね上がった。
同時に矢倉さんが、僕の陣へと踏み込んでくる。
「え?」
僕は慌ててその手を受ける。
しかしすぐに矢倉さんは僕の予想だにしない方向から攻め立ててくる。
そして。
「負けました」
あっという間に僕の王は逃げ場を無くしていた。だけどいつもと違う攻め手に、僕の胸は大きく鼓動を強める。
たぶん矢倉さんが本気を見せたという事なのだろう。
矢倉さんはただ僕へと笑顔をみせていた。
ほんの少しだけれど、僕は矢倉さんに近づいたのかもしれない。
いよいよ大会まであと少しだ。
この中でいろいろな事を教えてもらった。少しは僕も強くなったと思う。
まだまだ先輩達には敵わないけれど、今までのように一方的にやられる事は少なくなってきた。
最後、ここで一つでも勝利を挙げたいと思う。
「さてと美濃くんがどこまで強くなれたか、お手並み拝見といこうかな。ボクと一戦やろう」
いちご先輩が僕の前に座る。
「お願いします」
僕も頭を下げて、すぐに対局が始まっていた。
いくらか局面が進んで、僕の玉が少しずつ追い詰められていく。
ただふといちご先輩が飛車を差し出してくる。
「これ……飛車のただ捨てですか?」
「ああ。そうだね。しまったなぁ。ただでとられちゃうね。でも、ほら、遠慮しなくていいんだよ」
いちご先輩の声が優しく僕を誘う。
「い、いいんですか?」
いちご先輩のリードに従いながら、僕はどきまぎとしながらその手を伸ばす。
その飛車をとろうと手を伸ばした瞬間。ふと以前にまったく同じ会話をした事を思い出す。
「これは……」
そうだ。この飛車をとると、玉の守りがきかなくなって思い詰められていくんだ。
それならここは守るべき手順ってことだから。
「ここは、こう!」
玉の近くに金を打ちこむ。
「僕も学習してますからね! 同じ手にはひっかかりませんよ」
「へぇ。やるね。でもね」
いちご先輩が飛車をさらに突き進めていく。
「それなら遠慮無く龍を作らせてもらうね」
さっきの飛車が自陣に龍に変身する。
これで先輩の攻め筋はさらに強固なものになった。僕の守りもさっきの金打ちで強化されてはいるが、このままいけば崩されるのは目に見えている。
それならここは攻める。
いちご先輩の王に合わせて桂馬を打ち込む。これをとると僕の角が利いているから、王は逃げるしかない。
いちご先輩が王を隣に逃がす。そこにすかさず金を打ち込む。これもとれないから逃げるしかない。
だけどここでもう王手をかける事は出来ない。仕方なく桂馬の前にある歩をとって角を馬に変える。
「残念。美濃くん。いまのは悪手だよ」
しかしいちご先輩は口元を歪ませて、僕の王に向けて歩を打ち込む。
近くにあった金で取り返そうと思うが、そちらは龍が利いている。しかたなく王自身で歩をとるが、そこにさらに歩が打ち込まれる。けれどその歩は他の駒が利いているのでとることができない。
「こ、これは」
「そう。残念ながら詰んでる。これはとれないからまた下がるしかない。そうすると次にボクが金を打ち込むと、もう逃げられない」
「うう。負けました」
僕は頭をがっくりと下げる。
「でもおしいところまでいっていたよ。このシーン。実は守りを固める前に攻め込んできていたら、もう一枚金が余っているからね。ボクを詰ませていたよ」
言われてみて気がつく。少し前のいちご先輩が飛車を差し出してきたシーン。
あそこで前の経験からとるか守るかと考えてしまった。とっていれば負けていたけれど、守ったのも間違いだった訳だ。ううん。将棋は奥が深い。
「強くなったよ。美濃くん。これが見えてさえいればボクに勝てていた訳だから」
以前は全く歯が立たなかった訳だから、確かに僕も強くなったのかもしれない。
だけど結局僕は勝てなかった。
「これで大会に通用するでしょうか?」
「そりゃあ相手次第だからわからないけど。でも矢倉ちゃんにいいところ見せないとね!」
いちご先輩は僕の肩をぽんと手をのせていく。
思わず矢倉さんの方へと顔を向けてしまうが、矢倉さんには聞こえていなかったようで、僕と視線を合わせると微笑み返してくる。
ああ、可愛い。
「私とも指しますか?」
「はい。指しましょう」
いつも通りの矢倉さんとの勝負。
勝つつもりで指していく。しかし矢倉さんはあまり気にせずにぽんぽんと僕の手に応えてくる。まだまだ僕の手は矢倉さんを考えさせるだけの事はないのだろう。
「矢倉さん」
「はいはい。なんでしょう美濃くん」
「僕は少しは強くなれましたか?」
「そうですねぇ。前よりかはずっと」
言いながらも矢倉さんの指す手はよどみない。
「それなら今日こそ矢倉さんに勝ちますよ」
「ふふ。まだまだ美濃くんには負けませんよ」
まだまだ僕の指した手は遠いけれど、必ず矢倉さんに届いてみせる。
いつかは。
そう思い、僕が指した手に。
始めて矢倉さんの手が止まった。
「美濃くん」
矢倉さんが僕の名前を呼ぶ。
「矢倉さん」
「本当に、強くなりましたね」
矢倉さんが僕に微笑みかける。
その微笑みに僕の胸が跳ね上がった。
同時に矢倉さんが、僕の陣へと踏み込んでくる。
「え?」
僕は慌ててその手を受ける。
しかしすぐに矢倉さんは僕の予想だにしない方向から攻め立ててくる。
そして。
「負けました」
あっという間に僕の王は逃げ場を無くしていた。だけどいつもと違う攻め手に、僕の胸は大きく鼓動を強める。
たぶん矢倉さんが本気を見せたという事なのだろう。
矢倉さんはただ僕へと笑顔をみせていた。
ほんの少しだけれど、僕は矢倉さんに近づいたのかもしれない。
いよいよ大会まであと少しだ。
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