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第二十四局 大会初戦でも矢倉さんは守りが固い
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「わぁ。けっこう広いですね」
矢倉さんが会場を前に感嘆の声をあげる。
会場は県立の文化会館で、それなりの広さがあった。今日は集まって個人戦団体戦ともに行われる。
団体戦は優勝したチームだけが全国大会に進むことができる。去年の団体戦は菊水先輩は全勝したものの、決勝で木村先輩といちご先輩が負けて全国には行けなかったとのこと。
今年は矢倉さんがいるとはいえ、菊水先輩と木村先輩は個人戦に出場する。矢倉さんはほとんどの相手に勝てるだろうから、あとはいちご先輩がどれだけ勝てるかによるだろう。
もちろん僕も勝つつもりではいるけれど、正直数合わせみたいなもので期待はされていないと思う。
一つでもいいから勝とう。僕は心に強く思う。
最初の試合は中央高校だ。ここの将棋部はうちと同じくらいの人数で、例年それほど強くないとのことだが、人は入れ替わっているからどのくらいの強さかはわからない。
開会式ではプロの先生が挨拶してくれていた。とはいえ、僕はプロの先生なんて全く知らないのでわからないけれど。
挨拶が終わったあと、矢倉さんが「私、いまの先生の将棋クラブで教わっているんです」と教えてもらった。やっぱりそういう先生に教わっているから矢倉さんは強いのだろう。
そしてすぐに一回戦が始まる。
矢倉さんが大将、いちご先輩が副将、そして僕が先鋒となる。素直に棋力順のオーダーだ。オーダーを決める時に僕を大将にするという手もあるという話もあったけれど、まっすぐに勝ちに行きたいという矢倉さんの気持ちを尊重する事にした。
僕の前には眼鏡の女の子が座って頭を下げてくる。おさげがとても目立つ、大人しそうな女の子だ。この子が中央高校の先鋒ということだろう。駒を並べる手もあまりおぼつかない感じで、それほど強そうには思えない。
これなら僕も勝てるかもしれない。
「よろしくお願いします」
「お、おねがいしますっ」
挨拶をすませて対局が始まる。先手は僕から。僕は7六歩。いわゆる角道を開ける手を指す。
相手は少し考えたあと飛車先の歩をついてくる。居飛車党ということだろう。
そのあと僕は6六歩。角道を止める。このまま四間飛車を目指そうと思う。
しかしその手を見たと同時に、彼女は6四歩。僕はそのまま6八飛と進めていく。彼女はぺちんとあまり駒を指し慣れていない手で、6二銀とあげてくる。この手は確か見た事がある気がする。何だっただろうか。
さらに彼女は6三銀、6二飛と進めてきた。これは。
「右四間飛車……か」
いちご先輩に何度か指してもらった事はあるけれど、どちらかというと苦手な戦法だ。いくつかいなし方は教わったけれど、正しく覚えていられたかどうか。
ただ相手の指し手を見る限りでは駒を扱い慣れているようには思えない。僕の方がいい音をたてて指す事ができるくらいだ。これなら僕でも勝てるかもしれない。
確か早めに5六銀にあげておくんだっけかな。
いちご先輩の教えを思い出しながら、いくつかの手順を指していく。
相手はもたもたと指してくるけれど、玉を角の横。3二の位置まで移動させると、銀をあげ金を3一に寄せてくる。これは確かエルモ囲いだっただろうか。
相手は右四間飛車エルモ囲い。対してこちらは四間飛車片美濃囲い。とりあえず金を5八にあげて美濃囲いを完成させる。
右四間飛車エルモ囲い。これは体験した事のない相手だった。
見た事の無い形に戸惑っている僕をよそに、彼女はしっかりとした指し筋で僕を少しずつ追い詰めていく。
対して僕はそれを捌ききれない。
やかて僕の玉は逃げ場を失い頭を下げる。
「負けました」
「ありがとうございました」
僕が頭を下げるのに合わせて、彼女も深々と頭を下げる。
少しでも勝てるかもと思ったのは間違いだった。僕よりもずっと強い相手だった。なかなか相手の読み筋に追いつけていない。
いちご先輩と矢倉さんは無事に勝利を決めたため、何とか二回戦への突破は決まる。
「すみません。僕だけ勝てなくて」
頭を下げると、すぐにいちご先輩がぽんぽんと僕の頭を下げる。
「仕方ない仕方ない。だって、たぶんあの子が中央高校で一番強かったと思うよ」
「え!? だ、だって指し方とはおぼつかない感じでしたよ!?」
「うん。でも中央高校の子、みんなそうだったんだよね。たぶん彼らはデジタルメインなんじゃないかな。あんまりアナログで指した事はなさそうな感じだった。最近はそういう子も増えてきているみたいだから」
いちご先輩がぱたぱたと手を振る。
「矢倉ちゃんなんか、けっこうあっという間に勝負ついてたもん。いわゆる捨て大将って奴だと思う。それで確実に君を倒しにきた、と。ま、でもボクがしっかり勝ったから大丈夫。ボクもそこそこには強いからね。地区大会の副将くらいなら、何とかなると思う」
いちご先輩の言葉に少しほっとする。先鋒に強い相手をもってくるというのはやっぱり戦法としてはあるようだ。
でも勝ちたい。勝ちたいと思う。
次の試合こそ、ボクは勝てるだろうか。
そして矢倉さんにいいところを見せたい。
矢倉さんはにこやかに僕の顔を見つめていた。
「次の試合もがんばりましょうね」
矢倉さんの笑顔に僕は溶かされていく。
次の試合こそ、きっと勝ちたいと思う。
矢倉さんが会場を前に感嘆の声をあげる。
会場は県立の文化会館で、それなりの広さがあった。今日は集まって個人戦団体戦ともに行われる。
団体戦は優勝したチームだけが全国大会に進むことができる。去年の団体戦は菊水先輩は全勝したものの、決勝で木村先輩といちご先輩が負けて全国には行けなかったとのこと。
今年は矢倉さんがいるとはいえ、菊水先輩と木村先輩は個人戦に出場する。矢倉さんはほとんどの相手に勝てるだろうから、あとはいちご先輩がどれだけ勝てるかによるだろう。
もちろん僕も勝つつもりではいるけれど、正直数合わせみたいなもので期待はされていないと思う。
一つでもいいから勝とう。僕は心に強く思う。
最初の試合は中央高校だ。ここの将棋部はうちと同じくらいの人数で、例年それほど強くないとのことだが、人は入れ替わっているからどのくらいの強さかはわからない。
開会式ではプロの先生が挨拶してくれていた。とはいえ、僕はプロの先生なんて全く知らないのでわからないけれど。
挨拶が終わったあと、矢倉さんが「私、いまの先生の将棋クラブで教わっているんです」と教えてもらった。やっぱりそういう先生に教わっているから矢倉さんは強いのだろう。
そしてすぐに一回戦が始まる。
矢倉さんが大将、いちご先輩が副将、そして僕が先鋒となる。素直に棋力順のオーダーだ。オーダーを決める時に僕を大将にするという手もあるという話もあったけれど、まっすぐに勝ちに行きたいという矢倉さんの気持ちを尊重する事にした。
僕の前には眼鏡の女の子が座って頭を下げてくる。おさげがとても目立つ、大人しそうな女の子だ。この子が中央高校の先鋒ということだろう。駒を並べる手もあまりおぼつかない感じで、それほど強そうには思えない。
これなら僕も勝てるかもしれない。
「よろしくお願いします」
「お、おねがいしますっ」
挨拶をすませて対局が始まる。先手は僕から。僕は7六歩。いわゆる角道を開ける手を指す。
相手は少し考えたあと飛車先の歩をついてくる。居飛車党ということだろう。
そのあと僕は6六歩。角道を止める。このまま四間飛車を目指そうと思う。
しかしその手を見たと同時に、彼女は6四歩。僕はそのまま6八飛と進めていく。彼女はぺちんとあまり駒を指し慣れていない手で、6二銀とあげてくる。この手は確か見た事がある気がする。何だっただろうか。
さらに彼女は6三銀、6二飛と進めてきた。これは。
「右四間飛車……か」
いちご先輩に何度か指してもらった事はあるけれど、どちらかというと苦手な戦法だ。いくつかいなし方は教わったけれど、正しく覚えていられたかどうか。
ただ相手の指し手を見る限りでは駒を扱い慣れているようには思えない。僕の方がいい音をたてて指す事ができるくらいだ。これなら僕でも勝てるかもしれない。
確か早めに5六銀にあげておくんだっけかな。
いちご先輩の教えを思い出しながら、いくつかの手順を指していく。
相手はもたもたと指してくるけれど、玉を角の横。3二の位置まで移動させると、銀をあげ金を3一に寄せてくる。これは確かエルモ囲いだっただろうか。
相手は右四間飛車エルモ囲い。対してこちらは四間飛車片美濃囲い。とりあえず金を5八にあげて美濃囲いを完成させる。
右四間飛車エルモ囲い。これは体験した事のない相手だった。
見た事の無い形に戸惑っている僕をよそに、彼女はしっかりとした指し筋で僕を少しずつ追い詰めていく。
対して僕はそれを捌ききれない。
やかて僕の玉は逃げ場を失い頭を下げる。
「負けました」
「ありがとうございました」
僕が頭を下げるのに合わせて、彼女も深々と頭を下げる。
少しでも勝てるかもと思ったのは間違いだった。僕よりもずっと強い相手だった。なかなか相手の読み筋に追いつけていない。
いちご先輩と矢倉さんは無事に勝利を決めたため、何とか二回戦への突破は決まる。
「すみません。僕だけ勝てなくて」
頭を下げると、すぐにいちご先輩がぽんぽんと僕の頭を下げる。
「仕方ない仕方ない。だって、たぶんあの子が中央高校で一番強かったと思うよ」
「え!? だ、だって指し方とはおぼつかない感じでしたよ!?」
「うん。でも中央高校の子、みんなそうだったんだよね。たぶん彼らはデジタルメインなんじゃないかな。あんまりアナログで指した事はなさそうな感じだった。最近はそういう子も増えてきているみたいだから」
いちご先輩がぱたぱたと手を振る。
「矢倉ちゃんなんか、けっこうあっという間に勝負ついてたもん。いわゆる捨て大将って奴だと思う。それで確実に君を倒しにきた、と。ま、でもボクがしっかり勝ったから大丈夫。ボクもそこそこには強いからね。地区大会の副将くらいなら、何とかなると思う」
いちご先輩の言葉に少しほっとする。先鋒に強い相手をもってくるというのはやっぱり戦法としてはあるようだ。
でも勝ちたい。勝ちたいと思う。
次の試合こそ、ボクは勝てるだろうか。
そして矢倉さんにいいところを見せたい。
矢倉さんはにこやかに僕の顔を見つめていた。
「次の試合もがんばりましょうね」
矢倉さんの笑顔に僕は溶かされていく。
次の試合こそ、きっと勝ちたいと思う。
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