矢倉さんは守りが固い

香澄 翔

文字の大きさ
25 / 42

第二十五局 ランチタイムでも矢倉さんの守りは固い

しおりを挟む
 二回戦。東高校との対決は矢倉やぐらさんといちご先輩が問題なく勝利して、僕が負けた。
 予想通りといえばそれまでなのだけれども、ここまで僕は一つも勝てていない。勝負はいい感じだったとは思う。

 相手は居飛車いびしゃ雁木囲がんぎがこいだった。僕は四間飛車しけんびしゃ。攻防は一進一退だったけれど、僕が詰み筋を見逃して負けた。

 簡単な三手詰さんてづめだったのだけれど、僕は気がつく事が出来なかった。
 がっくりと肩を落とす。

「まぁまぁ。美濃みのくんもちゃんと力をつけてきているよ。詰み寸前までもっていけたのだから、次こそ勝てるって。ボクが保証するよ」

 いちご先輩はサンドイッチをつまみながら、僕の肩をぽんとたたいた。いまは昼休憩中だ。
 矢倉さんがお弁当を作ってきてくれていた。

「験を担いでカツサンド、作ってきましたから。美濃くんも食べてくださいね」

 手作りのかわいらしいサンドイッチの間にトンカツにチキンカツ、ハムカツが挟まっていた。いろいろ作ってきてくれたらしい。
 せっかくなので僕もいただく。ぴりっとするのはマスタードだろうか。キャベツとカツの組み合わせがとてもおいしい。

 矢倉さんの手作り弁当。普段ならそれだけで僕の心は舞い上がったはずだけれど、今は何の力にもなれていない自分が悔しくて歯がゆい。

「すごくおいしいです」

 なんとか笑顔を見せる。
 でも無理矢理に作った笑顔は矢倉さんにはお見落としだったようで、僕の方をじっと見つめてくる。

「お口に合いませんでしたか?」
「いえっ。そんなことはないです。ほんとにすっごくおいしいです!!」

 僕は思わず立ち上がって力説する。味は本当においしい。力がわいてくるような気がする。ただ僕の表情は勝てない事への焦りなのか、悔しさなのか。どうしても晴れなかった。

「ただ僕が足を引っ張っているのが、悔しくて」
「美濃くん。大丈夫です。きっと次は勝てます」

 矢倉さんが僕の手をとっていた。
 僕の右手を両手で包み込んで、ぬくもりが僕へと伝わってくる。

「あらあらあら。これはこれは。ボク、お邪魔だったかな」

 その様子をみていちご先輩がちゃちゃを入れる。

「えっ、えっと。これはそうじゃなくて」

 同時に矢倉さんは手を離して顔を真っ赤に染めていた。
 たぶん僕の顔も同じように赤く染まっているのだろう。

「いちご先輩、からかわないでくださいよ」
「ふふ。ボク、しばらくあっちにいっているよ。木村きむら先輩と菊水きくすい先輩の方も気になるしね」

 いいながらいちご先輩は立ち上がる。
 個人戦の方は終わっていないようだから、見学しにいくのかもしれない。

「矢倉ちゃん、サンドイッチおいしかったよ。ありがとね」

 いちご先輩はウインクしてみせると、それからツインテールを揺らしながら個人戦の会場の方へと向かっていっていた。

 ここには僕と矢倉さんの二人だけが残される。

「も、もう。いちご先輩ってば、変な事いうんですから」

 矢倉さんが口の中でもごもごと何かをつぶやいていた。
 たぶんいちご先輩への苦情を告げているのだろう。
 でもこうして矢倉さんと二人でいられるのは嬉しいかもしれない。

「矢倉さん」

 僕は矢倉さんの名前を呼ぶ。

「は、はいっ。美濃くん、なんでしょう」
「次は絶対勝ちますから」
「美濃くん」

 矢倉さんは僕の顔をじっと見つめる。それからこくりとうなずいて、僕へとはにかむようにほほえんでいた。

「いまの美濃くんなら、きっと勝てます」

 手をぎゅっとにぎって、僕へと力をわけあたえてくれる。

「そうだ。えっと美濃くん、赤ペンもってますか?」

 何かを思いついたようで矢倉さんは突然赤ペンを要求してくる。

「あ、はい。どうぞ」

 鞄の中から赤ペンを取り出してさしだす。

「利き手をだしてください」
「え? あ、はい」

 言われるがまま右手を差し出してみる。
 すると矢倉さんは赤ペンで僕の親指と人差し指の間に何かマークを描き始める。

「出来た。これ。勝利のおまじないなんです。きっとこれで勝てると思います」

 手のひらにかわいらしいスペードのマークが描かれていた。
 じっと僕はそのマークを見つめてみる。
 なんだか本当に勝てるような気がしてきた。

「はい。絶対に勝ちます!」

 僕は新しい決意を胸に勝利を宣言する。
 矢倉さんの描いてくれたおまじないが、きっと僕に力を与えてくれる。

 そう信じていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

カオルとカオリ

廣瀬純七
青春
一つの体に男女の双子の魂が混在する高校生の中田薫と中田香織の意外と壮大な話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...