矢倉さんは守りが固い

香澄 翔

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第二十六局 三回戦終了でも矢倉さんの守りは固い

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 三回戦。西高校との戦い。

 相手はめがねで気弱そうな少年だった。相振あいふ飛車びしゃで互いに攻め合う展開となった。そして僕も入玉にゅうぎょくし、相手も入玉した。

 互いにときんで防備を重ね、そして運営スタッフによって引き分けという事になった。こういった大会では時間が限られているため、千日手せんにちて持将棋じしょうぎになると引き分けとして扱われる。

 もちろん矢倉やぐらさんといちご先輩が勝ったので、決勝には進めることになった。

「引き分け……引き分けかぁ……。引き分け……」

 もちろん負けるよりはずっといい。前に進んでいるとはいえる。
 でも本音を言えば勝ちたかった。

 椅子にこしかけて次の試合を待つ。

 次はいよいよ決勝戦だ。今度こそ、今度こそ勝つ。勝つんだ。

 僕の中で体が震える。武者震いというやつだろうか。それとも恐れを感じているのだろうか。

 次の相手は北高校だ。
 何でも今まですべての試合で全勝してきたらしい、かなりの強豪となる。
 さすがの矢倉さんやいちご先輩でも勝てるかどうかはわからない。その分、僕の勝利が大切になる。

「勝ちたい。勝ちたいよ」

 一人つぶやく。

「ほほう。勝ちたいとな。その願い叶えて進ぜよう」

 届いた声に顔を上げると木村きむら先輩が立っていた。セーラー服の襟もなぜか立っていた。

「ちょ、何してるんですか。木村先輩」
「私は木村先輩ではなーい。将棋の神様ぞよ」
「将棋の神様って、女子高生だったんですね」
「うむ。今頃はやりの女の子ぞよ。まぁ、それはよい。勝ちたいか。勝ちたいのか」

 木村先輩が変な口調で投げかけてくる。たぶん神様のふりなんだろう。仕方がないのでつきあう事にした。

「はい。勝ちたいです」
「よしよし。ではこれを進ぜよう。これさえあれば必ず勝てるぞよ」

 いって木村先輩が手渡したのは、ただの小さな飴玉だった。

「これは?」
「うむ。これは勝利飴といってな。食べると勝負に勝てる魔法の飴玉ぞよ」
「はちみつきんかんのど飴って書いてありますが」
「それは世を忍ぶ仮の姿。本当は勝利の味がする魔法ののど飴なのだよ」

 木村先輩は少し飽きたのか、口調が元に戻ってきていた。

「ま。これでも食べて気分転換しよう。勝てる。勝てる。私はさっき負けたけど」
「将棋の神様なのに?」
「将棋の神様といえど、負ける時は負ける。菊水きくすいくんは勝ったみたいだけどね」

 もう完全にいつもの木村先輩に戻っていた。
 それから飴玉の個包装をやぶって、僕の口の中に放り込んでくる。

「あんまり思い詰めたら勝てるものも勝てなくなっちゃうからね。まずは楽しむこと。いつも矢倉ちゃんと指してる時、美濃っち楽しそうにしてるじゃない」

 言ってそれから僕の頭をなで回す。

「わぁ。やめてくださいよ」
「よしよし。可愛い後輩よ。勝つとか負けるとかも大切だけど、それ以上にまずは楽しくやろうぜ。んじゃ、私は草葉の陰から応援してるぜ」

「それ死んでます」

「神様だからねー! んじゃ、ばいばーい」

 神様って死んでいるのだろうか。襟もいつのまにか元に戻っていた。
 でも自分も負けて悔しいはずなのに、僕を励ましにきてくれたんだろう。

「木村先輩と何話していたんですか?」

 ふとかけられた声に振り返ると、矢倉さんが戻ってきていた。

「飴玉もらいました。食べたら勝てるって」
「へー。いいなぁ。私も飴ちゃんほしかったです」

 楽しそうに笑う。
 矢倉さんは次は決勝戦だというのに、背負ったところは何もない。ただ目の前の試合を楽しく戦おうとしている。

 こうやって自然に出来ているから矢倉さんは強いのかもしれない。
 僕も見習おう。木村先輩がいっていたように、まずは楽しむこと。勝負に熱くなりすぎずに、ただ楽しもう。

「飴玉はもっていないですけど、よかったらこれたべます?」

 ポケットからミントのタブレットを取り出す。

「ありがとうございます」

 矢倉さんはにこやかにお礼をいって手を差し出してくる。
 タブレットの粒をいくつかだすと、矢倉さんは楽しそうに口に含む。

「すっーとしますね」
「そのすーすーするのが好きなんです」

 何気ない会話をかわしながら、次の試合まで待つ。もうすぐ始まる時間だ。

「矢倉さん」
「はいはい。美濃くん、なんでしょう」
「次の試合は楽しみましょうね」

 矢倉さんは僕の言葉に一瞬きょとんとした顔を向けていた。

「はい。楽しみましょう」

 でもすぐに僕へとほほえみかけてくる。
 もっとこの笑顔を見ていたい。そう思った。

 だからきっと次は勝つ。勝ってみせる。だけど気負いすぎずにいこう。
 そう思った。
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