繰り返されるさよならの先に ――三十分間の追走曲(カノン)――

香澄 翔

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7.糸と麻を買ってきた

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 可愛くて頭も良くて裁縫も出来てスポーツもそこそこできて、可愛い。なんだこの生き物。完璧超人か。
 そう、こいつが俺の幼なじみなんです。可愛いだろ。
 でもなんで幼なじみどまりで俺の彼女じゃないんだ。おかしいだろ。

 俺はといえば頭の良さは平凡。むしろ平均よりちょっと下。運動神経はそこそこいい方だけど、スポーツを本格的にやってる奴らには敵わない。顔はまぁ悪くはない。悪くないとは思う。そうだよな。そうといってくれ。
 何にせよつまり平凡。どこにでもいる普通の俺。ありふれたパーソナリティ。

 なんで穂花ほのかが俺の彼女じゃないのか、今ので答えは見えた気がするが、見なかった事にしよう。エル、知っていたか。つきあいだけ長かったとしても、何のアドバンテージにもならないんだぜ。エルって誰だよ。
 セルフつっこみをしながら俺はフェイクファーと戯れていた。

 ふさふさして気持ちが良い。でもこれどうやって縫い付ければいいんだと口の中でつぶやくが誰も答えを教えてくれたりはしなさそうなので。裁縫の本をみながら、とりあえず糸と針でちまちま縫い始める。まぁ劇の日の一日だけ持てばいいので、とれさえしなければいいのだ。

 裁縫で思い出したけど、そういえばロシア民謡の一週間って歌あるけどさ。糸と麻買ってきても結局何もしないよね。
 一週間かけて何もしない。ただ遊んでいるだけというすばらしい歌だ。
 それを思うとつまりは俺もいま何もしなくていいという事じゃないだろうか。

「なぁ、そう思うよな」

 突然クラスメイトの玄田げんだの肩に手を置いて問いかける。

「え!? えっと」

 困惑している彼に再び「そうだよな」と圧をかけてみる。間違いなく相手は何もわかっていないから、思わず「うん」といってくれるに違いない。そうすれば晴れてお役御免という寸法だ。みよ、この完璧な計画。
 しかし彼がうなづく前に、隣からすぐに声がかかる。

「だめだよ、たかくん」

 笑顔で穂花が俺を見つめていた。
 ただ目は笑っていない。深淵をのぞき込むかのような深い瞳をこちらに向けている。やばい。これはそろそろ本気で怒る寸前だ。

「ははは。いや、作業は真面目に取り組まないとな。そういう話さ。なぁ、玄田」
「いや何の事かわからないし、そもそも僕、斉藤さいとうなんだけど」

 玄田(真名)が何か言っていたが、それはスルーして作業に戻る。

「はぁ……野上のがみは相変わらずだよね……」

 そんな様子にさらに深いため息をもらしていたけれど、こちらも見なかった事にしておく。
 とりあえず仕方なくちまちま手縫いで縫い付けていく。かなり不格好ではあったが、実のところどうせ遠目からしか見られないし、ファーで隠れているので問題はない。だけど面倒くさいし、ファーのせいで手元もよく見えない。そしてとうとう針で指を刺す。

「あーっもーっ。このふさふさが邪魔なんだよっ。誰だよ、こんなの買ってきた奴」
「お前」

 こんどは玄田の突っ込みが入る。
 いい突っ込みだ。親指を立てて激励しておく。

「野上はいつもお気楽で悩みなさそうでいいよね……」

 今度はあからさまにわかるように大きく息を吐き出していた。
 間違いなく嫌味であるが、こんなことに気をとられていては、人生やっていけないのでこれもスルーしておく。スルースキル大事。

「玄田も悩まずがんばれよ」
「だから斉藤だってば。っていうか、さっきまで普通に斉藤って呼んでたよね。誰だよ玄田」

 玄田は諦めたのか、また自分の作業に戻ったようだ。となりで看板らしきものに一生懸命何か絵を書き込んでいる。
 俺もこれ以上に手を止めると穂花の怒りを買いそうなので、いいかげん真面目にとりかかる。

 穂花は文化祭に劇をやると決まってからかなり張り切っているようだった。そんなに劇がやりたかったのだろうか。
 そういえば芝居とかそういうの好きだったと思う。学校に演劇部がないのを知ってがっくりしていた記憶がある。
 やりたかったけど出来なかった事を、文化祭の時だけとはいえやれるというのは確かにはりきりどころなのかもしれない。それならば協力してやらないとな。

 ふざけるのはやめて俺も無言で針を動かしだす。
 気がつくと思っていたよりも、ずっと早く衣装は仕上がっていた。やればできる俺。
 ま、それなら少しでも練習もしておかないとな。

 俺はそう思い、台本を手にとる。
 劇自体には大して興味はなかったし、ライオン役も穂花がやるなら俺もやろうくらいのつもりで立候補したけれど、ちょうど良かったのかもしれない。

 穂花のためなら何でもしてやりたい。
 この時はそう思っていた。

 そしてその気持ちはある意味で、ずっと変わる事はなかった。
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